第34話 魅惑の主人公ハルカちゃん。

 全速力で追いかけて来る主人公――星空ハルカちゃん。

 その瞬足から逃げ切ることは出来ないと判断した私は、なるべく人が少なさそうな公園へと逃げ込む。


「ぜえぜえ……何で……はぁはぁ、追いかけて……来たのよ……」


 その質問に、ハルカちゃんは口元に指を当てて、一考してからこう答えた。


「えっと、逃げ出したから?」

しつけのなってない犬か!?」

「犬っぽいってよく言われます。えへへ」

「褒めてない!」


 あああ、くそぉぉ。なんだよこの状況。

 何で私は今、カレプリの主人公、星空ハルカちゃんと対峙してるの!?

 ていうか可愛いんだよ畜生。何が犬っぽいってよく言われます、えへへ、だよーーーー。私の情緒殺す気かぁぁぁ。


「で、やっぱり、黒帳美夜ちゃんですよね!!!」

「しー、しぃぃぃぃーーー! どこで誰が聞いてるか分からないんだから、こんなところで大声で名前を呼ぶ奴があるかぁぁぁ! 大騒ぎになるでしょうが!」

「えへへ、ごめんなさい。ビックリし過ぎちゃって」


 うっは、かわゆす。ぺろぺろしたい。お持ち帰りしたい。抱かれたい!


「でも、意外でした。美夜ちゃんって、あんな大きなハンバーガーを、大きなお口を開けて食べるんですね!」


 …………やっぱり見られてたか。

 一番見られてはいけないシーンを、一番見られてはいけない相手に。


「幻滅したかしら?」


 何とか黒帳美夜ムーブを思い出し、出来るだけ優雅に言葉をつづる。


「幻滅なんて、そんなことないです。むしろ、慌ててるところとか、ハンバーガー頬張ってるところとか、何だか可愛いなぁって……あ、すごいアイドルなのに、こんな言い方失礼ですよね」

「か、か……かわいい?」


 か、かかか、可愛いだって。あのハルカちゃんが、こんな捻じれたペットボトルに過ぎない、私めを可愛いだなんて……これは夢? 幻? 

 ふへへ、我が人生に一辺の悔い無し。


「あ、あの美夜ちゃん? ……顔が」

「私の顔がどうかしたのかしら?(キリッ)」

「あ、あれ……気のせいかな? い、いえ、何でもないです」

「そう? そんなことより、あなたのその恰好……もしかして、あのハンバーガー屋で働いていたの? まだ小学生なのに?」


 仕事中に追いかけてきたのだから当然だが、ハルカちゃんはハンバーガーショップの制服姿のままだった。


「あ、その実はあそこ、叔母さんのお店で、人手不足の時にたまにお手伝いを頼まれるんです。それで、パパとママには内緒だけど少しお小遣いもらったりして……えへへ、秘密ですよ」


 イタズラっ子のようにペロッと舌を出すハルカちゃん。

 一見するとあざとい仕草。だが、ハルカちゃんの一連の言動には、計算や打算なんて意志は全く含まれていない。


 ハルカちゃんは、生まれながらの天性の天使なのだ。

 そして、どうやら天使は、私を今この場で悶え殺す気らしい。


 ていうか、親戚の店でも小学生が手伝うのはアウトだった気がするけど……まぁ、平気なのかな? カレプリの世界だし。


「でも、美夜ちゃん。どうして私が小学生だって知っているんですか?」

「へ? あ、あーーーそれは……この街に住んでいるアイドル候補は、すべて把握しているのよ。何しろ私はエターナルスターの柱だからね!」

「この街のアイドル候補はすべて把握……美夜ちゃんってストーカーみたいですね!」

「何でよ!?」


 でも鋭いな! カレプリに関しては、ある種ストーカーみたいなものだからね、私!


「あはは、冗談ですよ。でもまた美夜ちゃんの意外な一面見つけちゃった。美夜ちゃんて、そんな大きな声でちゃんとツッコミ入れてくれるんですね」


「普段はしないわよ! 今日は特別サービスだと思って頂戴。私はエターナルスター学園のスタープリマ、黒帳美夜なのよ」


「はい、知ってます。杏奈ちゃんに……ってアイドルに詳しい友達なんですけど、杏奈ちゃんと一緒にライブの映像を何度も観たので。美夜ちゃんのライブ、生で観たことはまだないんですけど……」


 知ってるよ。幼馴染で親友の、一緒にエターナルスター学園に入学する水崎杏奈ちゃんでしょ?

 ハルカちゃんは、杏奈ちゃんに誘われて美夜様のライブに行く。そこで美夜様に憧れを抱いたハルカちゃんはアイドルを目指すことになるっていうのが原作の設定なのだから。

 でも……だというのに。

 そんな大事なライブの前に、こんな大失態を犯してしまうなんて……。


「ったく、この世界の神様、絶対私で遊んでるよね……」


 けど、まだ致命的なミスはしていないはず。ここから、素敵なトップアイドル黒帳美夜を完璧に演じ切って、元の世界線に戻す!


「そういえばハンバーガー美味しかったですか? 実は私が作ったんです。直接この手で、たっぷりの愛情をこめて」

「――おっふぅ」


 感動で意識が飛んだ。


「だ、大丈夫ですか?」

「な、何でもないわ(キリッ)。胃から色々な感情が込み上げてきただけだから」


 あ、あのハンバーガーを、ハルカちゃんの見目麗しい手が直接……うっきゃー、なんだかハンバーガー食べただけなのに、ハルカちゃんを妙にいやらしくけがしてしまったような気がしてきたぁ!

 ふふ、ふへへ、ハルカちゃんの手作りハンバーガーかぁ……。

 今からお店に戻って一万、いや十万円くらいは払ってきた方が良いかな?


「そ、そう……あなたの手作りだったのね。ええ、美味しかったわ。ごちそうさま」

「わたしの愛情、たっぷり感じましたか?」

「え、ええ……たっぷりと。もう、おなか一杯」


 小悪魔な瞳で微笑みかけてくるハルカちゃん。

 この子、ワザとやってない? 私のハート狙い撃ちしてきてるよね。


「あの……一つお願いがあるんだけど」

「お願いって何ですか? 美夜ちゃんの願いだったら、何でも聞いちゃいます!」

「今日見たことは黙っていて欲しい。私にも立場があるから。それと、今夜のステージで本当の私を見せるから、絶対に来て欲しい」


 散々な姿を見せてしまったけれど、私のライブを見てもらえれば、きっと大丈夫。ハルカちゃんは感動してアイドルになると言ってくれるに違いない。


「あ、はい。丁度、今日美夜ちゃんのライブに行く予定だったんです。知っていたんですか?」

「え、い、いや偶然。そんな気がしただけよ!」

「やっぱりストーカー?」

「違うっての!」


 並のストーカーを軽く超える愛情、欲情、劣情を抱いていることは否定できないけれどもさ。

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