第21話 貴女の騎士姫
私とひかりちゃんが『劇団さくらづか』に入って半年が経った。
順風満帆とは言い難いが、私もひかりちゃんも確実に力をつけていた。
さくらづかのレッスンは、週一回日曜日。とはいえ、そのレッスンだけ受けていれば良いというものではない。
基本的に、毎レッスン終わりに課題が出され、次のレッスンでそれを披露することになるので、自宅練習は必須。
さくらづか以外にも、声楽やダンス、各種楽器などを並行して習っている
桜塚歌劇団の狭き門をくぐるためには、それくらいの努力は当然なのだろう。
そんな真剣そのものの少女達の中で、速攻『アイドルになるんで桜塚には入りませーん』宣言をしてしまったのは誰でしょう?
はい、私とひかりちゃんです。
いやー、あの宣言から早半年。あれから風当たりが強い強い。
育ちの良い娘さんたちだから、いじめとかはないけれど……事あるごとに刺さる視線が鋭いんだよね。ザックザクくる。
あの日から私とひかりちゃんにちらちらと浴びせられる周囲からの視線。
あまり、好意的なものではないことは十分に分かる。
だが意外にもクレアちゃんの態度は素っ気ないものだった。
最初こそ、何やら鬼が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたけれど、それもその時限りの事で、
結局クレアちゃんが私とひかりちゃんに接触してくることは一切なかった。
マリアちゃんの時のように嫌われている、というわけではないようだけど……こっちから距離を詰めようとすると明らかに避けられるんだよね。
でも、時折こっちの方をチラチラ盗み見ていたりしていて……たまに目が合うんだけど。
合った瞬間、目を背けられちゃうんだよね。
「ふむう。クレアちゃんが何を考えているのか、いまいち分からないわ……」
レッスン室で御子柴先生を待つ間、柔軟体操をしながら私はぽつりと漏らす。
ちなみにひかりちゃんは私の真似をして柔軟体操中。本当は痛いのを我慢して頑張ってる。はい可愛い。
たまに漏れる痛みを堪えるような吐息が、子供ながらにエロい。
はぁぁぁぁぁぁぁぁ。同じ空間で同じ空気を吸えることに絶対的感謝!
と、それはさておき、
「クレアちゃんに嫌われているわけではないってのは良かったんだけど……問題は他の子達なんだよなぁ……」
アイドルになります宣言からずっと続いている桜塚ガールズからの冷たい視線。
そして、その視線が今に至っては更にすさまじい。
まぁ、それも、仕方ないというか……。
私はため息を吐きながら、スタジオの壁に貼られている一枚の張り紙に視線を向ける。
それは、先週発表された六年生卒業公演のキャスティング。
そして、そこで発表されたのが、
――男役主演:立華クレア
――娘役主演:黒帳美夜
だったんだよね。
そりゃ『桜塚歌劇団に入らないでアイドルになりまーす』とか公言している奴がメインヒロインともなれば、面白くない人も大勢いるのは当然だ。
ひかりちゃんも私の親友という重要な役を、ちゃっかりゲットしてるしね。
なので──
「何であの二人が……」「親が桜塚のOGで優遇されているとか……」「親が桜塚に多額の献金をしているというのも聞いたわ」
──私たち二人に対して、在りもしない噂話に花を咲かせたくなるのも人の心というものだろう。
特に声が大きいのが、今レッスン室の端で話している二人。
聞こえていないつもりなんだろうけどばっちり聞こえてますからね。
それにしても勿体ないなぁ。二人とも可愛いのに。アイドルの素質十分なのに。
そうやって負の感情に捕らわてれると、その可愛らしいお顔までマイナスに歪んできちゃうんだぞ?
と、何度直接注意しようと悩んだことか。
とはいえ、私も大人。子供相手に事を荒立てたりしない──つもりだったんだけどねぇ。
「ううう、美夜ちゃーん」
「うんうん、よしよし。怖くないよ~ひかりちゃん」
あの二人の言葉が聞こえてしまったのだろう。
柔軟体操を終えたひかりちゃんが、怯えて私の腕にすがり付いてくる。
おどおど私に頼り切ってる涙目のひかりちゃん可愛すぎる!
惚れてまうやろぉぉぉ!
ていうか、むしろ惚れている。
一万年と二千年と五億年前から愛しているわっ!
っとまたやってしまった、脳内暴走。
そんなんしている場合じゃなくて、私が言われる分には構わないけど、さすがにひかりちゃんにも被害が及ぶようなら黙っているわけにはいかない。
「ちょっとお灸でも据えてやろうかしらね」
と陰口をたたいている二人の所に向かおうかと思った、その時──。
「コネ? 賄賂? キミ達、桜塚を馬鹿にするのもいい加減にするんだ! ボクたちの目指す桜塚は、そんな姑息なやり方で役が貰える程、安い世界だと思っているのかい!?」
私の代わりに、その二人を一喝する声がレッスン室に響く。
声の主は、意外なことにクレアちゃんだった。
「今回、黒帳さんと日野さんがジュリエットと親友役に選ばれたのは、紛れもない実力だ! 普段のレッスンを見ていてそれすらも分からないようであれば、即刻この場から立ち去るといい!」
陰口を叩いていたレッスン仲間を、真剣な眼差しで断罪するクレアちゃん。
その姿は
【貴女の騎士姫】立華クレアちゃんそのものだった。
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