第15話 音楽性の違いによる解散って本当にあるんだね

 マリアちゃんと友好関係を深めている間に休憩は終わり、再びレッスンが始まった。

 ちなみに今日のレッスンは、日頃の成果を見るために、先生の前で一人一人が順番に歌うというものだ。


 一人、また一人と歌っていく。

 ある少女は自分の不甲斐なさに項垂うなだれ、ある少女は確かな手ごたえを胸に誇らしげに席に戻っていく。


 そしてついに私とひかりちゃんの順番が来た。


 前に出てまず私が歌い、それが終わると今度はひかりちゃんが歌う。

 結果としては二人とも先生からは手放しで褒められた。この短期間でこれほど上達するなんて凄いことだと。

 だけどそれは、『あなた達が歩んでいる道の遥か先に天乃マリアがいるのだから精進しなさい』と暗に示しているようも感じられる言葉だった。


 そして最後。

 マリアちゃんの順番が来た。


 名前を呼ばれて静かに立ち上がるマリアちゃん。

 ただそれだけで、空気がしんと静まり返り、誰もが呼吸をする事さえ忘れてしまうような緊張が場を支配する。

 先生の伴奏に合わせて、マリアちゃんが歌を紡ぐ。


 ──瞬間、レッスン室の壁をぶち破り世界が無限に広がる。


 足元から地平の先まで草原が駆け抜け、天井は一瞬でどこまでも青い蒼い空へと塗り替わる。


 ――そこにはもう一つの世界があった。


 それは、未来のスタープリマ、天乃マリアだけが紡げる世界。

 気が付いた時には、マリアちゃんの歌は終わっていた。

 永遠のような一瞬のような。

 ただ、胸に残るのは母親に抱かれた時のような安らぎと、泣きそうなほどの多幸感。


「……美夜様は、本当にこんな子に勝ったっていうの?」


 本物の美夜様は、それまで歌は未経験だったはずなのに、聖ペガサス合唱団へと入団してたった一年でマリアちゃんを超えた。

 天乃マリアちゃんが最高の歌姫だというのなら、黒帳美夜というキャラは尋常ならざる怪物なのだということを、改めて強く思い知らされたのだった。 



 □■


「そういえば、聞くのを忘れていたのですけれど、美夜さんとひかりさんは、将来はどんな歌手になりたいんですか?」


 レッスン終わり、早速三人で帰りの準備をしていると、ふと思いついたようにマリアちゃんが聞いてくる。


「私は、今は幅広く音楽活動を行っているのですが、将来的には母と同じように、イタリアのオペラハウスに立てるような、世界的なオペラ歌手になるのが夢なんです」


 恋に憧れる乙女のようにうっとりと話すマリアちゃん。

 その脳裏にはきっと、オペラハウスで満員のお客さんの前で歌っている自分の姿が浮かんでいるのだろう。


 それはそうとして、この質問にどう答えたものか。


 私とひかりちゃんの将来の夢はもちろんアイドルなのだが、本当のことを言ったら、マリアちゃんを始めとしてこの聖ペガサス合唱団で学んでいる子たちからは変な目で見られてしまうかもしれない。

 アイドルが決して劣っているとは思わないけれど、皆、オペラ歌手とかピアニストとかを目指してるみたいだし、変な目で見られてしまうかもしれない。


 ましてや、


『将来はマリアちゃんとも一緒にアイドルをやりたい!』

『マリアちゃんアイドルにするために、ここに来たのよ!』


 なんて言えるはずもないわけで……。


「えっと、私たちは……まだ将来について考えるのは早いというか……」


 なのでとりあえず、ここでは回答を濁しておくことにする。

 だがしかし――

 

「あれ、美夜ちゃん教えてあげないの? ひかりと美夜ちゃんは二人でアイドルになるんだよ、いいでしょ~。ね、美夜ちゃん」


 私の打算など断ち切るかのように、ひかりちゃんが一刀両断、最高の笑顔でスパッと真実を口にしてしまう。


「ちょ、ひかりちゃん?」

「アイドル……ですか?」


 ひやりと、一瞬、冷たい風が吹いたような気がした。


「アイドル? あのチャラチャラした格好で歌っている?」


 一瞬、誰の発した言葉か分からなかった。

 それほどまでにマリアちゃんのその声は、先程の楽しそうな声からは想像もつかないほどの冷気を孕んでいた。

 突然の事に絶句する私とひかりちゃん。

 けれども、ことアイドルに関しては──


 鹿

 

「は? 誰がチャラチャラした格好ですって……?」


 美夜様のキャラも忘れて、大大大好きなアイドルであるマリアちゃんに私は詰め寄る。


「ですから、そのアイドルというよく分からないモノの事です」

「よく……わからない……?」


 だが、私のイライラMAXの声にも臆することなく、マリアちゃんは負けじと応戦してくる。


「だってそうじゃないですか。あんな派手な格好で、テレビに出て、その……男の人たちに媚びを売って……恥ずかしいとは思わないんですか?」


「……あ? 男に媚びを売る? 恥ずかしい……ですって?」 


 分かってない。分かっていないぞ、天乃マリア。

 この未来のトップアイドルは、将来トップアイドルになる運命なのに、アイドルについて何にも分かってない!!!


「そうです。美夜さんもひかりさんも、目を覚ましてください。それだけの才能がありながら、アイドルなんてくだらないモノにうつつを抜かすなんて……勿体ないじゃないですか!」

「…………」


 悪意からの言葉ではないのは分かる。

 マリアちゃんは、本気で私たちのことを想って、心配して、言ってくれているのだろう。

 だからと言って、この黒岩宮子の前で、この黒帳美夜の前で、アイドルをコケにして許されるわけがない。


「アイドルなんて……くだらない……か。ふふふ、ふはははは」

「み、美夜ちゃん? 笑い方が悪役みたいになってるよ!? 落ち着いて、ね。ひっひっふーだよ。ひっひっふー」


 ひかりちゃんが私を何とか落ち着かせようと頑張ってくれてるけど……これは到底収まりそうにない。


 愛とは、裏返せば呪いにもなるのだから。


 信念を持って見つめ合う私とマリアちゃん。

 ほんの数十秒、だけど何時間にも思えるような時間。

 その間、私たちが視線を外すことは――最後までなかった。

 そうしてしばらくすると、マリアちゃんが諦めたように深いため息をついて視線を下ろす。


「……これだけ言っても分かってもらえないんですね。残念です。お二人とは仲良くなれると思ったのですが……」


 その瞳に映るのは無感情。

 先程までキラキラと輝いていた瞳と同じ物には思えない。


「ごめんなさい。先程のお友達の話、なかったことにしてもらえますか? 私、こころざしの低い方とは仲良くできませんので」


 もうここに用は無いとばかりに、バックを持って更衣室を後にするマリアちゃん――。


「――って、ちょぉぉぉぉっつ待ったぁぁぁぁぁ」


 その背中に向けて、自分でも驚くほどの大声がびりびりと室内に響き渡る。


「なぁぁにを格好つけて、颯爽と居なくなろうとしてんのよ! 逃がさないよ。この黒帳美夜の前であれだけアイドル馬鹿にして、生きて帰れると思ったら大間違いよ!」

「み、美夜ちゃん~。生きては帰してあげようよ~」


 なんて、とぼけたツッコミをひかりちゃんが入れるが(困り顔も激可愛い)、私の勢いが止まることはない。


「たとえ将来、日本を代表するトップアイドル、スタープリマになるマリアちゃんでも言って良いことと悪いことがあるってもんでしょぉぉぉがっ!」

「は? え? 私が日本を代表するアイドル? ……って何を勝手な嘘を……」


 分からないよね。そりゃ分かるはずがない。

 だって違う世界線の未来の話なんだから。

 でも、私は知っている。私だけは絶対的な確信を持っているんだ!


「ああ、そうでしたそうでした。間違えました。マリアちゃんはねぇ、日本どころか世界を代表する超絶歌姫アイドルになるのよ! それが運命なの!」

「な、なにを、アイドルなんてそんなわけの分からない恥ずかしいモノに私がなるはずないじゃないですかっ!」


 私の勢いに気圧されていたマリアちゃん。

 だが、オペラ歌手という夢を想う力なのか、すぐに真っ向から言い返してくる。けどね――


「いいえ、なるわ。成らせてみせる! マリアちゃん、歌で勝負しましょう。世界的オペラ歌手を目指してるマリアちゃんを、あなたが馬鹿にしてるアイドルを目指してる私が倒してみせる!」


 私は本来であれば大大大好きであるはずの天乃マリアちゃんに対して、びしっと指を突き付けて宣言する。


「決戦の場は──そうね、これがいいわ!」


 そう言うと、私は手近な壁に貼られていた『小学生歌姫募集』という広告を剥ぎ取ってマリアちゃんに突きつける。


「三か月後に開かれるこの『未来の歌姫はキミだ。全国小学生歌姫バトル』ってテレビの企画。ここでハッキリと白黒つけてあげるわ!」


 挑戦状を叩きつけた私の眼と、突きつけられた広告を前に、マリアちゃんは、ゆっくり深呼吸を一つしてから口を開く。


「歌でこの天乃マリアと勝負ですか。いいでしょう、望むところです」


 完全に舐めてくれちゃっているのだろう。

 ふふんと鼻で笑うマリアちゃん。


「ただし、私が勝ったら黒帳さんはアイドルになるというくだらない夢は諦めて、私と一緒にオペラ歌手を目指してもらいます!」


 この期に及んでまだくだらないって言う?

 いいね、煽ってくれるじゃない、この限界アイドルオタクを!!!


「いいわよ。その誘い乗ってあげようじゃない! その代わりこっちだって条件がある――」


 ヒートアップしていく私たちにあわあわしているひかりちゃん。

 そんな推しアイドルを尻目に、私はマリアちゃんに宣言する。


「──私が勝ったらマリアちゃんには私たちと一緒にアイドルになってもらう! いいわね、首洗って待ってなさいよ、天乃マリア!」

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