第35話 規格外の編入試験
「お疲れ様、美夜くん。いいライブだったよ」
「ん、ありがとクレア。いいライブだった……か。ファンのみんながそう思ってくれてたらいいんだけど」
ライブ終わりの控室。汗を拭いている私の元へクレアちゃんがドリンクを持って
ハンバーガー事件のあった、その夜のライブは無事終了した。
今日のライブは『黒帳美夜全国ツアー最終日』
クレアちゃんは特別ゲストとして応援に来てくれたのだった。
「どうしたんだい? 美夜くんらしくない物言いだね?」
「あはは、初の全国ツアーが終わって、ちょっとナイーブになってたかな?」
黒帳美夜初の全国ツアー、それも最終日。スタッフさんの話では、すでにファンの間で伝説のライブだとの声が上がっているらしい。
でも、それで私の気掛かりが消えるわけではなかった。
「今日の私は、星空ハルカちゃんの目にはどう映ったのかな……」
万全のコンディションとは言えなかったが、パフォーマンスは完璧だったはずだ。
ハルカちゃんに半端なものを見せたくなかったから。ハンバーガーを頬張ってる私の姿を、本当の黒帳美夜だと思ってほしくなかったから。
効果のほどは分からない。
カレプリの設定どおりに、ハルカちゃんが私のライブに感動して、アイドルになる決意をしてくれたかは、分からないままだ。
あんな失態を演じた私に、もう憧れなんて抱けないかもしれない。幻滅されたかもしれない。
そんな恐怖を抱きながら、四か月の時が過ぎ、時は八月。
アニメ、カレイドプリンセスにおいて、主人公である星空ハルカちゃんがエターナルスター学園の編入試験を受ける熱い季節がやってきた。
□■
エターナルスター学園では、アイドルの才能を持つ少女たちを幅広く受け入れるため、半期に一度、編入試験が設けられている。
その度に、全国から数千人、場合によっては万を超えるアイドルを夢見る少女たちが集まる。しかし、その合格者はほんの一握り。
時には、一人の合格者も出ない年もある狭き門。
だが、それは愛情でもあった。在校生は、既に一流の講師陣から指導を受け、入学前とはアイドル力がけた違いに上がっている。そんな中に、途中から交ざり切磋琢磨しなければならない。
その差は、生半可な実力や覚悟で縮められるものではないと、学園側も分かっているのだ。
そんな物思いに更けながら、私は編入試験の行われる試験会場――エターナルスター学園敷地内にある専用ステージにやって来た。
客席に座っているのは108人の受験生。地方の試験会場で一次審査を乗り越えたアイドルの卵たち。
この時点で、百に近い倍率を潜り抜けてきた才能あふれる少女たちだ。
特別審査員を任されていた私は、審査員席に向かいゆっくりと歩を進める。
すると、受験生の間からざわめき、どよめきが巻き起こる。
「見て、本物の美夜様よ」「すごい、わたし生の美夜様初めて」「綺麗……」「やっぱりオーラが違うよね」等々。
だけど、そんな中に一人異色の存在が居た。
「あ、居た。美夜さーーーーん」
天真爛漫な笑顔で、ぶんぶんと手を振りまくるハルカちゃん。
ちょおおお、あの子は何やってんのぉぉ!
この空気感の中、よくもまあトップアイドルの私に向かって手なんて触れるなぁ、オイ。
ああ、でもあの格好。アニメ一話でしか見れないハルカちゃんのセーラー服じゃない! もちろんエターナルスター学園の制服も可愛いんだけど、編入してくる前のシンプルな制服も可愛いが過ぎるんだよぉぉ!
あ、やば、今私、絶対顔が真っ赤になってるし。
こんな顔、人には見せられない。
私は俯きながらそそくさと審査員席に引っ込む。
「あれー、美夜さん私に気付かなかったのかな?」
とか、当のハルカちゃんは見当違いなこと言ってるし。だが、そこが可愛い。
ってか立場が逆でしょう! 何で素人のハルカちゃんが馴れ馴れしく手を振って来て、トップアイドルの私が赤面して隠れなきゃいけないの!?
「何、何事? ハルカ、美夜様と知り合いなの!?」
「え、あ……いやー、知り合いというほどの者では……ござらん」
「何で時代劇風!?」
あの黒帳美夜と知り合いなのかと、隣の水崎杏奈ちゃんから早速質問攻めに遭っているようだ。
でも頑張って誤魔化してくれてる。
どうやら、あの日のハンバーガー事件については、親友の杏奈ちゃんにも話していないらしい。
約束は律儀に守ってくれているようで良かった……良かったのか?
……あの下手っぴな誤魔化し方でいつまで何時まで持つか心配だなぁ。
□■
「さあ、始まるわね……」
学力や実技などの細かい審査は一次試験で終わっている。
最終試験で見られるのは、毎回恒例ステージパフォーマンスのみ。
このステージ審査で、星空ハルカちゃんはプリマアピールに成功。親友の水崎杏奈ちゃんと共に、見事編入試験を突破する。
エターナルスター学園の入学試験史上、中学一年生でプリマアピールに成功したのは、現状は私――黒帳美夜のみ。にもかかわらず、ほんの少し前まで素人だった少女が、いきなりプリマアピールを成功させ一気に注目を浴びる。
――というのが、本来のカレイドプリンセス第一話の展開だった。
まさしく、幼女向けアイドルアニメの王道展開だよね! 胸アツ!
『では、受験番号77番。星空ハルカさん。お願いします』
来た。ハルカちゃんの番だ。
さあどうなる。アイドルになる決意はしてくれたらしい。
けれど、私は大きな失態をした。
情けない姿をさらしてしまった。
あの後のステージで挽回出来ていればいいけれど、もしハルカちゃんの私への憧れが中途半端なものになってしまっていたとしたら……。
アニメのような、天才的パフォーマンスもプリマアピールも、幻となってしまうかも知れない。
最悪、ハルカちゃんがエターナルスター学園の編入試験に落ちてしまうなんて可能性もあるかもしれない。
「お願い。ハルカちゃん……」
ハルカちゃんのステージが始まる。
すると、私の祈りなんてあざ笑うかのようにハルカちゃんのステージは完璧で―― 何これ。可愛い。かわいい。キュート。プリンセス。愛らしい。死ぬ、死ねる。可愛すぎて死ねる!
「やっぱりハルカちゃんはカレプリ不動の主人公だ。私みたいな偽物が心配する必要なんてなかったんだね……」
つい、黒帳美夜というガワを脱ぎ捨て、黒岩宮子として熱い、熱い視線をハルカちゃんに送ってしまう。
そして、何の奇跡か私の視線に気づいたハルカちゃんが――私に微笑みかけると同時にウィンク&投げキッスをしてくれる。
「がっはあおあおあおあおああああああ」
死んだ。何だよ、私にだけウインク&投げキッスって!
控えめに言ってそれ殺人だからね! かわいいは凶器だからね!
「や、やばい……」
私の最推しって美夜様だったんだけど……ああ、駄目だハルカちゃん好きすぎる。たった三分で堕とされた。
可愛すぎる。破壊力が……人知を超えている。
他の審査員にバレないように、喉の奥で絶叫しながらも、それからはハルカちゃんのステージから目が離せなくなる。
まばたきすることすら惜しく感じる、夢のような時間。
「……ていうか、むしろステージパフォーマンス……良すぎじゃない?」
ハルカちゃんのステージはアニメで何度も見た。
でも、このクオリティは……いくらなんでも高すぎやしませんか?
特に、私の視線に気づいて投げキッスをしてくれた後……そこからの集中力が凄まじい。
観客のイイねゲージが右肩上がりで上昇していく。
「もうすぐアピールタイムだ。この調子なら原作通り、史上初の編入試験のプリマアピールだって……」
――カレイドシステムのアピールタイム。
観客の感情を読み取って上昇するイイねゲージが一定の数値を超えると発生する特別なアクションだ。
ハルカちゃんがプリマアピールの準備に入る。
お願い! 来て! プリマアピール〝星空マカロンタイム〟!
だが、一段と輝くステージの上でハルカちゃんが繰り出したのは、プリマアピールである〝星空マカロンタイム〟ではなく――。
「な、な、なななな、何で、一段上のスペシャルプリマアピール成功してんのぉぉぉぉ!?」
なんと、ハルカちゃんはアニメで成功したプリマアピールの一段階上。スペシャルプリマアピールである〝スターダスト・センセーション〟を成功させてしまったのだった。
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