第5話 転生アイドル宣言!

 前世の記憶を取り戻してから数日が経った。

 丁度ゴールデンウィークの期間だったので、しばらくは小学校もなく、私は家で色々と状況の整理に努めていた。


 まず分かったことだけれど――私が生まれ変わったらしいこの世界は、間違いなく現代の日本だった。


 だって、日本語で教育テレビ流れてるし。


 本当はワイドショーとか昼ドラとか観たいだろうに、私のためにいつも教育テレビをつけててくれてありがとう。

 私のお母さん偉いなぁ。

 

「でも本当は、教育番組じゃなくてアイドル番組を見たいんだけどな……」


 リビングのソファで教育番組を観ながら、私は独り言を漏らす。


 この前、鼻血噴いて倒れてからというもの、アイドルに関するモノは一切見せてくれないんだよね。

 アイドル番組が原因でぶっ倒れたなんて、さすがに思っていないだろうから、念のための措置なんだろう。

 リモコンも私の手の届かない位置に隠すという徹底ぶりだ。


「この家、新聞も取ってないし、ネットも使えないし、最近はNHKばかりでCMも見れないし、今の私、完全に世捨て人だな~」

 

 私としては、アニメでも実写でもいいから、なんとかして激カワアイドルのお姿を拝見したいのだけれど、その手立ては全く思い付かない。

 仕方なしに教育テレビを観ながら、にゃんにゃんとウー太郎の踊りに合わせて楽しく踊るのが日課になっていた。


 でも、これはこれで結構楽しいかもしれない……えへ。


 あ、そうそう。期待してた転生者とかにありがちなチート能力はなさそうです。

『魔法とか超能力とか使えるんじゃね?』と思って、えいやー、とー、って色々試してみたけど何の反応もなし。

 夢中になりすぎて、またママに病院に連れて行かれそうになったから、すぐに止めた。

 なので転生チート能力とかは眠っていないらしいです。

 ……いや現代日本から現代日本への転生で、チート能力とか眠っててもビックリするけどね。


「とはいえ、れっきとした人間に生まれ変われただけでも万々歳だよな~」


 そこが一番大事だからね。

 ミミズとか、おけらとか、ミツバチとかに生まれ変わってたらと思うとゾッとする。

 異世界モノだと、どんな生き物に転生しても無双できるのがお約束だったりするけれど……私だったら絶対すぐ死んでる自信がある。

 ミミズだったらモグラに食われて享年三時間とかだ。


 なので、裕福な時代の裕福な国に生まれて来れるなんて、それだけで何という幸運か。

 知ってる? 世界で水道水が飲める国って十五くらいしかないんだよ。安心安全って最高。ビバ日本国。ビバ経済大国。


 そして何より、漫画とアニメの国――日本っ!。


 生まれ変わっても、日本のサブカルに触れられるとは、ほんと嬉しい。心から神に感謝。

 死ぬ前に恨みごと言ってゴメンね神様。


 そんなことを考えつつ、教育テレビのダンスでいい汗をかいた私は、よっこいせと子供用の椅子に腰掛け、お母さんお手製のアップルパイに舌鼓を打ち始める。

 バターの香りにサクッとしたパイの触感。中から溢れる甘酸っぱいリンゴの満足感……ふへ、幸せ。

 お母さん、お店出せますよコレ。ほんと美味いよ。

 これでドリンクがコーヒー牛乳じゃなくて、暖かい紅茶だったら完璧なんだけれど、さすがにそれは言うまい。

 小学一年生にアールグレイ出す親なんてそうはいないだろう。


 だって今の私はカレプリ限界オタクの黒岩宮子(32歳・OL)ではなくて、黒帳くろとばり美夜みや(6歳・小一)なのだから。


 そう、今の私の名前は――黒帳美夜。


 ……お分かり頂けただろうか? 


 なんか大女優にジョブチェンジしたみたいな名前だよね……って、そうじゃなくって! そう、そうなんだよ! 私の名前は黒帳美夜!

 私が最も愛して止まない『カレイドプリンセス』のトップアイドル、あの黒帳美夜様と同じ名前なんだよッ!!!


 凄くない?


 生まれ変わったら推しと同じ名前って奇跡的じゃない? 

 私ごときが美夜様と同姓同名なんて申し訳なさすぎて、土下座から三点倒立してしまいそうな勢い(実際やろうとして盛大に転んだ)なんだけれど、嬉しいものは嬉しいのだから仕方がない。

 しかも顔までちょっと似てる。……私、まだ六歳だけど。

 でも、本当に似てるんだよ!

 実際に美夜様が存在していて、もし幼女だったらこんな顔だったんじゃないかな~って思ってしまうくらいには似ている。

 そして美夜様の幼少時(想像)に似ているということは……お察しの通り! 私は美少女に生まれ変わることができたのですよ!


 ビバ、美少女! 夢にまで見た美少女!


 アップルパイを食べ終え、コーヒー牛乳を飲み干した私は隣の部屋にとてとて移動。そこでお母さんのドレッサーに座ると、鏡に映る自分の顔をまじまじと見つめる。


「私ってば、ホントに美少女だわ……」


 これが記憶を取り戻してからの日課。

 毎日毎日、何度も鏡を見てしまう。


 パッチリした目。スッと通った鼻に薄い唇。肩まで伸びた黒くてサラサラな髪。白く滑らかな肌――これぞ正しく美少女の王道!

 前世の私、ブラック企業で激ヤセしてた頃のあだ名が〝捻じれたペットボトル〟だったんだよ? なんだよそれ、生き物ですらないじゃん! 

 そんな私が、黒帳美夜様と名前も同じ、顔もそっくりな美少女に生まれ変われるなんて……まじかよ人生二週目最高だよ。


「チート能力は無いって言ったけど、ステータスボーナスはついてるよね。強くてニューゲームだよ、コレ」


 前世で色々不遇だった分、来世こっち補填ほてんされてるんじゃないかと思うわ。

 無双できるようなチート能力ではないけれど、常識の範囲内の強化だけれど、この顔は私にとっては十分にチート能力だ。

 なので、大事なことなのでもう一度言うわ。


「神様ありがとう!」


 これならいける。やれる。やってみせる!

 今の私なら前世で叶えられなかった夢――


「――アイドルになる夢も叶えられるに違いないわ!」


 その考えに辿り着くや否や、その夜、私は両親にこう宣言した。


「パパ、ママ、私を綺麗に産んでくれてありがとう! 黒帳美夜はアイドルになります!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る