第14話 歌姫は意外にちょろい?

「あら、私をやっつけるとは面白い話をしていますのね?」

「な、マリアちゃ……じゃなくて天乃さん!? 今の話、聞いて……」


 突然の声に振り向いたその先に居たのは、噂の張本人――天乃マリアちゃんその人だった。


「ふふ、ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったのですけど、私、昔から耳が良くて。それで、以前から気になっていたお二人が、私の話をしているようだったので、つい気になってしまったんです」


 笑顔のマリアちゃん。

 でも、自分をやっつけるとか言われて気分のいい人間がいるはずがない。

 そう思うと、この笑顔も年齢離れした美貌と相まって逆に恐怖心を煽られるような気がしなくもない。


「ご、ごめんなさい、やっつけるとか言って。でも、それは言葉通りの意味じゃなくって……」

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。ちゃんと分っていますから。だって、私たちはライバル同士。競い合い、高め合い、そうして自分一人の力では到達できない高みまで手を伸ばす。それはとても素晴らしいことだと私は思いますの」


 恐怖心を煽られる――というのは、どうやら勘違いだったらしい。

 言葉の通り、マリアちゃんの表情からは全く怒りの感情は読み取れなかった。

 むしろ、興味津々という感情が強く浮かんでいるのが分かる。


「そ、そうよね! 私たちはライバル同士! その気持ちはとてもよく分かるわ!」


 さっすが、未来のスタープリマ、天乃マリアちゃん。

 カレイドプリンセスの何たるかを、この年頃でよく分かっていらっしゃる!

 

 ──仲間でありライバル。


 だからこそ正々堂々ステージで戦い、さらに成長していくアイドル達。それこそがカレプリの醍醐味なんだよ!

 アニメではポヤポヤおっとりだったマリアちゃんだけど、まだ幼い頃だからか、意外な負けん気と、熱い想いを持っているのが分かって感動してしまった。

 あ、また鼻血出そう。上向いて、首とんとんしないと。


「あの、マリアちゃん? ひかりと美夜ちゃんのことが気になってたって、何で?」


 と、ひかりちゃんが疑問を口にする。

 言われてみればそうだ。

 あの天使の歌声を持つ天乃マリアちゃんが、まだ新人の域を出ていない私とひかりちゃんことを気にしてた?


「当然じゃないですか! 最初は素人同然の歌唱力だったのに、たった半年で他の子に並ぶか、それ以上の実力になってしまったんですよ!? そんなお二人が気になるのは普通じゃないですか!」


 ぐっとこぶしを握るマリアちゃん。

 なんだろう、淡々と練習をこなす姿から、孤高の天才ってイメージだったけれど、こうして話してみると想像していたよりずっと話しやすい。

 むしろ、普通の女の子っぽい?


「──今、普通の女の子っぽいな。って思われました?」

「え、な!?」


 考えをズバリと言い当てられ慌ててしまう。

 

「ごめんなさい、あの天乃マリアちゃんが普通の女の子みたいだなんて……さすがに失礼だったよね?」

「いえ! 全っ然、そんなことないです!」


 私の両手を包むように握り、ぐわっと顔を近づけるマリアちゃん。

 いや、ちょっと、待って、近い。近い。近いって!

 自分の顔面偏差値理解してるの!? 殺すの? 殺す気? 

 私を悶絶死させる気かーーーー!?


 ──と叫ぶことも叶わず、唇をかみちぎる勢いで必死にアイドル愛を抑え込む私。


「だ、大丈夫ですか?」


 流石に完全に抑え込むことはできなかったのだろう。

 恐らく変顔にすら近い妙ちくりんな表情になっていたに違いない私を、マリアちゃんが心配そうに見つめる。


「う、ううん、気にしないで。これは前世の因縁みたいなものだから」

「は、はぁ……」

 

 何を言われているのか分からないといった顔のマリアちゃん。

 だが、私の心情を察してくれたのか、それ以上は突っ込まずに話を戻してくれた。


「私、実は、普通の女の子みたいって思えてもらえて、嬉しかったんです!」

「へ、嬉しい?」


 あの、世界を恋に落とす歌声を持つ天乃マリアちゃんが?

 カレプリ界では美夜様と並んで浮世離れしていた、特別の中の特別のようなアイドルだったのに?


「ふふ、やっぱり意外ですよね。でも、あのですね……私、自分では自分のことを普通の女の子だと思っているんですけれど、やっぱり少しずれているところがあるみたいで……」


 私の手を離したかと思うと、今度はその指をもじもじと遊ばせながら恥ずかしそうに話し始める。


「合唱団に入ったのも、歌が好きなお友達が出来たらな~なんて……。でも、皆さんとお話ししようにも、何だか私と話すのは居心地が悪そうで……」


 それは、確かにそうかもしれない。

 ここに集まっている子たちは、形は色々あれど将来は音楽のプロとして生きていこうと頑張っている子たちばかりだ。


 だが、音楽で生計を立てるのは厳しい。

 素人の私だってそれくらいは知っている。


 そんな中で、家柄も、実力も、ルックスも、子供ながらにして何もかもが完全無欠なマリアちゃんの存在は、余りにも眩しすぎるのだろう。

 ましてや、みんなまだ子供だ。

 それをそれとして受け入れられるほど精神が成熟しているはずがない。

 結果、敵対とまでは言わずとも、どうしても人間関係に溝が出来てしまうのは仕方のないことなのかもしれない。


「でも、何ででしょう。お二人からは少し他の人とは違う匂いがしたので……もしかしたら私のことも変な風に思わないでくれるのではないかと……」

「匂いって……」


 確かにちょっと変わってるかも、マリアちゃん。


「ですからですね! その、お二人と……あのー、お友達になれたら……なんて……あ、いや、迷惑だったらいいんですけれど……」


 困り顔で、頬を赤く染め、もじもじと話すマリアちゃん。

 その姿は歌っている時の、神々しい姿とはかけ離れていて……うん、控えめに言っても可愛すぎて死ねる。

 顔面が国宝級の美少女の赤面もじもじ――はい正解。はい頂きました。

 眼球シャッターで激写し、心のハードディスクに保存させて頂きます!


「あの黒帳さん、あのお顔が……その、大丈夫ですか? 具合でも悪いのでしょうか?」

「――いえ、大丈夫です。キリッ」


 危ない危ない。ボロ(黒岩宮子)が出るところだった。

 引き締めないと、黒帳美夜モード発動せねば!


「ただ聖ペガサス合唱団に入って結構経つけれど、天乃さんと話す機会がなかったから、本当は私も仲良くしたいと思っていたんです。だから嬉しくて少し浮かれてしまって……」

「まぁ、私たち気持ちは一緒だったんですね、嬉しい」


 目の前のマリアちゃんにだら緩みになりそうな表情を引き締め、美夜様らしく返答する。

 と、マリアちゃんは両手を合わせて、満面の笑顔で喜んでくれる。


「あの、天乃さんだなんて言わないで……ご、ご迷惑でなければ、マリアと呼んで下さいっ!」 


 うはっ、ま、眩しい!

 付き合い始めたばかりの彼女かよ! 最高かよ!? 最高だよ!

 アニメのマリアちゃんはもっと成長していたし、格好よく歌う姿ばかりにスポットが当たっていたから分からなかったけれど。

 本来は、こんなに人懐っこい可愛らしい性格をしてるんだなぁ。

 うへへへ、良き。

 

「では、私たちこれからは……お友達ということでよろしい……のでしょうか?」


 祈るように組んだ両手に力を込めて『早く、うんと言って~』と言わんばかりに、こちらの顔を見つめてくるマリアちゃん。

 マリアちゃんって、考えていることが顔に出まくりで本当に可愛いなぁ。


「ええ、これからよくしく、マリア」

「これからよろしくね、マリアちゃん」


 新しい仲間となるマリアちゃんを笑顔で迎え入れる、私とひかりちゃん。

 

「はい、よろしくお願いします。美夜さん、ひかりさん」

 

 私たちの言葉を大事に胸に抱くように、マリアちゃんは満面の笑みで元気に返事をしてくれたのだった。

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