第36話 独り善がりの神様 


「インティス卿!?完全武装!?完全武装何で!?何をするつもりですか!?」

「無茶苦茶にしてやるのだ!!大切な客の相手もせねばならん!!」

 

 呼ばれて飛び出ていざ登場。

 西国最強と名乗りも高らかにインティス卿は怪物の前に立ちはだかる。

 老騎士の甲冑は夜更けの屋内にも関わらず一部のくもりなく輝いている。

 降り注ぐ瓦礫を盾で跳ね除け、インティス卿はウォルを右手で指さした。


「緑目の怪物よ、名は何か。名乗れ。元気よく!!大きな声で!!」


 返事は無い。インティス卿は獰猛な笑みを浮かべる。

 対するウォルは様子をうかがう野犬のように牙を剥く。


「何だか知らぬが兎に角良し!!スゥーーーーッ、ハァーーーーッ!!」


 しろがねの騎士は大きく深呼吸。胴鎧がわずかに浮き上がる。

 そして、淀(よど)む瘴気を吹き散らす獅子吼(ししく)が轟いた。


「西国騎士団はぁーーッ!世界最強ォーーーッ!!チェーーストォーーーッ!」


 魔物退治に必要なのはまず元気。その次は圧倒的な暴力だ。

 腕には丸い大盾。剣は鞘に納めたまま、騎士は大股で歩き出す。

 一方、大音声に思わず仰け反った緑眼の怪物はまたも神秘を発揮しかけ──

 それより早く、インティス卿は剛腕で瓦礫を投擲した。


 ウォルが目を見開く。その鎧の左腕は飛礫(つぶて)を即座に撃ち落とす。

 インティス卿は尚も瓦礫を投擲、投擲、投擲。その姿はまるで人間攻城兵器だ。

 一方、ウォルの白い左腕は蛇のようにうねり、動き、石の砲弾を撃ち落とす。

 備わった神秘が飛礫にへばりついた血液や肉片を花びらに変換する。

 

「なるほど!石だの鉄には効かぬか!その程度で底とも思わぬが──」


 叫びつつ、インティス卿は当然のごとくに己の勝利を確信した。

 投石の手を止めゆったり歩き出し、老騎士はウォルに親しげに語り始める。


「ウォル君だったかね?お爺さんとお話をしようじゃないか。昔々あるところに。

 何時の話だったか。数年前か、十年前か。君のような子供を見た事があってね。

 昔々の話だ。勇者という名と力に振り回されるばかりの哀れな若者がいたのだよ」


 まるで脈絡が無い発言であった。ウォルの顔に明らかな困惑が浮かぶ。

 意図を理解出来ないらしく、白い鎧の腕鎧さえも動きを止めた。

 そのままインティス卿はウォルにゆっくりとにじり寄る。


「さておき。ウォル君、知っているかね?戦いとは対話なのだ」

「!?」


 直後、破城槌めいた衝撃が鎧の左腕に走った。

 原因が老騎士の拳骨だとウォルが理解するまで一秒。

 次の一秒でウォルは木っ端めいて吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 鎧の左腕さえ衝撃に耐えかね、関節部からあらぬ方向へ折れ曲がっている。

 苦悶の唸り声を上げる怪物を見下ろし、インティス卿は言った。

 

「聞け、魔物よ。いかなる邪法でも宿主の限界は超えられぬ。

 身勝手に無理ばかり強いればその子の腕が千切れて落ちるぞ!!」


 インティス卿への答えは無い。口ごもったかのように、何も無かった。

 ウォルがよろめき立ち上がる。その姿は墓場の亡者か何かのようだ。

 白い左腕の鎧の隙間から得体の知れない湯気が噴き出し、ぐるんと回転。

 べきべきと嫌な音をたてながら、折れ曲がったウォルの腕が治っていく。


 まだ物足りないらしい。白い鎧の掌が転がっていた死体を掴む。

 すると、突如としてその死体が萎(しお)れて乾き、枯葉の如くに崩れて散った。

 一方の白い腕鎧はガクガクと震え出し、その隙間から尚も蒸気を噴き出す。

 まるで人食いの化け物が乱食歯の隙間から白い息を噴き出しているかのようだ。


「死体を食った……いや、死肉を変換してその子の腕を治したのか。

 蕃神と言えど神は神。正しく何でもありだな。モーゴス君、どう思うね?」


 インティス卿は振り返らずにモーゴス司教に問う。


「まこと不完全ながら、ことわりの龍に仕える騎士でしょう」

「ほう、解った。知れば倒せる。続けてくれ」

「説明は割愛しますが、顕現は左腕のみ。意識を刈るか肩口から切れば、或いは」

「己が力を振り回し、うつろう命を弄ぶ。つまり人類に仇成す化物だな。滅ぼそう」


 ことわりの龍とは、この世界に数多ある神の呼び方の一つである。

 だが、眼前の存在は今や人類の敵だ。西国最強にとっては滅ぼすべき魔物である。

 虚ろな目とぼろぼろの服が辛うじて残ったウォルの姿は哀れな追放者のようだ。

 対してインティス卿の威容たるや、高くそびえるしろがねの城のごとくだ。


「まだ立つか。素直に降参すればその子は助けてやるが──おおっと!!」


 白い腕鎧がインティス卿に再び襲いかかった。

 一度、二度。意にも介さずインティス卿はひょいひょい避ける。

 しびれを切らしたか遠慮が消えたか、白い鎧に宿る化け物は用いる業を激化する。

 蕃神は死体を食らい、肉を食らい、血や魂を対価に己の神秘を現世に灯す。

 だが、それも理からは逃げられぬ。神秘は無から有を作り出す奇跡ではない。


 ツクヤ、と名付けられた蕃神は焦っていた。

 籠手を通じ、僅かに貸し与えた力だけでは目の前の騎士への勝ち筋が見えない。

 緑眼の怪物──ツクヤはそれでも意志を曲げようとはしなかった。

 ちら、とインティス卿が崩れかかった石牢の壁と司教らを見やる。


「潮時だ」


 西国騎士団は人類の味方。故に西国最強もまた人類の味方である。

 インティス=メックトの成すべきは夜明けの如くに明白だ。

 怪物を叩きのめす。囚われた人の子を救い出す。勝利する。

 今現在の老騎士の思考はその三つ。たったそれだけである。

 動きを止め軽く腰を落とし、インティス卿は構えをとった。

 

「西国騎士団大原則一ォつ!!!騎士は、子供らを助けねばならんッ!」


 異種との戦いもまた一種の対話である。

 白い鎧籠手が鞭のように唸り、暴風のようにインティス卿へ襲い掛かる。

 床を砕き、石壁を割るその乱打を迎え撃つは金城鉄壁の騎士の護りだ。


 突き、唐竹割りの打ち下ろし、逆水平の横薙ぎを老騎士が巧みに捌き、受け流す。

 騎士の構えは中腰。その巨躯には機械じみた精確無比と底なしの体力が同居する。

 打撃の嵐は壁や石畳を削り取り、しかしその全てをインティス卿はいなして流す。

 しろがねの城は踏み止まり、見事蕃神の猛攻を留めて見せた。


 鈍い金属音が大きく響く。

 遂にインティス卿の盾が蕃神の一撃に大きく凹み穴が開いた。

 老騎士の全身鎧は何時の間にか輝きが曇り、あちこちがくすんでいる。。


 蕃神の振るう呪いの為だ。

 それは老騎士の鎧にでかでかと刻まれた守りの聖句さえ貫き、呪詛を成したのだ。

 蕃神の恐るべき力により、しろがねの城は今や所々黒ずんだ錆びに歪んでいた。

 白い呪腕が騎士の剥き身に触れたが最後、西国最強と言えど衰滅は免れまい。


 危機を前に、インティス=メックトは仁王立ちのまま大きく息を吸い込む。

 構えを解き、西国最強は超常の化け物に余裕たっぷりと手招きしてみせる。


「さぁ来たまえ。この愚僧が、インティス=メックトが滅ぼして進ぜよう」


 インティス卿は仮説を立てた。

 敵の権能は恐らく変換する事それ自体。実に常識外れ。正に出鱈目。

 死骸から花を咲かせ、転がる血肉を別の他者へと付け替える事すらできる力だ。

 にわかに信じがたいが、そう状況判断する他無い。


 ──龍の尾を踏んだか。これは面白い事になった!!


 だが、力とはただの力である。無から有を作り出す奇跡ではない。

 つまりは、魔法と呼ばれる奇術手妻と大差無いと老騎士は決断的に状況判断した。

 西国の理解では魔法とは概ね、常とは異なる経路で特定の結果を出す技術だ。


 炎を欲するなら薪を要するように。平和を求めるならば剣が必要であるように。

 日々の糧には銀貨が必要であるように、応分の代償は取り立てられる。

 敵は死体を食らい、血肉を啜り、魂を対価に呪いをばら撒く異種の神だ。


 ──それがどうした、とインティス卿は笑みを深めた。

 規模と理路以外は生きとし生ける強者たちの仕組みと変わりはない。

 騎士は、かくて理外の化け物を撃退可能な敵へと捉え直す。


 捉え直したが、問題は残る。

 このままではウォルなる子供は枯れ木のように絶命確実。

 一方、インティス卿の専門は三つ。剣と拳骨、信仰と魔物の殲滅。

 選りすぐった事実のピースを組み立てて打開の橋をこねくり上げる。

 どう目の前の子供を蕃神から助け出すか──インティス卿は思考を巡らせる。

 

 巡らせてすぐ行き詰る。脳筋の考え休むに似たり。ならば即座に働こう。

 では実行とインティス卿は転がっている死体を頭上高くに持ち上げた。


「怪物!!玉遊びをしよう!ボールはこれだ!!」


 そして全力で死体を投げつけた。インティス卿は一目散に突撃を敢行する。

 輝く鉄壁が全速力で接近する様をウォルは視認し──ブラックアウト。

 後には気絶して崩れ落ちたウォルと、西国勢だけが残された。

 

「力は器に縛られる。さ、保護するとしよう」

「できるのは貴方ぐらいですよ。大体なんで真夜中に完全武装なんぞ」

「説明したいが、もう崩れる。諸兄ら退避だ退避。その子は私が抱えよう」

「死んだのでは?血から何から吐き戻し、白目剥いて痙攣しておりますぞ」

「手加減をしくじった。が、呼吸も心拍もある。運が強ければ助かろうさ。

 しかしね、肝心要でやらかすモーゴス君を助けるのもこれで何度目かね?」

「本当に助けるのですか。手に負えぬ悪魔憑きですぞ、その小僧」

「君よ、さりげなく話を逸らすな。後で弁明するように」

「あっ、ハイ」


 何はともあれ脱出成功。

 インティス卿が振り返ると同時に拷問小屋が盛大に崩壊し土埃を吹き上げた。

 騎士団の駐屯地も蜂の巣をつついたような大騒ぎだが脅威は去った。

 老騎士は腰に手を当て満足げな表情で指さし、言う。


「魔物は滅びた!!ヨシ!!……うむ?」


 赤々と篝火の燃える夜に、一滴のインクのように黒尽くめの男があった。

 それは黒衣の男であった。慌てふためく人々の間を縫い、悠々と近づいて来る。

 顔も目も見えず、帽子には赤い羽根を一つ、佩いた剣の柄ばかりが光っている。

 

 それはただ抜刀し、ためらい無く一直線にインティス卿へと向かってくる。

 老騎士はその姿に気づき、抱えたウォルを傍らのモーゴス司教に預けた。


 西国騎士らも気づき、異様な黒い男を複数人で囲むや剣を抜いた。

 男は騎士ではなく、また西国人でもなく、信徒でも無い。

 騎士らが警告を一声、直後に黒衣の男目掛けて一斉に突きかかろうとし──


「止めよ。諸君らの敵う相手ではないぞ」


 騎士らを制したのはインティス卿だった。老騎士は男と相対する。

 城の護りをするりと抜けて、城主を貫く匕首のような目をした男が口を開く。


「ようよう、はじめまして。お初にお目にかかる。暁のパラディンよ」

「今夜は客が多い。君、招いた覚えも見覚えもないが──」

「さてな。されど問うなら我が名は様々。例えば」


 完全武装の西国騎士に囲まれながらも立ち止まり、その男は台詞を探し出す。

 そして、芝居めいて大げさに両手を広げ、流れるように名乗りを上げた。


「ロボ=ヴォーダンソン。生来定めのさすらい人。妨げる者。岩の上の庵の男とも。

 だが今宵はこう名乗ろう、黒い剣士と。さぁ黒い剣士が来たぞ、騎士さんよ」

「ほう! 待ちわびたぞ!!よくぞ参った我らが家へ!!」


 その黒い剣士こそが、しろがねの城が待ちわびた客であった。



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