第28話 クレアの本心
卒業公演が終わった後。
示し合わせたわけでもないのに、私とクレアちゃんは帰り道で一緒になる。
「やあ、美夜くん。お疲れ様」
「うん、クレアもお疲れ様」
「ひかりくんは?」
「ひかりは両親とお祝いの食事会があるとかで先に帰ったよ」
「そっか。でも確かひかりくんのご両親って……」
「うん、離婚してる。だから、両親とそろって食事なんて久しぶりだって、ひかり凄く嬉しそうだったよ」
「へえ、そうなんだ」
「家族三人、悪くない雰囲気だった。普段は両親の仲はあんまり……らしいんだけどね」
「それはきっと、ひかりのくんの力だよ。彼女の演技はすごく素敵だったからね。実の娘があれだけのものを魅せたんだから、ひかりくんを悲しませるようなことはご両親もしないだろうさ……」
「まさにモンタギュー家とキャピュレット家が和解し合う……みたいな?」
「あはは、そうだね。美夜くんは上手いことを言うなぁ……」
三流の脚本家が書いたような。
教科書通りのような会話で場を持たせる。
意図的か、無意識か、クレアちゃんはこれから入る本題を避けているように思えた。
けれど、そんな時間も長くは続かず、思ったよりも早くクレアちゃんが本題を切り出す。
「今日の勝負、どうやらボクの負けみたいだね」
静かに、だけれど確信を持ってクレアちゃんは自らの敗北を口にする。
「そんなことないよ。クレアに私が勝ったなんて……そんなの誰が……」
「他の誰でもない、ボク自身とキミ自身だから分かるんだよ。それに気付いていないキミじゃないだろ?」
「それは……」
気付いていた。クレアちゃんの演技は悪くはなかった。
今まで見てきた彼女のどの演技よりも出来は良かった。
でも、それはあくまで技術的な話。
「……クレアちゃんの今日の演技は、ロミオの魂が感じられなかった……」
その言葉にクレアちゃんはハッと顔を上げて、苦笑いを浮かべる。
「やっぱり美夜くんにはバレてしまうんだね……」
「どうして……もしかして手を抜いたの?」
「本気だったよ。いや、本気のつもりだった。でも気付いたんだ。あの時、ライブの帰り道でね」
「ライブの帰り?」
「そうさ。ねえ、美夜くん。あの時、ボクがキミになんて言ったか覚えているかい?」
あの帰り道。確かクレアちゃんは……そうだ、おかしい。何でクレアちゃんはあんな言葉を……。
「そうさ。ボクはキミにこう言ったんだ『もしボクがキミに負けたら』って……」
そう、その言葉が違和感の正体。
だって、私の知っているクレアちゃんなら、そんな言葉を口にするはずがない。
「おかしいだろ? もし本気だったら、絶対に勝つ気だったら、『もしボクがキミに勝てたら』って言うはずだ。なのにボクは『もしキミに負けたら』って言ったんだ」
クレアちゃんは、スッキリと、でも何かをあきらめたかのように、さらさらと笑う。
「ボクはもうあの時から、心の奥では美夜くんに負けることを望んでいたのかもしれない……」
「それって……まさか……」
そして……クレアちゃんは、私を真っすぐに見据えて、遂にその言葉を口にする。
「──そう。ボクはアイドルになりたいんだ」
嘘のない本気の言葉。
その言葉を聞いてやっと気付いた。
クレアちゃんが本当を語るのは、これが初めてなのだということに。
「本当は、ずっと昔から。小さな頃からアイドルに憧れてた。でも、その想いに蓋をして生きてきた。ボクは可愛くないから。背が高いから。桜塚のスターの家系だから。ママから桜塚という夢を奪った責任があるから」
強くこぶしを握り締めるクレアちゃん。
「アイドルになれないという言い訳を探すのに苦労はしなかったよ。だから、アイドルになりたいと平然と言えるキミたちが眩しくて。見ているのが辛くて、より強い嘘で自分を守るしかなかったんだ……」
「クレア……」
だから、私とひかりちゃんがアイドルになると宣言した時、複雑な表情をしてたのか……。
クレアちゃんは、本当はアイドルになりたかったのに、桜塚歌劇団のスターになることが自分の運命であり、使命なんだと思っていたから。
それは、アニメのカレプリを何度観ても、設定資料集を何度読み返しても、絶対に知りえない立華クレアの
「でもね、分からなくなったんだ」
と、クレアちゃんは独白を続ける。
「それとなくママに聞いたんだ。僕が目指すべき道について。そしたらさ『クレアはクレアの道を進んでいいんだよ』って……正直、今更そんなこと言われたってと思ったよ……」
「そっか……」
「けどね、よくよく考えたらママもお婆ちゃんも、ボクに桜塚に入って欲しいなんて一度も言ったことが無かったんだ。ボクが勝手に責任を感じていただけなんだ……」
話したいこと、話すべきことを全部吐き出したからだろうか。
クレアちゃんの顔は晴れやかだった。
「はぁ……やれやれだよ、ホント。ずいぶんと回り道しちゃったな」
「かもね。でも、その回り道も、アイドルとしての武器に必ずなる。それを私は知ってるから」
スタープリマ、立華クレアの姿に、
「アイドルとして……か。ねえ、美夜くん。ボクも彼女みたいなアイドルになれるかな?」
「彼女……?」
一瞬誰のことを言ってるか分からず呆けた声を出してしまうが、彼女とは、現スタープリマにして、男装アイドルとしてクレアちゃんの先輩にあたる高峰このえ様のことに違いない。
だったら『彼女のようなアイドルになれるか?』の質問に対する答えは簡単だ。
「もちろんなれるよ。なれるに決まってる! だってクレアは格好いいだけじゃなくて、可愛いんだから!」
「本当かい? でも、僕に似合うかな……彼女みたいな、ああいう服装」
ああいう服装?
何をいまさら言っているのだろう。
むしろ、このえ様の格好も、桜塚歌劇団男役の格好も、方向性としてはあまり変わらない気がするけど……やはりプロフェッショナルから見ると、色々とこだわりがあるのだろうか。
私には分からないけど。
「似合うに決まってるじゃない! むしろ、クレアはそのために生まれてきたと言っても過言じゃないよ!」
「そのために生まれてきたなんて、そんな大袈裟な……。ボク、彼女みたいにできる自信が無いよ」
「そんなことない! 自身を持って。クレアなら絶対にできる! 流し目一つで、世界中のファンを一瞬にして恋の沼に落としてしまえる最高のアイドルに!」
何しろ、ウィンク一つでステージ最前列のファン(ほぼ女子)をドミノ倒しのように卒倒させてしまった実績があるのだから!
「あはは、断言するね。美夜くんは、未来の事なのに、まるで見てきたことかのように話すから不思議だよね」
「え、いや、あはは、見てきたなんてそんなわけないじゃない、あはははは」
あー、ビックリした。一瞬バレたのかと思っちゃったよ。
それにしても、さすがクレアちゃんはするどいな。
やはり未来のスタープリマは侮れないぜ。
「でも、美夜くんが言うと、本当にそんな未来が来るんじゃないかと思えるから不思議だ」
「アイドルの才能を見極めるのだけは自信があるからね」
「そっか……うん分かったよ、僕はキミと一緒にエターナルスター学園に入学する。そして、本気でボクの道を探してみるよ」
「クレア……クレアなら絶対アイドルとしても自分の道を見つけられると思う。何しろ、立華クレアは誰よりもイケメンで、可愛い女の子なんだから!」
自信をつけて貰えるよう大袈裟に笑顔で言うと、クレアちゃんは少し困ったように苦笑いを浮かべる。
「あはは、ありがとう。でも、ボクが可愛いっていうのは……何回聞いてもしっくりこないんだけど……」
「そんなことないわ。だって、さっきも……ずっと
「んあ!?」
私の言葉を聞いた瞬間、クレアちゃんはビクンと体を震わせ、次の瞬間耳まで真っ赤になってしまう。
「え、ボク、ママって言ってた? 嘘、無意識だった……え、ちょ、ちょっと、ごめん、それは……忘れて?」
ジタバタと両手を大きく動かして、照れ隠しのヘンテコダンスを踊り始めるクレアちゃん。
その右往左往する姿に、私は思わず笑ってしまう。
ほらやっぱりクレアちゃんは可愛い。
でも、それはそれとして、
「ごめんね、記憶をなくすのは、さすがに無理……」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
私の正直な一言に、クレアちゃんは羞恥のあまり声を上げるのだった。
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