第24話 鑑賞会とクレアちゃんの想い

 やっちまったーーーーー!!!


 ついカッとなって、売り言葉に買い言葉でクレアちゃんと対決することになるなんて……。

 いや、対決はする予定だったんだよ。

 ただし、卒業公演の演技でだけど。


 カレプリの設定資料集では、劇団さくらづかの卒業公演でクレアちゃんは美夜様の演技に圧倒され、自ら敗北を認める。

 そんな美夜様がアイドルになることを認められないクレアちゃんは、美夜様の後を追ってエターナルスター学園に入学する。


 ――という流れだったはずなのに。


 もう何もかもが違う。どこから修正したらいいのかも分からない。


 何だよ、アイドルと桜塚歌劇団の素晴らしさをお互いに教え合う対決って?

 つーかその対決、どうなったら勝負がつくの?

 ていうかね、言わせてもらうけどね、互いの好きに上も下もないんだよ!

 どっちが良いとか、どっちが悪いとか言い出したら、あとは血みどろの戦争しか無いんだからね!

 よろしいならば戦争だ、って流れしか生まないんだから!

 だからオタクはそういう話をしたらいかんのじゃ! 


 …………はぁ、ちょっと話が脱線した。反省。


「さっきから何を頭抱えて悶えているんだい? さっそく上映会を始めたいのだけど……」


 クレアちゃんが戸惑った顔で声をかけてくれる。


「あ、いや、大丈夫。色々と未来設計に悩んでいただけだから」

「そうかい? 相変わらず美夜くんは面白いことを言うね。それと……その右腕にしがみついてるひかりくんは……そのままでいいのかな?」

「あー、何というか。気にしないで。クレアの家で桜塚歌劇団の上映会をするって言ったらずっとこの調子で」

「わたしと美夜ちゃんはお似合いだとか言っておきながら、部屋に誘い込もうだなんて、なんて汚らわしい。この××め……」


 ごにょごにょと何かを言っているひかりちゃん。

 よく聞こえないけれど、なんか物凄い負のオーラが出てる気がするけど……。

 いやいや、そんなわけないよね。だってあのお散歩アイドル日野ひかりちゃんが……ねぇ。うん、気のせい気のせい。

 あ、ひかりちゃんの成長途中の胸が腕に当たって……ソーハッピー。


「ま、まぁ、人数が多い方が楽しいしね。これを機に、ひかりも桜塚歌劇団を好きになってくれると嬉しいよ」



 そう、話の流れで分かってもらえるとは思うが、私とひかりちゃんは今日、クレアちゃんに誘われて立華邸を訪れていた。


 〝クレアちゃん家〟ではなく〝立華邸〟と呼ぶのは、この場所がとてもじゃないが友達の家と表現できないほどの豪邸だったから。


 どこかで見た大使館のような洋館。

 庭には噴水、薔薇、庭師の三点セット。

 中に入れば広々とした英国調のリビング。でっかいテレビ。イタリアの家具職人にオーダーしたらしい立派なソファ。

 開放的な窓からは、鮮やかな日光が差し込んでいる。


 やっべえぞ、この家!

 カレイドプリンセスのアニメではクレアちゃんの実家のシーンは一切なかった。

 代々続く桜塚歌劇団トップの家系と聞いていたから、その家も普通じゃないと予想はしていたけど……。


「それにしてもすごい豪邸だね」

「あはは、ありがとう。桜塚を引退した後にお婆さまが立ち上げた化粧品会社が成功したお陰でね。でも、凄いのはお婆さまであって、ボクじゃないから……だからそんなにかしこまらないでくれると嬉しいな」

「あはは、私、そんなに固くなってたかな?」


 どうやら傍から見ても分かりやすいほど緊張していたらしい。

 いかんいかん。今日はきっちり美夜様モードをキメて来たつもりだったけど、気付かないうちに金持ちムーヴに圧倒されていたらしい。


 いや、仕方ないじゃん。こちとら前世からの生粋の庶民なんだから!

 庶民は金持ちに弱いんだよ! 日本人が英語で話しかけられるとテンパるのと一緒!


「じゃ、緊張をほぐすのも兼ねて、さっそく鑑賞会を始めようか」


 クレアちゃんはそう言うと、あらかじめ用意してあったであろうDVDをテレビで再生する。

 画面に映ったのは、少し古めかしい桜塚歌劇団の公演の映像。

 演目は『ロミオとジュリエット』――卒業公演で私たちが演じるのと同じ作品だった。


「これはね、十二年前に上演されたものなんだよ。是非君たちにも見て欲しくってね」


 その一言だけを添えると、集中しているのか、私たちの邪魔をしたくないのか、クレアちゃんはジッと画面に釘付けになる。

 どうしてそんな昔の公演を選んだのか、少し不思議に思ったが、始まってみるとその理由がすぐに分かった。

 桜塚歌劇団の舞台は映像でも生でも何度か見たことがある。

 全て、確かに素晴らしいものだった。

 けれど、今観ているこの公演は、そのどれよりも魂に響くような力を感じた。


 そして、鑑賞を初めて一時間も経った頃、


「ロミオ役の華吹はなぶきつかさ様……神懸っているだろ? もちろん、いつも素晴らしい演技でファンを魅了してくれていた。けれど、この公演は特別。二度とない、奇跡の時間だったんだ」


 暗転のタイミングでクレアちゃんがポツリとつぶやく。

 その言葉に私も「……そうだね」と短く答えた。


 分かる。ロミオの演技……技術は今のトップの方々と大きな差は無い。

 けれど、気合が違う。オーラが違う。

 まるで自らの人生の全てを、この一回の公演に掛けているような、強さ、怖さ、危うさ、そして美しさ。

 ロミオの演技に、他の役者も引っ張り上げられる。

 世界の全てが、一つも二つの上のステージへと昇華している。


「すごいね……」


 恐らく無意識なのだろう、ひかりちゃんがぽつりと呟く。

 最初は少し不機嫌そうだったひかりちゃんも、今では画面にくぎ付けになっている。


 そして、クライマックス。

 ジュリエットを追って、自ら毒をあおるロミオ。

 ロミオを追って、自らの命を絶つジュリエット。

 二人は身体を重ね、命を散らし、愛を永遠とした。 


 いつの間にか涙がこぼれていた。

 最初は興味無さそうにしていたひかりちゃんも、静かに頬を濡らしていた。

 そして幕が下りる。

 襲ってくる強烈な余韻に誰も言葉を発さない。


 数分ほど置いてから、クレアちゃんが柔らかく、でも少し寂しそうに言葉を綴った。


「ロミオ役の華吹つかさ様……実は僕のお母様なんだ。この公演を最後に引退した。お腹の中に僕が居たんだ。劇団在籍中の妊娠で……ちょっと色々大変だったみたいなんだけど……」

「クレア?」

「ああ、ごめんよ。君達には関係のない話だよね。ごめん、折角楽しんでくれていたのに、余計なことを言って……」

「クレア……もしかして……?」


 ――お母さんが桜塚歌劇団を辞めたことを、自分のせいだと思っている?


「だから僕はお母様を超えるトップスターに成らなければいけないんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る