第26話 トップアイドルの威を借るキツネ作戦

 というわけで、『高峰このえ様の威を借る狐作戦』の決行の日が来た!


「あ、美夜くん、ひかりくん、早いね。もう来てたのかい? レディを待たせるなんて、ボクもまだまだだね」


 アイドルの森ホール21の前で待っていた私とひかりちゃんに、クレアちゃんが合流する。

 パンツスタイルの紺色セットアップに、インナーはシンプルな白。

 高身長と相まって、パッと見は完全にイケメン君である。

 その証拠に、さっきから通る女性が皆、クレアちゃんに振り返っている。


 クレアちゃんが小学生女子だって知ったらみんな驚くだろうなぁ。

 一人ずつ並べて耳元で真実を教えてあげたいわ。


 ていうか、私これからこの超イケメン(小学生)とアイドルのライブ行くんだぜ! いいだろー。

 くふふ……これとんでもない優越感だわ。


 そう、今日の目的はエターナルスター学園の定期ステージを観ること!

 もちろん、ただステージを観るだけじゃない。

 それじゃいつものアイドル勉強会の延長でしかないからね。


 アイドルのライブはライブでも、今日は特別。この日のライブじゃなければダメなのだ。

 今日のライブにクレアちゃんを連れてきたのには理由がある。

 今から始まるライブには、現スタープリマにして、男装アイドルとしてクレアちゃんの先輩になるはずの高峰このえ様が出演するからなのだ!


 もちろん今のクレアちゃんはこのえ様と逢ったこともない。

 けれど高峰このえ様は、クレアちゃんを導き、次世代のスタープリマへと育て上げた先輩アイドル。クレアちゃんにとって運命の人なのだ!

 この前、クレアちゃんもこのえ様の写真集を隠れて見てたしね!

 だったらやるべきことはおのずと決まってる!

 クレアちゃんにこのえ様のステージを見せること。


 きっとクレアちゃんも、このえ様のステージを観ればアイドルになりたいという気持ちが魂の奥底からムクムクと湧き上がって、抑え切れなくなるはず!

 代々、桜塚のトップスターの家系であるという、立華家としての責任もあるだろう。

 お母さんを引退させてしまったという負い目もあるだろう。


 だけどそれでも、クレアちゃんがこのえ様のステージを観て、何も思わないはずが無いのだ。

 絶対に、某有名バスケ漫画風に『ア、アイドルになりたいです……』って涙ながらに言ってくれるに違いないのだ!


 これぞ『高峰このえ様の威を借る狐作戦』の全貌。

 ふっふっふ。完璧な作戦なり。



 □■


 そして、ライブが始まる。

 エターナルスター学園のアイドル達が次々にステージに上がり、みんな個性的で素敵に無敵なパフォーマンスを繰り広げていく。


 カレプリ本編よりも昔の時間軸なので、アニメに登場していないアイドルばかりではあったけれど……正直、心が弾みまくりました。

 途中まで、クレアちゃんのためにライブに来たってこと、ほぼほぼ忘れて楽しんでたからね。

 ってか本当は、気が狂ってると思われるほどにペンライト振りまくって、奇声にも近いコールを叫びたかったけれど……今の私は黒帳美夜なのでなんとか我慢してました。


 本当に好きなものの前で、取り繕わなきゃいけないのって、結構きつい。

 前世ではオタバレしないように~とかあまり考えてなかってけど、本気で擬態して社会適応してた同志たちの大変さが、今になって分かった気がするわ。


『──そして最後に登場するアイドルは、エターナルスター学園が誇るスタープリマの一人、高峰このえちゃんと、新進気鋭、高田まゆりちゃんのコラボユニット──SULLAっとラブ。でーす!』


 司会のアイドルちゃんの声に妄想から意識を取り戻す。

 もう大トリの登場か。楽し過ぎて時間が経つのが早すぎるよ!

 

『今宵、ボクの一番大切なものをキミに捧げよう。高峰このえ、キミのために舞い踊るよ!』

『ビッグな可愛さ届けちゃう! 高田まゆりだよー。まゆりんって呼んでね~』


 ステージ上の眩い光の中から現れた二人のアイドルがお決まりの台詞で観客を盛り上げる。

 さあ、本日のド本命の登場だ。

 大人気アイドルの登場に、会場が熱狂に包まれる。

 ファンのイイねが、最高潮に高まっていく。


 そして、ステージが始まる。

 かっこいい系男装アイドルの高峰このえ様。

 可愛い系ゴスロリアイドルの高田まゆりちゃん。

 タイプの全く違う二人だけれど、共通点は身長が高いこと。

 全く色合いの違う二人なのに、スラリと伸びた抜群のスタイルから繰り広げられるパフォーマンスは観る者を圧倒するクオリティで、


「桜塚みたいに男装のアイドルもいるんだね。しかもパフォーマンスのレベルが半端なものじゃない。彼……いや、彼女なら、きっと桜塚歌劇団でも……」

「ふふふ、そうでしょう、そうでしょう」


 このえ様のパフォーマンスにくぎ付けになっているクレアちゃんが、真剣な眼差しで言葉をこぼす。

 やはり目を奪われちゃうよね。

 だって、あの方はクレアちゃんの運命の人なんだから!


「それに……あのアイドルは? 随分背が高い、けど凄く可愛い服を着てる……」

「あの子は高田まゆりちゃんだよ。身長は175cm。ゴスロリが大好きな、姫系かわゆいアイドルなんだ」

「すごいな……ボクより大きいのに、凄く可愛い。あの黒くてフリフリな洋服も似合ってる」


 感心したようにまゆりちゃんを見つめるクレアちゃん。


「まゆりちゃんは、身長が高いのをずっと気にしてて、こんな自分じゃアイドルになんてなれないって思ってたんだけど、重い病気で生死を彷徨ったのがきっかけで、自分の好きに生きようって決意したんだよ。好きな服を着て、好きなアイドルをやる。かっこいいよね」


 そういえばクレアちゃんが見ていたこのえ様の写真集の隣に、まゆりちゃんの写真集もあったな。

 今日、クレアちゃんに見てもらいたかった本命アイドルではないけれど、何だか、まゆりちゃんも不思議と縁があるな。


「アイドルになんてなれない……好きに生きる。かっこいい……そうか。そんなことが……」


 クレアちゃんが意味深に私の言葉を繰り返す。

 そんな感銘を受けたような表情をされると困っちゃうな。エタ☆スタに書いてあった情報をそのまま伝えただけなんだけどな……。


「高田まゆりさん、か…………」


 あれ? 気のせいかな。

 クレアちゃんがまゆりちゃんに妙に熱烈な視線を送っているように見える? いや、きっと気のせいだよね。

 背の高いところは共通しているけど、可愛い系アイドルのまゆりちゃんと、イケメン系アイドル(になる予定)のクレアちゃんでは、かなり方向性が違うからね。



 □■


 ライブが終わった。

 帰りの群衆に紛れながら、冷めない熱と共に駅までの道を歩く。


 クレアちゃんはずっと黙ったまま。

 ため息を吐いたり、夜空を眺めたり、どうも落ち着かない様子で……。


 ただ、時折見える横顔。そこに見える瞳には何かしらの強い意志が宿っているように思えた。

 そして――


「今度の卒業公演。僕は本気で挑む。観客の誰もが、立華クレアが最も素晴らしかったと、納得する演技をしてみせる」


 長い沈黙の後にクレアちゃんが口にしたのは、私への宣戦布告。


「だから、美夜くんも本気で演じて欲しい。正面から、僕の本気とぶつかって欲しい。それで、もしボクがキミに負けたら……」


 そこまで言って、クレアちゃんは何かに気付いたように口を紡ぐ。

 何に気付いたのか、私には分からなかったけれど、クレアちゃんはそれを振り払うかのように、


「とにかく、真剣勝負だから。約束だよ」


 その言葉だけを告げて、多くの人が溢れる駅に消えていくのだった。

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