第27話 さくらづか卒業公演

 ──そして劇団さくらづかの卒業公演の日が来た。


 演目はロミオとジュリエット。 

 出演者の数が多いので本来のロミオとジュリエットにオリジナル展開とキャラを加えたさくらづかバージョンだ。


 多くの児童を出演させなくてはならない児童劇団──『劇団さくらづか』だからこそ許される変則技といえるかもしれない。


 児童劇団、変則技とは言ったものの、その規模は大人顔負け。

 この卒業公演だけは、会場、スタッフ、舞台装置ともに『桜塚歌劇団』と同じものが用意される。

 集客数も保護者しか観に来ない普段の定期公演とはけた違い。

 未来のスター候補たちを一目見ようと、桜塚歌劇団のコアなファンも多く訪れるのだ。


 なので──。

 その舞台裏にはそれぞれの衣装に身を包んだ多くの子供たちが、ピリピリとした空気の中、未だかつてない緊張の面持ちで舞台の幕が上がるのを待っていた。

 

 オリジナルキャラである、ジュリエットの親友役に扮したひかりちゃんは、目を閉じて静かに深呼吸……してないな。ひっひっふーって繰り返してる。


 それ深呼吸じゃなくて出産するときの呼吸法だからね。

 まぁ、ひかりちゃんは大丈夫だろう。

 幕が上がれば、彼女にははずだから。


 そして、ちらりと視線が合う。

 ロミオの衣装に身を包んだ、凛々しくかっこいいクレアちゃん。

 言葉を交わさずとも、その瞳から彼女の強い意思が伝わってくる。


 ──真剣勝負だよ、美夜くん。僕は絶対に負けないから……。


 分かってる。

 これは真剣勝負。

 それも技術と技術の戦いじゃない。

 アイドルへの愛と、桜塚歌劇団への愛。

 想いの強さの勝負だ。


 公演開始のブザーと共に世界が暗転する。

 暗闇の中、幕の上がる布の摩擦音だけが演者の耳に触れる。


 いよいよ始まる。

 演劇に身を捧げたこの一年の集大成。 


 「さあ、白黒つけようかクレアちゃん」


  ──どちらの愛がより重苦しいかをね……。



 □■


 舞台が始まった。

 ロミオとジュリエットの世界に降り立つクレアちゃん。

 一目見ればわかる。その姿は、まさしく本物のロミオ。


 それは立華クレアという一人の役者が、ロミオという個別の人間を生み出した瞬間だった。


 舞台袖にいながらも、一瞬、クレアちゃんのロミオに気圧されそうになる。

 けれど、負けられない。

 いや、勝つとか負けるとかは今じゃない。


「だって私はなのだから……」



 そして物語は進む。


 ──キャピュレット家の仮面舞踏会に忍び込んだロミオは、そこでジュリエットと出逢い二人は瞬く間に恋に落ちる。


 ──バルコニーの下。ジュリエットの一人語りを耳にしたロミオは、互いが敵同士だという事実を知る。


 観客の感嘆の息遣いが聞こえる。

 最初は穏やかに緩やかに、だが徐々に感情の炎を燃え上がらせるように、観客の期待を静かに高めていく。


 ──でも。


 最初に感じたのは焦り。

 どこまでの人が気付けただろう。


 ──親友のマーキューシオをティボルトに殺されてしまうロミオ。


 ──逆上したロミオはティボルトを殺し、だがそのせいで追放の身となってしまう。


 いや、きっと誰も気づいていない。

 ずっと、ずっと、カレプリだけを見てきた。

 この一年、クレアちゃんを見つめ続けた。

 そんな私だけが、世界中でただ一人しか気づけない不整合。


 あの演技は、クレアちゃんの本気であって本気じゃない。

 懸命に、本気で、自らの持てる才と技術を惜しみなく発揮している。

 けれど集中しきれていない。


 そこにあるはずのロミオの魂が感じられない。


 今のクレアちゃんは……足が、身体が、舞台から離れている。

 自分でも分からない何かを掴もうと迷子になっている。

 技術で、才能で、何とか繋ぎ止めているけれど……見ていて胸が張り裂けそうになるロミオの姿。


 この大事な公演で、なぜ急にそんな状態になってしまったのかは分からない。

 分からないけれど、分からないまま。

 私はジュリエットで、クレアちゃんはロミオとして、無情にも物語はクライマックスを迎える。

 

 ──仮死状態のジュリエットを目にしたロミオは、ジュリエットが死んだと思い込み、毒をあおり自害する。

 

 ──仮死状態から目覚めたジュリエットわたしはロミオが死んでしまったことを知り、自らの喉にナイフを突き立て愛する人の後を追う。


 ──家同士の争いが、二人を死に追いやったと知ったモンタギュー家とキャピュレット家は、二度と同じ過ちを繰り返さぬように和解を誓い合う。



 こうして、ロミオとジュリエットの、美しくも儚い愛の物語は終わった。


 喝采の中、舞台上の全員で手を繋ぎ、観客への感謝を伝える。

 誰に確認せずとも、間違いなく舞台は大成功だった。


 けれど──。


 誰もが笑顔のカーテンコールの中、クレアちゃんだけが天を仰ぎ、静かに涙を零していたのだった。

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