第20話 一度あることは二度ある


が目的なんて口が裂けても言えないよなぁ」


 なんてことを呟いていると、ダンススタジオに講師らしき女性が入ってくる。


「注目! 私語止め! 背筋伸ばして顔を上げなさい! 私が貴女達のレッスンを担当する御子柴みこしばです。よろしく!」


 ダンススタジオに凛とした畳み掛けるような言葉が反響する。


 私たちの先生は御子柴というらしい。

 長い黒髪のポニーテールを靡かせ、野生的で無駄のないボディラインで仁王立ちで年端もいかない小学生を威嚇する。


 なるほど、先生もTHE・桜塚~って感じだ。

 なんか、生命オーラが強い。この人だったら、ハンマーで殴られても、私と違って死ななそう。むしろ、血ダラダラ流しながら、犯人追いかけて腕十字固めとかキメそうですらある。


「ふええ、美夜ちゃん~。何だか先生怖そうだよぉぉぉ」

「ああ、ひかりちゃん怖がらないであげて。きっとああいうタイプの先生は演技で怖くしてるだけで、裏では絶対優しいから。ね、ね」


「そこ! 私語は慎みなさい!」


「「はいぃぃぃ!」」


 うはぁぁ、やっぱこえええ。

 たとえアラフォーになっても陰キャは陰キャ。


 ──いくつになっても、やっぱり圧が強い人は苦手なんだなぁ。みやこ。


 と、心の中で一句読んでいる私を置いてきぼりに、先生はどんどん話を進めていく。


「では、まずは自己紹介から。前列、左端から順に一人ずつ前に出て。名前と年齢、出身、特技、趣味、それと入団した動機を話すように」


 始め! という御子柴先生の合図と共に始まる自己紹介。

 代わる代わる、前に出て話す少女たち。

 みんな堂々と話していて小学生とは思えないほどしっかりしている。それにみんな可愛い。

 けれど、やはり空気は重い。少女たちの緊張や気負いが、徐々に部屋の色をモノクロに染めていく。


 ――そんな重圧の中。


 一人の少女が立ちあがった瞬間、一転、世界が鮮やかに裏返った。


立華たちばなクレアです。十一歳、小学六年生。出身は桜塚市。趣味、特技は声楽、日舞。志望動機は、母も祖母も桜塚歌劇団の男役トップスターでした。私も、尊敬するお二人に負けない、二人を超えるようなスターになりたいと思い入団いたしました! 以後、ご指導ご鞭撻べんたつのほど、宜しくお願い致します!」


 洗練された立ち居振る舞い。すらりと伸びた美しい四肢。まっさらな肌を彩る肩まで伸びた蜂蜜色の髪。

 まさしく可憐……けれど、その自信に満ち溢れた瞳は、使命に溢れた騎士のような強さを湛えていた。


 一息に最期まで言い切ると、スタスタと元の位置に戻るクレアちゃん。

 それを追いかけるように鳴る、まばらな拍手。

 

「すごい子だね、美夜ちゃん」

「そうだね、すごいねひかり」


 二人そろって語彙力ごいりょくが死んでいるが仕方ない。

 すごい以外の言葉が出てこなかった。

 てか、これで小学生かい。完成度が高まり過ぎてて、逆にツッコミ所が満載過ぎるわ。

 みんな気圧されて、拍手するの忘れちゃってたし。


「…………それはそうと、やっぱりここに居たわね」


 私はクレアちゃんを盗み見ながら、小さく呟く。


 そう、彼女こそが、私が劇団さくらづかにやって来た理由。

『アイドルの技能を磨くため』というのは、表向きの理由に過ぎない。


【貴女の騎士姫】――立華クレアちゃん!


 何を隠そう私、黒帳美夜は彼女をアイドル界に勧誘するために劇団さくらづかにやって来たのだ!


 クレアちゃんは、カレプリの世界において、日本のミュージカル界を牽引するトップアイドルであり、日本に存在する七人のスタープリマの一人。

 投げキッス一つで女性ファンAからGまでが卒倒してしまう、エターナルスター学園のトップオブイケメンアイドル。


 そして、美夜様の同級にして、互いに認め合う最高のライバル!


 日野ひかりちゃん、天乃マリアちゃんと同じく、美夜様との出会いによってアイドル界に足を踏み入れたトップアイドルの一人なのだ。


 と、ここまで説明すれば立華クレアちゃんが、カレプリの世界に無くてはならないアイドルだということは理解して頂けたと思う。


 カレプリの設定資料によると――クレアちゃんは小学生時代、美夜様と共に劇団さくらづかに所属していたのだ。

 その子供離れした実力に、二人とも桜塚歌劇団の男役、娘役のトップとして将来を約束されていたのだが、美夜様がアイドルを目指して劇団を退団。

 それがどうしても許せなかったクレアちゃんは、美夜様を連れ戻すためにエターナルスター学園に入学する。

 ところが、徐々にアイドルに惹かれ始めるクレアちゃん。

 結局そのままアイドルになってしまうという。ミイラ取りがミイラ的なアイドルだったりする。 


 ──改めて思うと、意外に流されやすい性格だな、クレアちゃん。



「次、早く出なさい! 時間は限られていますよ!」


 っと、いつの間にか私の自己紹介の番だったらしい。

 あわてて前に出ると、私は周囲の気迫に負けないよう声を張る。


「黒帳美夜、小学六年生です。特技はバレエ、歌唱。入団した理由は――」


 その先は、右にならえで、他の子達と似たような自己紹介でお茶を濁す。

 さっきも言ったけど、さすがにアイドルの練習のためとか、クレアちゃんをアイドル界に引きずり込むためとか言えるわけがないからね。


 今のクレアちゃんは桜塚歌劇団のトップスターを本気で目指している。

 最終的には私がアイドルを目指していることを伝えるけれど、この『劇団さくらづか』で、共に舞台を踏むまでは良好な関係を築いていたい。


 何しろクレアちゃんは、最高のライバルである美夜様を追ってアイドル界の扉を開くのだから。

 人間関係が良好でないと、には成り得ても、には成れないはずだから。

 なので『クレアちゃんに認められる演技力を磨きつつ、クレアちゃんと良好な人間関係を保つ』というのが当初の目標と言えるだろう。


「だから、ひかり。私たちがアイドルを目指していることは、今はまだ皆には内緒にしておかないとだからね…………って、あれ? ひかり?」


 私はさっきまで隣にいたはずのひかりちゃんの姿が居なくなっていることに気付く。

 サーッと引く血の気。

 慌ててひかりちゃんの姿を探すと、


「えっと、日野ひかりです。小学六年生です。趣味は美夜ちゃん。特技は美夜ちゃんです」


 ひかりちゃんは既に皆の前で自己紹介を始めていたのだった。

 趣味は私、特技は私ってなにそれ? 冗談……とか言ってる場合じゃくない!?

 あれれれ、これ、嫌な予感しかしないんだけど……。


「えっと、さくらづかに入ろうと思った理由は……」

「ちょ、ひかり待って──」


 声にならない声を上げる私。だが、そんな足搔きも空しく、


「美夜ちゃんといっしょにアイドルになる練習をするためです。よろしくおねがいしま…………あれ? ひかり、何か変なこと言っちゃったかな?」


 やっぱり言っちまっただぁぁぁぁぁぁ!!!


「うおぉぉぉぉーーーーい、ちょ、ちょ、今の、今の無しでぇぇぇーーーー」


 言っちゃう? それ正直に言っちゃう?

 マリアちゃんの時だってあれだけ大変だったのに、この子は学習しないの? ああ、でもそんな裏表のない天然天使なところも可愛いんだけれどおおおおお!


「アイドルになるための……練習だって…………?」


 うおあ、クレアちゃんが、ゴゴゴゴゴって凄いしかめっ面になってるんだけど!? 

 さっきあれだけスマートな挨拶をした子と、同一人物とは思えない!

 うあああ、怒らせちゃったよ。

 未来のスタープリマが完全に激おこモードだよ!


 こんな出逢い方で、私はクレアちゃんと互いに認め合う最高のライバルになれるのぉぉぉぉ!?

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