第12話 妖精の恋歌

 ひかりちゃんと一緒にアイドルになる。

 そんな約束を交わした、あのバレエコンクールから一か月が過ぎた。

 私とひかりちゃんは、あれから大の親友(ひかりちゃんの距離感が妙に近い)となり、無事、小学二年生になることもできた。


 ――そして、そんな私とひかりちゃんが今いる場所といえば……。



「ラーラーラーラーラーー♪」

「トゥルルルルルルル」

「スッ、スッ、スッ、スッ、スッ!」


 お世辞にも広いとは言えない練習室の中、少女たちの発声練習の音が響き渡る。

 テニスコート程度の広さの練習室に居るのは、三十人程の十歳にも満たない少女ばかり。

 だが、その誰もが大人顔負けの美声を、これまた大人顔負けの真剣な面持ちで発していた。


「さすが世界最高峰『聖ペガサス合唱団』ね。日本支部の児童合唱団でもこのレベルか……」


 ママと一緒に最初に見学に来た時も圧倒されたけれど、いざレッスン着に着替えて練習室に足を踏み入れてみると、足がすくまずにはいられなかった。


「ねえ美夜ちゃん。私たち、お歌を習いに来たんだよね? ひかり、なんだかここ怖いんだけど……」


 早速、ひかりちゃんが及び腰&涙目になっている。

 いやまぁ、普通の小学二年生には、この圧はきついよね。

 だがそれも当然だ。

 私とあかりちゃんが入団した、この『聖ペガサス合唱団』は、合唱の本場ウェールズに本拠地を据える、世界最高峰の合唱団。

 日本支部の児童合唱団とはいえ、この場に居るのは、日本……いや世界に羽ばたくため互いに切磋琢磨している未来の歌姫候補ばかりなのだから。


「ごめんね、ひかりちゃん。ひかりちゃんが想像してた合唱団とはちょっとだけ違うかもしれないけれど、でも私とひかりちゃんがアイドルになるには、やっぱりレベルの高いところで習った方がいいと思って……」

「ううん。美夜ちゃんと一緒にアイドルになりたいのはひかりも一緒だから。それに……うん、みんなすごく真剣で最初はびっくりしちゃったけど、ひかり、美夜ちゃんと一緒ならどこでだってがんばれるよ!」


 OH! イッツマイエンジェル。

 それはあまりに純粋で、輝くようなひかりちゃんの言葉。

 ひかりちゃんマジ天使。なんて可愛いんだろうか。


 それゆえに、私は自分の言葉に織り交ぜた少しの噓にチクリと心が痛む。


『トップアイドルを目指すなら、レベルの高いところでレッスンした方が良い』というのは確かに本心だ。

 けれど、私がこの『聖ペガサス合唱団』を選んだは別にあった。


 ──このペガサス合唱団には、将来エターナルスター学園を背負って立つ、あのスタープリマが在籍しているから。


 本当の理由をひかりちゃんに黙っているのは申し訳ないけれど、細かく説明するわけにもいかないからね。

 と、私がひかりちゃんに小さな罪悪感を抱いたその時、


「集合時間に遅れてすみませんでした。すぐに準備します」


 二重になった厚い防音扉を開けて入って来たのは一人の美しい少女。

 その姿と甘く蕩けるような美声に、誰もが息を飲む。


 練習室のロッカーに荷物を詰め込んでレッスン準備を始めたのは、私たちと同い年くらいの女の子。

 一瞬、作り物なのではないかと疑ってしまうほどにけがれ一つない雪肌。

 滑らかに腰まで伸びた長い銀髪。透明感のある大きな瞳には氷のような美しさが湛えられている。


「あの子、すごくきれい……まるで妖精さんみたい」


 ひかりちゃんがほおっとした声を漏らす。

 確かに、触れたら淡雪のように消えてしまいそうなその美しさ。

 彼女は人間ではなく冬の妖精なのだと言われても、誰もが全く疑うことなく信じてしまいそうなほどだった。


 私だって生まれ変わった今のルックスには自信がある。

 ひかりちゃんも、天使のように超☆絶かわいい。

 でも、目の前の少女の美しさは、子供でありながら完成されている。

 それは絶世と言えるほどの美。


「くっ…………」


 その美を目の前に、私は崩れそうになる身体を必死に支える。

 叫び出しそうになる心を気合で抑え込む。

 ただ、外面を整えたとしても、今の私の心中は――


 ――――ぬっふぁぁぁぁっ! ほ、ほほほ、本物の天乃マリアちゅわん(幼)だぁぁッ!


 当然ながら、心の中では全身で床で悶えるほどに興奮してた。


 眼、目、眼球がぁぁぁ。マリアちゃんのあまりの眩しさに潰れるぅぅぅ。

 美しさと尊さと申し訳なさげ、目がムスカってるぅぅぅ!


 ……あ、やばい、美少女を浴びすぎて眼球から鼻血出そう。

 

 沈まれ、我が血流。収まれ、我が深き業!

 うおおおお、と鼻血が出そうな眼球を押さえ、苦痛と悦楽に浸っていると、


「美夜ちゃん、大丈夫?」


 ひかりちゃんの小さな手が、心配そうに私の肩に触れる。


「だ……大丈夫。ちょっと、何ていうのかな。前世の因縁みたいなものを思い出しただけだから気にしないで……」

「う、うん……?」


 前世の因縁というか、仕事で凹んだ時とか、マリアちゃんの『ヒーリングテイル』を延々とエンドレスで聴いて精神安定剤の替わりにしてた前世かこがあるからね。

 そりゃ破壊力もひとしおってもんですよ。

 それにしても、ひと目浴びただけで眼球から鼻血を誘うとは、何というアイドル力! 

 さすが、天乃マリアちゅわん(幼)だ! 



【妖精の恋歌れんか】――天乃マリア。



 マリアちゃんは、カレイドプリンセスの世界の中では、美夜様と同じく、日本に存在するスタープリマ七人のうちの一人。

『その歌声は、世界を恋に落とす』と言われる、世界最高峰の歌声の持ち主なのだ。


 そんなマリアちゃんの伝説たるや、


 ――死の淵に瀕していた重病患者がその歌声を聞いただけで息を吹き返した。

 ――森で歌声を披露したら、そこら中全ての動物が集まって来た。

 ――長年に渡って続いていた亡国の内戦すらも止めた。


 などなど、とても信じられないようながあるほどなのだ。


 そして、彼女こそが、この『聖ペガサス合唱団』での私のターゲット。

 カレプリの世界において、幼少時の美夜様が歌というジャンルで打ち負かし、アイドル界へと誘った最重要アイドルの一角。


 恐れ多くも美夜様に転生してしまった私、黒岩宮子が歌で倒さなくてはならない、世界最高の歌姫アイドルなのだった。

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