第3話 死にゆく社畜は、神に唾を吐く

 走馬灯に流れるその映像を見た瞬間、私の胸がキュッと委縮する。

 それは、テレビの中のアイドルに夢中になっている自分の姿。将来の夢はアイドルだと、幼稚園で発表している無邪気な自分の姿だった。


 ――私、黒岩宮子はアイドルになりたかった。

 

 物心ついた時には、アイドルに夢中だった。

 きっかけは、子供の頃に見ていたアニメ。

 普通の女の子が、魔法の力で綺麗に変身してアイドルとして大活躍する――そんな、古き良き女児向けアニメ。

 夢中だった。母に頼んで、何度も何度も繰り返し観た。

 そんな幼少期だ。自分自身もアイドルになりたいと考えるようになるのは自然の摂理だった。


 アイドルに憧れた。

 アイドルになりたかった。

 お父さんとお母さんの前で、おもちゃのマイク片手に歌ったり踊ったり。

 大好きなアニメキャラと同じ髪型にしてくれるようにねだったり。

 幼く小さな胸に、いっぱいの夢と希望を膨らませていた。

 いつかは自分も輝くステージに立てると信じていた。


 でも、現実に魔法はないことを知るのに、そう時間は掛からなかった。


 ――世界には魔法なんて無い。


 普通の子供は、永遠に普通のまま。

 魔法で変身というわけにはいかない。

『女の子にはお化粧って魔法があるじゃないか』なんて言う人もいる。

 けれど、それにだって限度がある。三十点が努力しても、到達できるのは精々が六十点。百点にはなれない。

 そして私は、例に漏れず三十点の女だった。

 血色の悪い肌。

 使い道のない無駄な高身長。

 不健康に肉の無い身体。

 朝起きてから夜寝るまで、一度も言うことを聞いてくれない酷いくせ毛。


 それでも、努力すれば夢は叶うと、幼い私に父と母は言った。

 でも、大人が思うより子供は現実が見えている。どう贔屓目に見ても、自分にアイドルになれる素養があるとは思えなかった。

 それを分かって言っているのだろうかと、無責任な励ましを繰り返す両親に不信感を抱きすらした。


『――パパ、ママ……ケーキ屋さんや、お花屋さんじゃないんだよ。私がなりたいのはアイドルなんだよ……』


 夜中、家族で川の字で寝ている時。両親に聞こえないように、声を押し殺しながら布団で涙を拭う日が続いた。

 夢には二種類ある。努力で届くものと、努力では届かないモノ。

 そして、アイドルという夢は、誰がどう考えても後者の部類だった。


 中学生になる頃には、鏡を見て深いため息をつくのが日課となっていた。

 そのうちアイドルという言葉を口にすることすらはばかられるようになった。こんな醜い自分がアイドルを語って良いのか怖くなった。


 ──ましてや、アイドルになりたいだなんて……。


 それからの人生はモノクロだった。

 何にも真剣になれず、諦め空気のまま何となく生きた。

 そんな私の成れの果てが、女児向けアイドルコンテンツに夢中な大きなお友だち。

 ようこそブラック企業へ、というオチだった。


 それが私、黒岩宮子の三十二年の人生の全て――──。





 ――――って何だよ、この走馬灯っ!


 せめて死ぬ間際くらい、楽しい記憶を見せてよ! 思い出させてよ!

 ぬるりどろりと広がった血だまりの中、悔しさで噛んだ唇の痛みが、閉じかけていた私の意識を覚醒させる。

 せめて、せめて楽しい思い出くらい……なんて……はは、無理か……。だって楽しいことなんて、全然無い人生だったんだから。

 浮き沈みのない、ただ暗い海の底をを這いずり続けたような人生。

 そして、そんな灰色の人生も今幕を閉じようとしている。これで終わりなのだ。


 ……。

 …………。

 …………ふざけないでよ。何なのよ。

 私、何もしてないじゃん。

 生きてる間に、何も成し遂げられなかったじゃん!

 しかも、最後は強盗に殺される?


 ──っていうか、強盗って何だよ! バッカじゃないのアンタ! すぐ捕まるに決まってるじゃん! ここイ○ンだよ! そこら中に監視カメラあるっての! 何でこんな分かりやすい所を選んだ? 頭悪いにも程があるでしょ!

 もう、馬鹿、馬鹿、馬鹿じゃないのっ!?

 ふざけんなよ。ふざけんじゃねえよ。ねえ、神様。私何か悪いことした?

 覚えてないけど、前世で神様に唾を吐くような真似でもしたのかな?

 だって、そうでも思わないと割に合わないよ。


 ――私、何のために生まれてきたの?

 ――どうして今死ななきゃいけないの?

 ――私が生きたことで、誰かに何か残せたの?


 何も無い。何も無いよね?


 ………………ちくしょう。


 馬鹿だな、私。

 こんなことなら、好き勝手に生きれば良かった。

 馬鹿上司に退職届叩きつけてやればよかった。

 どんなに馬鹿にされたって、誰に無理だって言われたって、アイドルになる夢を追いかければ良かった。

 私はアイドルが好きなんだって、胸を張って言える人生を送りたかった。

 物分かりのいい、良い子のフリなんてさっさと止めれば良かった……。


 でも、もう遅い。何もかもが遅い。

 紅に染まった世界。

 霞む視界の中、何かに縋るように手を伸ばす。その手に触れたのは、筐体きょうたいの上に積まれたカードの山。カードが崩れ落ちる。

 煌びやかなアイドルのカードたちが、キラリキラキラと死にゆく私の身体に舞い散った。

 そうして手元に落ちてきた一枚を、感覚すら不確かとなった右手で持ち上げる。


「えへへ、月夜のドレスの美夜様……SSRだぁラッキー」


 ほんと可愛くて、綺麗だな…………。

 月をイメージした宝石が胸元を飾るスレンダーラインの黒のゴシックドレス――その美しさを、血と涙に濡れた瞳に焼き付ける。


「こんな衣装を着てみたかったな」


 カレプリのアイドルたちみたいに輝きたかった。大好きなアイドルに囲まれて、私もキラキラした人生を送りたかった。

 

「神様なんて大嫌いだ……」


 だって、私の願いは何一つ叶えてくれなかったんだから。

 最低だ。最悪だよ。


 あああぁぁぁあああああああああああああああああああぁぁあ


 ……なりたかった。


「私……アイドルになりたかったよぉ……」




 その言葉を最後に、私の意識は途切れた。

 こうして黒岩宮子の人生は呆気なく終わった。

 そして次に目が覚めると──。


 ――――身体が縮んでしまっていたのでした。


 いや、身体が縮んでしまっていたっていうとアレよね。勘違いされるよね?

 別に黒づくめのなんちゃらとかそういう話ではなくて……どうやら私、黒岩宮子は生まれ変わったようなのです。 


 それも六歳の小さな女の子に……。




 ───────────────────────


 ここまでが物語の導入になるのですが、いかがだったでしょうか?


「導入が面白かった」「宮子が可哀そう可愛い」「続きが気になる」――などと感じていただけたら、☆☆☆とかフォローして頂けたらありがたいです。


『人気作品として羽ばたくにはスタートダッシュが肝心』と偉い人も言っていたので、どうか応援よろしくお願いします!


 レビューを書かなくても☆評価は入れられるので是非!


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https://kakuyomu.jp/works/16817330653392493093)にどうぞ。

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