第25話 運命の写真集

 ──立華邸での桜塚歌劇団の鑑賞会の翌週。


「じゃ、紅茶のお代わり持ってくるわね」

「うん、ありがとう美夜くん」


 と、気を利かせて上品に席を立った私、黒帳美夜は……部屋を出た瞬間に膝から崩れ落ちる。


「自分の部屋にクレアちゃんと二人きりって……破壊力がやっべえぞ、オイ」


 先週、桜塚歌劇団の鑑賞会が終わった後、今度は私の家でアイドルのライブ鑑賞会をしようとなったのだけれど……考えが浅はかだった。

 立華クレアちゃんを自分の部屋に呼ぶという危険性を考えていなかった。

 しかも、今日に限ってひかりちゃんが親の用事で来れないとか言うし。


『もしクレアちゃんが良からぬことをしようとしたら、すぐに連絡してね美夜ちゃん。私、どこに居ても、地球の裏側に居てもすぐにワープして息の根……じゃなくて美夜ちゃんを助けに行くから、ね? 絶対だよ? ね、ね、ね、ね?』


 とても名残惜しそうだったひかりちゃん。

 最後の『ね』の繰り返しが少し怖かったけれど、きっとそれほどまでにアイドルのステージ鑑賞会に参加したかったのだろう。

 クレアちゃんが良からぬこと、って意味がいまいち分からなかったけど、サボったりしたらって意味かな? 

 クレアちゃんに限ってそんなことあるはずないのに……ひかりちゃんは勉強熱心な上に心配性だなぁ。


 そして、うちのパパとママも今日は結婚記念日という事でお出掛け中。

 子供だけを残して出掛けるのは気がかりみたいだったけれど、そこは私が心配しないでと強引に追い出した。


 せっかくの結婚記念日なんだし、たまには子供の世話から解放されて二人でイチャラブしてきて欲しいじゃない?

 心配されたところで、私、実質中身はアラフォーなわけだし?


 というわけで、今日はクレアちゃんと二人きりのアイドル勉強会となったわけですが──。

 結果、ずっと同じ部屋で同じ空気吸ってるのが心臓に悪すぎて、紅茶を淹れるという口実で逃げてきたの私なのでした。

 でも、あれ以上あの場に居たら、きっと私は幸せの過呼吸で倒れていたに違いない。


「それにしてもクレアちゃん、意外にアイドルのステージを真剣に見てくれてたなぁ……」


 もしかしたら、クレアちゃんは私が思っている以上に、アイドルに興味があったのかもしれない。

 けれど同時に、お母さん達の後を継いで桜塚のトップスターになるという意志も固いようだった。


 さっきもそうだ。

 真剣な面持ちでアイドルのライブ映像を観ているクレアちゃんに、


『──クレアちゃん、段々アイドルもいいな~って気にってきたんじゃない?』と囁くと、

『あくまで同じ表現者として、参考になると思っただけで……可愛いなとか、ふりふりな衣装が素敵だなとか、歌もダンスも観ていて心ときめくとか……全然、これっぽっちも思っていないからね、ボクは!』


 なんて言うんだよね。

 さすがに違和感ありありでしょ。

 絶対無理して嘘ついてるよね……。


「クレアちゃんは……本当はアイドルになりたんじゃないかな」


 私はラノベの鈍感主人公じゃないからね。あれだけあからさまな態度を取られればさすがに気づくって。

 でもクレアちゃんは、自分からはアイドルに興味があるなんて絶対に言わない。

 言えない理由がある。


「やっぱりこの前話してた、お母さんと関係があるのかな……」


 お母さんの最期の公演を観た後のクレアちゃんの表情。

 桜塚のトップになると語った、あの時の瞳。

 あれは夢や希望を語る女の子なんかじゃなくて、課せられた使命を語る兵士のようだった。

 営業部を希望していたのに総務部に配属になってしまって、本当は不満なのに『頑張ります』とぎこちない笑顔で挨拶していた後輩の山田君を思い出してしまった。


「クレアちゃんは……本当はどうしたいんだろう……」


 強引に本心を聞き出そうとしても、今の段階ではきっとはぐらかされてしまう。


「もう一押し、クレアちゃんの本当の気持ちを聞き出すための決め手が欲しいな……」


 そんなふうに考えながら、紅茶を用意して部屋に戻ると──クレアちゃんがバタバタと慌てた様子で本棚に何かを隠していた。

 なんか、エッチな本読んでたのをお母さんにバレそうになった男子中学生みたいな動きだ。


「どうしたのクレア、そんなに慌てて?」

「い、いや、な、何でもないよ」

「…………そう?」

 

 と、その時は答えたけれど、私の眼は誤魔化せない。

 私の腐れアイドルオタク眼球は、その高難度の間違い探しのような変化にすぐに気づいていた。

 そして、アイドルのステージ鑑賞会が終わり、クレアちゃんが帰った後、私はゆっくりと本棚を確認する。


「やっぱり、写真集の順番が変わってる……」


 本来であれば高身長ゴスロリアイドル、高田まゆりちゃんの写真集の左側に刺さっているはずの、とあるアイドルの写真集が、その右側に移動していた。


「クレアちゃん、このアイドルの写真集を見てて……それで私が戻って来たから慌てて本棚に戻したんだ」


 これは、やはり運命なんだろう。

 クレアちゃんがこのアイドルの写真集に魅かれたという事実に、私は深い感動を覚える。


「男装アイドル、高峰このえ様の写真集……やっぱりこっちの世界でも二人の絆は約束された未来なんだね……」



□■


 ──男装アイドル、高峰このえ様。


 彼女は美夜様世代がスタープリマになる以前のスタープリマの一人。

 そして、アイドルについて何も知らなかったクレアちゃんを導き、次世代のスタープリマへと育て上げた先輩アイドル。


 クレアちゃんの過去編で、同じ男装アイドルとして、このえ様がクレアちゃんにスタープリマの座を託す話は、涙なくしては観れない神回として、ファンの間で長く語り継がれている。


「やっぱり、世界線が違ったとしてもクレアちゃんはクレアちゃんなんだ……」


 意図せずに、クレアちゃんとこのえ様の絆を目にすることができた感動に打ち震えながら、同時に私はクレアちゃんをアイドルにするための希望を見出す。


「妙案ができたわ。これは、勝ち筋が見えたかもしれない」


 ふっふっふ。と、ちょっと悪い笑みを漏らす私。

 クレアちゃんには悪いけれど、これは卒業公演の演技対決を待たずして、クレアちゃんアイドル化計画が成功してしまうかもしれない。


「名付けて、このえ様の威を借る狐作戦!」


 なんて勝利を確信してガッツポーズまで繰り出しちゃっている私。

 でも、その時の私は興奮のあまり気付くことができなかった。


 クレアちゃんが見ていたはずの高峰このえ様の写真集の隣、の写真集が、まるで慌てて戻したように、本棚からはみ出ていたという事実に──。

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