第4話 転生! 廃ブリッド幼女

「美夜ちゃん! 美夜ちゃーん。大丈夫、ねえ、起きれる? お話できる?」


 ふわりと、柔らかな白粉おしろいの香りが鼻をくすぐる。

 暖かい。ママの匂いだ。


「ん、ママ?」


 優しい声に目を開く。

 目の前には、酷く心配そうな顔で私の両眼を覗き込む綺麗な女の人がいた。

 ……って、女の人って何を言っているんだろう? この人は私のママじゃないか。そう私、黒岩宮子……あれ? 私そんな名前じゃ……ん? あれ?


「ここどこ? 美夜、強盗に殺されて……あれ? でもさっきまでママのアップルパイ食べながらテレビ見てて……あれ? アレ~?」

「ああああ。ど、どうしましょう、パパ。やっぱり美夜少しオカシイみたい。強盗を殺してアップルパイにしてやるとか、変なこと言ってるし……」


 いやいや、そんなこと言ってないよママ。変なこと言ってるのはママの方だからね。


「頭を打ったのかもしれない。そのまま寝かせておいて、頭はあまり動かさないようにして。今、救急車呼んだから」


 電話の子機を握りしめたパパが珍しく焦った声を出す。

 いつも落ち着いていて、優しいパパ。

 私のピンチだとこんな必死な表情をしてくれるのだと思うと、不謹慎ながらちょっと嬉しい。


「……って、えっ、救急車!? なんで、何それ!? 三十二年生きて、健康だけが唯一の取り柄だったのに!?」


 まいったな。救急車乗ったことない記録が、今日この日ついに途絶えてしまうのか。


「いやぁぁぁ、私の可愛い美夜ちゃんが、三十二歳になっちゃったってぇぇぇ。六歳も年上になっちゃったよおぉぉ」

「マ、ママ、落ち着いて。私が三十二歳なわけないでしょ。美夜はまだ六歳なんだから!」


 ママを落ち着かせるように、手を伸ばして、その頭をよしよししてあげる。


「わーん、やっぱり三十二歳の風格があるぅぅぅ」

「どうしろと!?」


 とは言ったものの、確かに私さっきから変だ。

 私の名前は、黒帳くろとばり美夜みや……なのに、黒岩宮子という名前も自分の名前だ。

 何、何なの、この記憶は? 鮮明に、リアルに、五感で感じる。思い出せる。

分かる、分かってしまう。

 湧き上がってくるこの記憶が、夢や幻ではないことが。

 まさか、もしかして、これって……。


「前世の記憶が蘇ったってことぉぉぉぉっ!?」



 □■


 ──自宅で倒れて、救急車で運ばれたその翌日。


 病院での検査入院を終えた私は、お医者様から異常なしという太鼓判をもらって両親と帰宅することになった。


 昨日までは、大混乱の真っただ中だったが、一晩の入院で私の記憶もある程度は落ち着いていた。


「それにしても驚いたわ。ママ、心臓がアソコから飛び出るかと思ったのよ」


 何で口じゃなくてアソコとか言う? 卑猥なの? グロいの? どっちよ?


「ごめんね、ママ。パパも心配かけて」

「気にする必要なんてないよ。美夜の身体が平気で本当に良かったよ」


 と、車を運転しながら後部座席の私たちにひらひらと手を振るパパ。その仕草がスマートで、やっぱり美夜のパパはカッコイイと思う。


「それにしても異常がなかったのは良かったけれど……だとしたらどうして急に倒れたりなんてしたのかしら? 美夜ちゃん、倒れた時のこと覚えてる?」

「さ、さあ? 美夜、子供だからわからなーい」


 としか答えられないよね。


『いや、実は前世の記憶が戻りまして。そのショックで倒れたんですよ』などと答えようものなら、車は再び病院へと即Uターン間違いなしだ。


 実は、倒れたときのことは結構ちゃんと覚えている。

 普段は教育番組や子供向けアニメ、ニュースばかりが流れる我が家のテレビ。

 でも、あの日の私は小学校のお友だちがいつも読んでいるアイドル雑誌が妙に気になって、アイドルの音楽番組というやつがどうしても見てみたくて。


 だから思い切って、両親の目を盗んでテレビのチャンネルを恐る恐る変えたのだ。


 ──瞬間、目の前に広がるきらびやかな世界。


 可愛らしい衣装に身を包み、世界中の人々に愛を振りまくかのように、輝く笑顔で歌い踊る二人組のアイドル。

 その光景を目にした瞬間、理屈は分からないけれど、急にぐわっと前世の記憶が頭の中に流れ込んできた。

 そのあまりの情報量に頭がパンクしたのだろう、そのまま私はリビングで鼻血を噴いて倒れたのだった。


 ちなみにママの説明によると、エクソシストばりの悶え苦しみようだったらしい。 

 六歳の愛娘がエクソシストばりに苦しみ始めたら、そら怖いよな。

 でも、自分のことながらちょっと見てみたかった気もする。


 ホラーはちょっと好きな私。


 それにしても、前世の記憶を取り戻したきっかけもアイドルとは……我ながらアイドルに対する執念が恐ろしいわ。

 と、それはともかく。

 こうして強盗に殺されるという惨劇から目を覚ました私は、黒岩宮子の記憶を持った『見た目は幼女、頭脳は女児向けアイドルアニメ限界オタク』という廃ブリッド幼女へと転身を遂げたのだった。


 ――というわけで私、黒岩宮子は三十二歳と六歳になったのです。


 うん、紛らわしい言い方をしてごめん。六歳の女の子になりました。

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