第23話 アイドル沼vsさくらづか沼

「それにしても、クレアはてっきり私たちのことが嫌いなんだと思っていたわ」


 軽い自己紹介も済ませて打ち解けてきた辺りで、少し微妙な話題を放り込んでみる。

 すると、クレアちゃんは少し驚いた表情を浮かべつつ、すぐにイケメンスマイルに戻る。


「まぁ、最初は良い印象はなかったけどね。でも、私が嫌いなのは中途半端な人間だから。例え目指す道が違っていたとしても、本気で何かを成し得ようとしている人は、私は好きだよ」


 わお、イケメン。


「そういう意味では、二人のことをコソコソと噂している人たちの方が、ずっと桜塚歌劇団に相応しくない」


 レッスンで講師にどれだけキツイことを言われようと、これまで一切見せることの無かった怒りの感情を、クレアちゃんはその時初めて滲ませた。

 本当に、真っ直ぐで良い子だ。


「いや、相応しくないなんて、私ごとき若輩じゃくはいが判断することではなかったね。今の発言は忘れて欲しい。まぁ、だからというか、二人には今は好意に近い感情を抱いているよ」


 レッスン中とは違う飾り気のない笑顔。

 その柔らかな目尻に、ああクレアちゃんもやっぱり年相応の女の子なんだな、と初めて実感する。


「そっか、そう言ってくれると嬉しいわ」


 これは幸先良いんじゃないか?

 クレアちゃんは、私とひかりちゃんに好意を抱いてくれている。

 このまま順当に進めば、私とクレアちゃんは〝互いに認め合う最大のライバル〟という関係に着地できそうな気がしてきたぞ。


 あとは卒業公演でクレアちゃんを超える演技さえできれば、きっとクレアちゃんアイドルルートが確定するはず!


 でも、ひかりちゃんがアイドルになるってバラしちゃったときのクレアちゃんの表情。

 怒っているようにみてたんだけど、そうじゃないとしたら、あの顔は何だったんだろう?

 

「ところで二人はさ……えっと、その……やっぱりアイドルが……アイドルのこと、その……ねぇ?」


 ねぇ? と言われても訳が分からない。

 唐突に歯切れの悪くなるクレアちゃんに困惑する。

 少しもじもじして、顔を赤くして、何だからしくない感じだ。


「アイドルがどうかしたの? クレア?」


 クレアちゃんの異変に声をかける。

 だが、クレアちゃんはハッとしてすぐに頭を振ると、さっきのモジモジとは一転、いつもの凛々しい姿に戻ってこう言った。 


「そう、そのアイドルの話なんだけれどね……美夜くん、それにひかりくんも。もし良かったらアイドルは止めて、本気で桜塚歌劇団のトップを目指さないかい? 二人なら十分に、その資質があると思うんだ」


「「──桜塚歌劇団のトップ?」」


 なるほど、そういうことか……。

 私とひかりちゃんの実力が本物だと知ったクレアちゃんは、私たちを本気で桜塚に誘おうと考えたのか。

 アイドルになるのが夢だと言っている私たちに『桜塚のトップを目指そう』と言って良いのか悩んだからこその、さっきの煮え切らない態度だったのだろう。


 ……もじもじと顔を赤くしていたのは少し違和感があるけれど、まぁきっと考えすぎだろう。


 それにしてもアイドルじゃなくて桜塚歌劇団に──って、これじゃまるで私の目的と同じじゃないか。


「えっとね、誘いはありがたいんだけど、でも、最初にひかりちゃんが言ったように、私たちの将来の夢はアイドルになることだから――」

「……そっか。アイドル……アイドルか……」


 私の返事を聞いたクレアちゃんが、何か考え込みながらアイドルを連呼する。

 何かを言いたそうな、でも言ってはいけないと苦しんでいるような……そんな複雑な表情。

 だが次の瞬間、何かを吹っ切るように視線を上げる。


「というか、二人はまだアイドルになるなんて言っているのかい? 二人だって桜塚のレッスンを受けて分かったはずだろう? になりたいなら桜塚歌劇団を目指すべきだと。桜塚には、それができる環境と高い志を持った仲間がいるのだから!」


 何だろう。声が上ずっている。

 どこか無理しているような態度と言葉。

 けれど、私の違和感を他所に、クレアちゃんは話を続ける。


「美夜くん、ひかりくん……ア、アイドルだなんて、あ、あんなちゃらちゃらして、ファンのご機嫌取りばかりしなくてはならないモノは見限って、真剣に桜塚歌劇団のトップを目指そうじゃないか!」


 ……。

 …………ぷっちーん。

 

 瞬間、クレアちゃんの発言の違和感など空の彼方へ飛んでいく。

 はい、その喧嘩買いましたー!


「ああん? 今なんて言った? ちゃらちゃら? ご機嫌取り? アイドルなんて……だと?」


 ゴゴゴゴゴゴゴ。


「たとえ、あの立華クレアちゃんだとしても、その発言は許せない! アイドル馬鹿にする奴は、馬に蹴られてお池にハマればいいんだわ!」

「な、何だいその言い方は! ボ、ボクは本気で君たちのことを想って……」


 何が私たちのことを想ってよ。

 大きなお世話だっての! こっちは前世から夢見てんのよ!

 アイドルへの愛、カレプリへの圧倒的感謝は生半可じゃないの!


「クレアこそ! アイドルを目指すべきよ! 貴女にはアイドルの才能がある。世界中のファンを耽美な情欲の海に突き落とすトップアイドルになる才能が!」

「情欲って……何て卑猥な……失礼にも程がある! ……それに、ボクにアイドルの才能? 笑わせないでくれ!」


 怒りの言葉を口にするクレアちゃん、だが気のせいだろうか、その口元が少し動揺しているように見えた。

 だが、その理由を考える前にクレアちゃんが、さらに言葉を続ける。


「その……あれだ……アイドルというのは小さくて可愛らしい女の子がなるものだろう!?」


 はっ、何を言っちゃってくれてやがりますか、この未来のスタープリマ様は!


「可愛いですぅぅぅ。クレアちゃんは、カッコイイだけじゃなくて、すっごい可愛いんですぅぅぅ」

「なっ!?」

「超イケメンなのに、他のアイドルがファンからぬいぐるみのプレゼントとかされてるのを見て、横目ですっごい羨ましそうにしてるところとか、吐血する程、尊い可愛いんですぅぅぅぅ!」

「な、何の話をしているんだ。妄想も大概にしてくれないか!?」

「妄想じゃないですー。クレアちゃんがアイドルになれば確実に訪れる未来の話をしているんですぅぅぅ」

「何を馬鹿なことを……ボクにアイドルの才能なんて無い。ボクがアイドルになれる訳がないじゃないか!」

「なれますー。才能ありますー。クレアちゃんは、世界に羽ばたくトップアイドル、スタープリマにすらなれるんですー。私知ってるんですー」


 隣でひかりちゃんが、「美夜ちゃーん子供の喧嘩みたいになっちゃってるよー」と忠告してくれるけど、ゴメンね、もう止まれない。


「そんな訳がない!」

「そんな訳ありますー」

「嘘だ!」

「嘘じゃないですーーーー」


 がるるるるる、と至近距離で唸り合う私とクレアちゃん。 


「だったら勝負しましょう! 私はクレアにアイドルの素晴らしさを骨の髄まで教え込む。その代わりにクレアは私に桜塚歌劇団の良さを伝える。受けと攻めは一日交代。どう?」

「なるほど名案だね。ボクの勝ちが決まっているところが何より素晴らしい」

「はっ、今のうちにほざいていればいいのよ。クレア、貴女を絶対にアイドル沼に落としてみせるから!」


 こうしてアイドル沼VSさくらづか沼の不毛な争いの火蓋が切って落とされたのだった。


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