第17話 全国小学生歌姫バトル
──マリアちゃんに宣戦布告してから三か月の時が過ぎた。
『いよいよ明日だね、美夜ちゃん』
「うん、そうだね」
夜のベッドの中。
電話の相手は、幼馴染であり親友でもあり、未来のパートナー(予定)でもある日野ひかりちゃんだった。
スマホから聞こえるひかりちゃんの熱冷ましのような可愛らしい声に、なかなか寝付けずにいた身体の熱が、徐々に夜に奪われていく。
『あれだけ頑張ったんだもん。美夜ちゃんならぜったいマリアちゃんに勝てるよ!』
「あれ? 今度は勝てるって言ってくれるんだ?」
『今度は?』
「あ、忘れてる。気にしてたんだよ、ひかりに『歌でマリアちゃんに勝つのは難しい』って言われたこと」
「あー、えへへ、ゴメンね。でも、もうそんなこと言わないよ。今の美夜ちゃんならきっと勝てるって信じてるから……」
「うん、ありがとうね、ひかり」
ひかりちゃんの暖かな声に包まれながら、私は電話を切る。
音楽性の違い(?)からマリアちゃんと
あの日から続いた毎日は、半ばやけくそのような努力、忍耐、努力、忍耐、努力、忍耐の繰り返し。
言い換えれば自虐。
少年漫画風に言えば修行の日々。
最後の方はなんか悟りとか開いちゃいそうだったよ。
「けれど、そのお陰もあって、マリアちゃんを迎え撃つ準備は整った」
決戦の舞台は明日開催される歌の祭典。
『未来の歌姫はキミだ。全国小学生歌姫バトル』というテレビ番組だ。
歌のジャンルは自由。
会場の審査員と視聴者の投票を合わせた得点で勝敗が決するというシンプルなルール。
当然、私とマリアちゃん、そしてひかりちゃんも無事に予選を突破。
番組出演権はすでに手にしていた。
「さて、明日は早いし。もう寝ないとね」
ひかりちゃんとの会話の余韻に浸りながら、私はベッドで横になる。
そうしてやってきた朝。
本番当日。
──――私は、風邪をひいてしまったのだった。
□■
「げほ、こほ、うううううう」
泣きたい。いやむしろ、もうほぼ泣いている。
ねぇ、私が何したって言うんだよ。
ちょっと、体調も
「風邪……ひくにしても……どうして神様はあと一日待ってくれないんだよぉ」
番組出場者が集められたテレビ局の控室で、私は恨み言のような泣き言を漏らす。
明日だったら、明日まで待ってくれてたら、風邪とインフルと急性虫垂炎が同時に来ようとも、笑顔で迎え入れてあげたというのに。
「でも、泣き言を言っても状況は何も変わらないよね」
体調は最悪だ、けどステージに立てないわけじゃない。
だったら可能性はゼロじゃない。
これまでの特訓を思い出せば、この世にやれないことなんて何一つないはず。
けど……。
「どうやら、この勝負私の勝ちのようですね」
「マリアちゃん……」
「可哀そうだとは思いますけれど、プロであれば体調管理も実力のうちですから。手加減は致しません」
冷たく言い放つマリアちゃん。
やはりあの時のような仲良しには戻れないのだろうか。
「むしろ、もう諦めてお家に帰ったらいかがですか? 無理して歌うのは声帯にもよくありませんし、負け犬はさっさと水分を取って、汗を拭いて、暖かくしてゆっくり休むのがお似合いですことよ!」
「何その唐突なツンデレ!」
言ってることが全部優しいんだけど!
「ツン……何の話ですの?」
「い、いや、こっちの話。気にしないで」
マリアちゃん悪役似合わないなぁ。
私たちがアイドルになるのが許せないのは本心なんだろうけど、それ以上に私のことを本気で心配してくれてるに違いない。
マリアちゃん基本いい子だから。マリアちゃんマジ天使。
でも今は、譲れないものをかけて戦う敵同士。
気持ちを緩めるわけにはいかない。
「それと美夜さん、この勝負で私が勝ったら、アイドルなんてなるのは止めてお友達……じゃなくて一緒にオペラ歌手を目指すという約束。忘れていませんよね?」
「も、もちろんよ。そっちこそ……ごほ、この勝負に負けたら、アイドル馬鹿にしたこと謝ってもらうから……そうしたら、げほげほ……一緒にアイドルになってもらうから。覚悟しなさい!」
私に引く気がない事を確認したマリアちゃんは無言でその場を離れる。
「もう後には引けない……けど……」
かすれた声で虚しく呟く。
強がったものの、私のコンディションは最悪。
相対するは、小学二年生とは思えない、天使の歌声を持つ天乃マリアちゃん。
「とてもじゃないが勝てる気がしない……」
選曲はマリアちゃんと同じ『アヴェ・マリア』。
白黒つけるには同じ選曲が良いと、強気に出たのが仇になった。
シンプルだけれど奥深い、あの美しい旋律。
マリア様への敬意と祈り。
自分なりに解釈し、歌い上げる準備は整えていたはずなのに……。
「この喉じゃ……どれもこれも再現できそうにない……」
絶望に押しつぶされそうになりながら控室で途方に暮れている、そんな私のところに、
「美夜ちゃん、お風邪、だいじょうぶ?」
心配してひかりちゃんが来てくれた。
「ううう、ひかりちゃぁぁん。げほ、のど、痛いよぉぉ」
またしても、ひかりちゃんのお腹に顔を埋めて泣き言を言ってしまう。
本当は美夜様らしく振る舞わなくてはいけないのに、マリアちゃんとの勝負のことや、風邪で弱っていることもあって、もう取り繕っている余裕すらなかった。
「よしよし。大丈夫だよ、美夜ちゃん。ひかりがついてるからね」
うはぁ、ひかりママだー。
美夜にはママが二人いて嬉しいなぁ……じゃなくて!
熱もあって思考がおかしくなっている。
じゃなきゃ、小学二年生をママだなんて……ママだなんて…………熱のせいだよね?
「ねえ、美夜ちゃん。具合わるいみたいだし、大人の人にお願いしてもう帰ろ? むりして風邪が悪くなっちゃったら大変だよ?」
「でも……それじゃ、マリアちゃんが……」
──アイドルになってくれない。
【妖精の恋歌】天乃マリアが、カレプリの世界から消えてしまう。
そうしたら、マリアちゃんの歌声に救われるはずだった人達はどうなる?
実際、私はマリアちゃんの歌声に何度も救われた。
何度も、何度も、何度もだ……。
そりゃオペラ歌手だって素敵な夢だ。マリアちゃんの歌だったらどんな場所で、どんな歌を唄ったって、大勢の人を感動させるだろう。
たくさんの人の心を救って魅せるだろう……。
だから、これは私のエゴかもしれない。
ただの我がままかもしれない。
でも────
私は、アイドルの天乃マリアが唄う姿が見たいんだ。
「えへへ、やっぱり美夜ちゃんは、あきらめたくないんだね?」
「ひかり?」
視線をあげると目の前には、私の手を握って笑いかけてくれるひかりちゃんの顔があった。
「そんな気はしてたんだー。だって美夜ちゃんは、ひかりと一緒に最高のアイドルになるんだもんね?」
その笑顔に魂のド真ん中を貫かれる。
……そうだ。
そうだった。
何で忘れていたんだろう。
「だって美夜ちゃんのことだから、こんなところで負けてたら最高のアイドルになんてなれないーーーーって言うんでしょ?」
ムキーって顔で、私のモノマネらしき仕草をするひかりちゃん。
って、今の私は美夜様なんだから、そんな猿みたいにキーキー言わないよ!
…………言ってないよね? いや、ちょっと心配になってくるんですけど。
それはともかくとして──。
「…………そう……だよね。私たちは、二人で最高のアイドルになるんだものね」
見つけた。
マリアちゃんに勝てるかもしれない、唯一の道。
単純だけれど、盲点だった。
「ひかり、マリアちゃんを倒すためにお願いがあるの……」
そう言って、私はある作戦をひかりちゃんに伝える。
そして――
「──行こうひかり。最高の歌姫をマリアちゃんを倒して、絶対にアイドルにしてみるんだから!」
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