第19話 劇団さくらづか

 天乃あまのマリアちゃんをアイドル界に勧誘するという一大作戦は成功(?)に終わった。


 私とひかりちゃんが会話していると、妙に熱っぽい瞳で見つめてきたり、突如として『キマシタワー』とか叫んだりと……。

 ちょっと、うん、ほんのちょっとだけどマリアちゃんに不穏なところを感じたりもしたけれど、きっと気のせいだよね。


 聞くところによると、今まで同世代の友達が一切いなかったらしいから、嬉しくてちょっと感情が高ぶってしまっただけに違いない。

 違いないんだからね!


 で、そのマリアちゃんは一旦アメリカに帰ることになった。

 マリアちゃんは日本に残りたがっていたのだが、両親が許してくれなかったらしい。

 少し残念だけど、それも仕方ない事だろう。

 マリアちゃんの当初のアイドルへの嫌悪感は、アイドルを快く思っていない両親の影響のようだった。

 そんなアイドルに理解のない両親を説得するには時間が掛るのは当然だ。


 けど、何の心配もしていない。

 マリアちゃんは約束してくれたから。


『中学生になるまでには両親を説得して、必ず私もエターナルスター学園に入学しますから。一緒にアイドルになるというお友達との約束……絶対に守ります。だから──』


『──待っていてくださいね』


 あの時の言葉の強さ、未来を射抜くような瞳の輝き。

 あのマリアちゃんを見たら、心配なんて余計なお世話だなと、すぐに悟ってしまったから。


 ていうか、マリアちゃんが一旦アメリカに帰るのはカレプリの設定通りだからってのもあるんだけどね。


 ともかく、紆余曲折あったものの四年後にはエターナルスター学園で、元気な姿を見せてくれるに違いない。

 【妖精の恋歌】天乃マリアとして──原作通りのふわふわ天然お姉ちゃん系アイドルとして……。

 今は、ちょっと女の子同士の友情に憧れ以上の想いを抱いているように見えたけれど、その頃には落ち着いてくれていることだろう。


 きっと大丈夫だよね? ね、神様?



 □■


 日野ひかりちゃん、天乃マリアちゃんという、カレプリのスタープリマ二人をアイドル界に勧誘することには成功した。

 少し、すこーしだけ、原作の流れと違う気はするけれど、社畜限界オタがトップアイドルに転生した割には、頑張っている方なのではないかと思う。


 とはいえ、それからの黒帳美夜としての人生も山あり、谷あり、崖ありで大変なものだった。

 

 小学三年生の時には牛飼い対決で、牧場アイドルこと牧場マキちゃんを下しアイドルに勧誘。

 四年生の時には料理対決で、クッキングアイドル、ところ甘美かんみちゃん。

 五年生では山登り対決で、山ガールアイドル、美岳みたけいろはちゃん。S―1グランプリでお笑いアイドル、志村ぷりんちゃん。


 ──等など、等々。


 テレビ放送で数えるほどしか登場していないアイドルも含め、とにかく記憶の限り美夜様の影響でアイドルになった娘たちを、すべからく勧誘することに成功。


 そして、そんな激動の転生少女時代を過ごしている内に、私は小学六年になった。


 小学六年生といえば。

 来年にはエターナルスター学園に入学する年。と、同時に、


「エターナルスター学園のスタープリマ四人のうち、最後の一人を美夜様がアイドル界へと誘った大事な年でもあるのよね……」


 だが、ここまで来たらあと一息だ。

 小学生時代に美夜様が誘ったアイドル達。


「その最後の一人がここに居る……」


 私は目の前にそびえたつ、古い洋風の館を真っすぐに見据える。

 木製のアンティーク調の扉の横には『劇団さくらづか』の文字。


 ここは、日本でもっとも有名と言っても過言ではない女性のみで構成された歌劇団。

 あの桜塚さくらづか歌劇団が母体となる、児童劇団だった。



 □■


 古い木製の扉をぎいいと開ける。

 昼間にもかかわらず、少しお化け屋敷を思わせる館の姿に、後ろのひかりちゃんが身を固くするのが分かった。


「そんな怖がらなくて大丈夫だよ、ひかり。古い建物だから雰囲気あるけれど、ほら中から沢山の人の気配がするでしょ?」

「うん、それは分かるんだけど。ひかり、やっぱりお化け屋敷みたいなの苦手だから……美夜ちゃん、手握ってていい?」


 そう言って私の手をしっかりと握りしめるひかりちゃん。

 うは、可愛い。可愛いが過ぎる。

 出逢ってからかれこれ五年になるし、これまで多くのアイドルと対決するときには必ずひかりちゃんが一緒に居てくれた。

 だから、もうそろそろひかりちゃんからのスキンシップにも慣れてもいい頃合いなのだけど……ダメ、無理、尊い。

 

 駄目よ、抑えるんだ黒岩宮子! お前は黒帳美夜!

 親友にそんな劣情を抱いてるとか知られたら嫌われてしまうぞ! カレプリの世界が崩壊してしまうぞ!


 ひかりちゃんはあくまで友達として、頼れるお姉さん的存在として懐いてくれてるだけなんだから! 

 肝に銘じろ! 勘違いするな! 

 黒帳美夜として完璧に振る舞うことを常に忘れるんじゃないぞ!


「美夜ちゃん、どうしたの? 入らないの?」

「へ? ああ、いや、少し武者震いしただけだから。それじゃ、行きましょうか」


 ひかりちゃんの手を引き、私は劇団さくらづかの門をくぐるのだった。


 

 □■

 

 劇団さくらづかの廊下を進み、集合場所のダンススタジオの扉を開ける。 


 目の前に広がるのは、前方一面に鏡を張り巡らせた、学校の教室の四倍ほど広さのダンススタジオ。

 かなり広く感じるが、ダンス練習を行うことを考えると、これくらいの面積は最低限必要なのかも知れない。


「ここに来るのは、さくらづかの入団テスト以来かな」


 部屋の中には、私たちを含め、講師が来るのを今か今かと待ちわびる二十人ほどの小学部の練習生が体育座りで並んでいる。


「美夜ちゃん……ドキドキするね」

「う、うん。そだね。でも、ひかりちゃん、何だか距離近くない?」


 部屋に入ってからずっと、私の腕から離れてくれないあかりちゃん。

 学校とは違う、独特の緊張感に困惑しているのかもしれない。


「緊張するのは分かるけど、ちょっと離れよ? もうすぐ先生来ると思うから……」

「……ドキドキするね」

「あれ? 私の声、聞こえてない?」


 うーん。声が届かないくらい緊張してるのかな?

 確かに、周りに居るのは同じ小学生とはいえ、本気で上を目指す気概に溢れた子供たち。

 そりゃ、ちょっと怖いかもね。

 精神年齢アラフォーの私からすれば、皆等しくスター候補生ロリっ子に過ぎないけれどね~。


 あ、あの子可愛い。

 カレプリには居なかったけど、アイドルに勧誘しちゃおうかしら……って、いかんいかん。

 原作の美夜様がやってない行動を取ってしまったら、あとで何が起こるか分からない。

 すでに結構違う行動を取ってしまっているような気がするけど……そこは見て見ぬふりをしよう。

 きっと世界の修復力とかが何とかしてくれるに違いない。たぶん。


 そうして、緩みそうになった頬を引き締めると私は、列を乱さず、ピシッと背筋を伸ばして座る他の初等生たちのピリリとした表情を伺う。

 さすが、ひかりづかの子供たちは雰囲気が出来上がってる。


『劇団さくらづか』はあの有名な『桜塚歌劇団』が運営する児童劇団だ。

『桜塚歌劇団』は、およそ百年の歴史がある未婚の女性だけで構成される歌劇団であり、男役、娘役を共に麗しの女性が演じるという現の夢のようなその世界観で、今も昔も多くの女性を魅了し続けている。


 ゆえに『桜塚歌劇団』に憧れる少女は多い。


 だが、歌唱力、ダンス、ルックス、人格と、あらゆる面に優れた乙女でないと入団が許されないことから、桜塚歌劇団を目指す少女たちの多くは、自らを磨くために幼少時から『劇団さくらづか』に通うらしい。


「それは分かっていたけど……」


 真剣な眼差しの少女たちを前に、少したじろぐ。

 ちょっとだけ良心が痛む。

 ここの女の子達は皆『桜塚歌劇団』に入るために、こんな小さな頃から必死で頑張ってるんだよなぁ。

 そんな中で『アイドルになるための練習』としか思っていない私(とひかりちゃん)は場違い極まりない。

 本当のことを言ったらめっちゃ怒られそうだな。

 小学二年生の時にマリアちゃんに絶好宣言されたのを思い出すなぁ。


「ましてやが一番の目的なんて口が裂けても言えないですわ……」


 ただでさえ、ひかりちゃんがぴったりくっついてて、レッスンの始まる前から浮きまくってるというのに。

 そんなことを考えていると、ダンススタジオに講師らしき女性が入ってくるのだった。

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