第30話 来たぞ!ぼくらの西国騎士団!
──聞け。今こそ世界を震撼させよ!!
雄叫びが満天下に響き渡る。
この勇敢で野蛮なる時代に。戦士にも騎士にも愛されたスポーツがあった。
男の中の男だけが参加を許された競技とは、鎧闘技(アーマードバトル)と言う。
勇士よ!戦う人よ!武具をまとえ!金、名誉、女を求め、撃剣試合に集え!
響き渡るドラムロール。そしてトランペット。
万雷の拍手。観客席を満たす靴が桟敷を踏み鳴らす。
戦士たちが入場。居並ぶ勇士に応ずるように叫びが轟く。
──西国騎士団より五名!東国戦士団より五名!
──今日の良き日に選ばれた各々方、準備は宜しいか!
盾をガンガン打ち合わせ、選手達がゆるりと武器を構える。
両国代表の大一番が、今や始まろうとしていた。
余談ながら、興業の諸経費は全て西国の大盤振る舞いである。
信徒達からの寄付金や税金、高利の利息を運用し膨らませ続けた成果の故だ。
また、西国騎士とは劣悪債務者にとって恐怖の代名詞でもあり──閑話休題。
つまり両国友好の為の親善試合という訳だった。
祭りは楽しい。他人の金で盛大にやる祭りはもっと楽しい。
負け込んだ不景気を吹き飛ばせとばかりの大盛り上がりも頷ける。
そんな訳で満員御礼の観客席に、周囲とは毛色が違う人影が二つばかり。
トゥルシィ=アーキィと西国の司教様であった。
岩石のような見た目の僧形の名は、モーゴス=ヴァリアントと言う。
彼らは急ごしらえで区分けされた貴賓席に二人して座っている。
異様に四角い顔の僧形は愉快げに手を叩いているが、少年貴族の顔は渋い。
ややあって、困惑に満ちた声がトゥルシィから漏れた。
「なんだこれ」
「美しい──なんと勇壮な事でしょう。嗚呼、神よ!」
「いや、だから。何ですコレ」
「正に腕比べは騎士の華ですなぁ!!浪漫ですなァ、アーキィ君!」
「もういいです」
「富や名誉はお嫌い?では、一つ拙僧が説法でも……」
「隙あらば信心を捩じ込もうとしないで下さい」
「ワガママですなぁ!これでは御父上もお困りでしょう。おおっと」
見れば、騎士勢へブーイングが盛大に降り注いでいた。
対して板金鎧の壁は涼しげだ。罵倒や苦情に慣れ親しんでいるに違いない。
明らかに敵地なのだが、何時もの事らしく我関せずの風すらあった。
きっと話を聞いているようでまるで聞かない連中に違いあるまい。
──顔が四角い司教様のように!この忌々しい司教様のように!
そんな事を考えつつ、恨めしげな視線をトゥルシィはさまよわせる。
うぉぉぉお、ぬぉぉおと野太い男共の声が真夏の太陽のようにうるさい。
横一列の隊列が崩れるや互いに立ち位置を動かしながら殴り合い始めた。
トゥルシィはこういう暑苦しい連中や乱痴気騒ぎは苦手でならなかった。
加え、万事につけ雑な事と言ったら!ド田舎にも程がある!
そんな脳裏の悲鳴を鎮めようと心を無にする努力を開始する。
失敗した。両手で顔を覆い、少年は呻く。
「魔物、魔物は何処に?僕、楽しみだったのに」
「上王陛下のお膝元です。とっくに戦士たちが平らげておりますよ」
「そうじゃなくって、そうじゃないんだ」
「串焼きやお肉にもなってるそうですね。当地では魔物食が盛んだとか」
「オォウ。何と言う。希望が……夢がぁ……」
「人類色々あるものですな!拙僧とて昔は諸邦を巡ったものです!」
トゥルシィはモーゴスを睨む。が、相手は聞く耳持たずの姿勢を崩さない。
西国の坊主ときたら、どいつもこんなのばかりかと溜息ばかり付いて出る。
故郷の伯爵が微妙な顔で我が子を送り出した理由も良く解るというものだ。
とは言え。相手はこれでもれっきとした司教様。
本来であれば一つの都市だの教区だのを丸々管理する立場であり、
西国騎士団という奇妙な軍事組織においては事務方の幹部という立ち位置にある。
雑に言えば、無位無官の貴族の子弟などより立場も能力も余程上の人物なのだ。
またトゥルシィの寄食先であり、事実上の保護者でもある。
多少の艱難辛苦は飲み込まねばならぬ。
が、ならぬものはならぬ。価値観の相違が余りに大きすぎる。
人柄の良さは端々から感じられるものの、話がまるでチグハグだ。
さておき闘技は進む。組打ちを挑む蛮人へと騎士が横槍を入れ、またも大絶叫。
曰く、騎士は徒手にて死なぬ!西国騎士お馴染みのタンカらしい。
意図明確にして意味不明、かつ支離滅裂。いつもの西国騎士団である。
理解は出来るが、承認するのをトゥルシィの魂が拒否する。
──何でそうなるんだ!もっと理性を保ってよお願いだからァ!。
再びの閑話休題。トゥルシィを置き去りに状況は進む。
東の勇士はリマインダスと司会進行役が声も枯れよと名前を呼んだ。
荒獅子めいた金髪の偉丈夫が剣を高く高く掲げ、挑発的な言辞を吐く。
曰く、西国最強は居ないのか!?このリマインダスを恐れ隠れているか!
教えの天幕と手下に保護され、泥に塗れた俗界には足を付けぬというのか!
西国最強なぞ所詮は虚名!東国戦士の長こそがこの地で最強の男──
「ここにいるぞ!」
啖呵を遮り、応じる声があった。トゥルシィは顔を覆った。モーゴスもだ。
威圧的な衆人環視を物ともせずに一人の老騎士が現れる。
彼は平服姿に変哲もない剣と小盾を構え、何故か上半身裸であった。
山脈めいた肉体は、まるで鋼の塊から削り出したかのようだ。
「おおっ、卿よ!軽々しく動くのは如何なものかと思います!」
天を仰ぎ、モーゴスが嘆き節を叫んだ。
四角四面、岩石を削り出したような面構えさえも曇らせる男は誰か。
彼こそ音に聞こえた西国最強、インティス=メックトその人であった。
「強いとは聞きます。大丈夫なのでは?」
「無体に強すぎるのですよ。ここで面子を潰しては懸案が増える──」
「手心を加えるとかそういうのは」
「卿は偉大なる騎士です。……何と言うか手加減が大変苦手な方でして」
「えっ、何だろう。何ですか。今物凄く不穏な言葉が聞こえたんですが」
「共に祈りましょう、無事を」
「ねぇ!怖い事言わないで!誰の無事です誰の!?」
司教様は一心不乱に祈り始めて答えない。額に脂汗が滲んでいる。
アーキィは真顔になった。またも色々おかしい人物が出現したに違いあるまい。
融和の危機か。それとも信仰への試練か。ともあれ状況は進む。
「西国最強!!インティス=メックトである!!」
貴賓(きひん)席の桟敷に座って尚、眩暈がするほどの大喝であった。
相対する東国勢など、木っ葉が風にさらされたように仰け反っている。
だが全員ではない。たった一人だけ卿を睨みつける獅子のような男があった。
リマインダスだ。その面(つら)にはひりつくような笑みが浮かんでいた。
敵は最強。相手とって不足なし。その大将首を貰い受ける。
龍虎相打つ大一番。振るう武芸は屠龍の技か、獅子の雄叫びか。
リマインダスは前傾姿勢を取った。大業物をひっ担ぎ、必殺の構えだ。
卿は手招きし、続いて裸身の胸を叩いた。リマインダスが笑みを捨て、牙を剥く。
蹴り足が爆発し、驀進の土煙を残し、雷鳴のような一太刀が卿へと食らい付く。
その一撃を盾がいなし、組み付きの距離から剣の柄がリマインダスへ飛ぶ。
鉄をひしぐ音が盛大に。間一髪打撃を受け止めた戦士の鎧が大きくへこむ。
立ち合いと足運びが変化し、卿は瞬時に防御から攻撃へと移った。
第二撃。大砲めいて突き出された盾が戦士の腹を撃ち抜く。
それがトドメだった。
鎧が無ければ腹から内臓が吹き出し、リマインダスは即死だったに違いあるまい。
客席を仰ぎ、優雅に一礼する老騎士。万座の客席は通夜めいて静まり返っている。
一方、モーゴスは禿頭を抱え苦悩に満ちたうめき声をあげていた。
「おおう、尚武の土地の有力者にこのような、このような……」
「負けた人、強かったんですか?」
「リマインダスと言えば代々戦士団の要職に上り詰める家柄ですから」
「……上り詰める?妙な表現だな」
「ええ。弱い戦士はすぐ死ぬので。生き残った強者が務めるのです」
「や、野蛮人だ。野蛮だ……手続き、手続きはどこ?法律はいずこに?」
「我々西国教会がまともにしていく予定です。どうかご安心を」
「チクショウ、なんて地方だ!」
だが、リマインダスが立った。客席のどよめきが、やがて歓声に変わる。
インティス卿は破顔一笑。腕を組んで若き挑戦者の復帰を待っていた。
「小僧!ガッツを見せろ!半裸の私は無体に強いぞ!」
卿は変哲もないロングソードとショートシールドを何故か放り捨てた。
リマインダスは血反吐を吐き捨て鼻血を拭う。卿目掛け顔面右ストレート。
体幹を全くブレさせず、見切りだけで拳を避けるインティス卿。
そのまま即、組打ち距離の徒手格闘へ変転する。
「ねぇ、何で急に殴り合い始めてるんですか……?」
「趣味です」
「誰の?」
「真に遺憾ながら、卿のです」
「ワァァ……」
トゥルシィは蒼ざめた。司教は諦めたように首を振る。
やがて穏やかな表情で口を開いた。諦めの境地に至ったらしい。
もしくは何時もの事なのだろう。
「神の試練は唐突に現れる。いいですね?」
「あっ、はい。……しかし、強い。見ていて怖い位だ」
「楽しげに卿と殴り合える男など、世界広しと言え、そうはいないでしょう」
「あっ、リマインダスも鎧を脱いだ。脱いじゃったよ。ワァ……ウワァ……」
「装甲は少ない程男気が上がるのですな。男の貫目ですよ貫目」
「すみませんが、まるで意味が分かりません」
総長の武威を信じ、騎士達は剣を地へ突き立て整列している。
対する東国戦士は脅しつけるようなウォークライ。
応じ、騎士らも嫌味とも罵声とも取れぬ讃美歌を詠じ始めた。
アーキィは遠い目で奇麗な青空を見上げる。天高く鳥が飛んでいた。
「アーキィ君、どうしたのですか。星を見上げる猫みたいな顔して」
「僕もう限界です。おうち帰りたい。文明がある世界に僕を帰して」
「我慢なさい。武門の子でしょう。ほら、前を向いて目を啓(ひら)いて。
過酷だからこそ、現実を直視する事を止めてはいかんと拙僧思います」
何とか気分を持ち直し、アーキィはやっとこ思考を巡らせる。
奇妙な状況だった。まともに付き合ったら頭がおかしくなりそうだ。
が、如何に型破りでも政治の延長だろう事も予想が付く。
両国親善の美名が隠す真の意図を探るには思考せねばならない。
聞けば、敵は地図上に点と線を描けど、盤面を塗り替えるには至らないと言う。
こんな馬鹿騒ぎを未だ行う余力があるのもそのせいだろう。
第一、平地民と山岳民では耕地も人口も違い過ぎる。
少数が多数を支配しようという事自体が一個の巨大事業だ。
丸々住民が入れ替わるでなし、戦での勝利が即、支配に繋がる訳ではない。
他人の土地を奪い、円滑な統治を欲するなら人望や仕組みが必要になる。
西国の坊主共が自慢する教会のように、だ。
古人曰く、愛されるよりは恐怖される方がマシであるとは言うが──
と、ここまで考えてトゥルシィはモーゴスをまじまじと見つめる。
この蛮地にやって来たのは西国騎士団とその軍勢ばかりではない。
司教様を筆頭に、文官としての僧らも数多く騎士らの軍勢に付き従っている。
西国の軍勢とは巨大官僚組織に等しい集団であると少年さえ知っている。
そして先発隊の宣教師らと合流したとこの僧形は言っていた筈だ。
彼らは僧籍ではあるが、これからこの国の役人としても働くのだという。
元が教化されざる野蛮な東夷。まともな官僚機構など存在しない。
東国に限らず王権が弱体な土地では西国の僧がやって来ては教会を建て、
土民の教化に努めると言うが──トゥルシィは不意に違和感を覚えた。
それでは役人が西国出身の僧侶ばかりになってしまう。
確かに優秀であるのかもしれないが、官僚団とは国家や家政の背骨だ。
外様ばかりで固めればどうなるか。彼らの真の主が君主であるとは限らない。
元気一杯に大暴れする西国最強と、四角い顔の司教様をトゥルシィは見比べる。
「教会法導入の議論も始まっておりましてな。やりがいのある仕事ですぞ」
トゥルシィの内心を見透かしたようにモーゴスが言った。
まさかと思いたいが、点と線がどんどんと繋がり始めている。
これではまるで、他人の国を堂々と乗っ取っている事に──
「宴もたけなわ、退屈なご様子ですな?魔物がお好きだそうで」
と、不意にモーゴスがトゥルシィへ水を向ける。顔色を悟られたのかもしれない。
「ねぇ、絶対何か考えてますよね。しかも良からぬ事を」
「まさか。拙僧、魔物に関しては素人ですのでご意見を伺いたいなと」
「えぇ……話を逸らされたような」
とは言え、単なる考え過ぎかもしれないと思考を切り替える。
そうして、何処から話したものかとトゥルシィは言葉を探り始めた。
「西国では、そもそも魔物とは何だとお考えですか?」
「人類の敵……と、これでは大雑把すぎますなぁ。公式見解としては──」
促され、僧形は己らの理解を開陳し始める。
魔物とは人間と禽獣虫魚(きんじゅうちゅうぎょ)以外の種族とされる。
言い換えると、人類近縁の種を含む、異種異属への蔑称が魔物と言う言葉だった。
ここまでは概ね皇国の閥族の端くれであるトゥルシィと同じ見解である。
が、聞けば西国では『人間の敵』であるとする認識が非常に強いようだ。
成程、見解の相違はこれか、とトゥルシィは理解する。
そも、西国は公式見解として人類と家畜以外の種族に価値を認めていない。
人類は人類の力に拠って生きるべきだ、という教義の故であった。
異種異属とは交わらず、協力せず、それらの打倒を目指す。
故に組織し、城を建て、何時か来るべき戦いに備え続ける、そういう国柄だ。
西国とは、世界の全ては人類だけのものである、と確信する人々の国である。
ただの自種族中心主義ですらない。信仰にまで昇華された人類絶対主義国。
多種族共存を是とする皇国とは価値観や文化がまるで違うのも当然とは言えた。
「また、敵を知ることは戦いの基本。デミ共は知識と信仰により打倒可能です。
我々西国教会としては、魔物の知識を収集する事も欠かせない営み」
デミという短縮語は、西国教会一流の亜人の蔑称らしかった。
やはり敵扱いかと、内心の不服をトゥルシィは飲み込む。
雑談めいた認識のすり合わせは終わり、話題は件の狐耳の種族に移った。
「そして我らの敵もこの辺りに土着しているデミの一種ですな……ごほん。
教育も無い邪教徒の土民でしてな。尋問しても要領を得ず大変で。
さて、私の見解としてはこんな所ですが、アーキィ君はどのような考えで?」
「同意できかねます」
「狐は誑(たぶら)かすと言いますな!とはいえ……調査も進んでおります」
「と、言うと?」
「宗旨、生活、土地柄等々。ご覧になっていた通りですよ」
「確かに因習深い。でも、彼らも、彼らだって人では?」
「まさか!獣の耳が生えた人間なんぞ居る訳ありませぇん!!」
「同意できかねます!」
「む、いけませんな。拙僧とした事が怖がらせましたかな?」
「それで、僕の意見の感想は。司教様」
問われ、司教はずずい、とトゥルシィに四角い顔面を近づけた。
優し気に細められた瞼が薄く開き、冷たい眼光を向けてくる。
だが、それもすぐに収まり、僧形は柔和な笑みを浮かべて言う。
「……七十点、ですなぁ。安楽椅子でそれなら大したものだ。
しかし、我々とは異なる生き物です。理解し合えると思ってはいけません」
我々は奴らの心を打ち砕き、平らげる必要もありますゆえ、とモーゴスは続けた。
勝利の上に勝利を。人類と教会の栄光とその支配の為であるらしい。
トゥルシィが他者理解の困難さを感じ始めた頃、司教は立ち上がる。
「どこに行かれるので?」
「卿の所へ。付き合いなさい」
闘技も終わり、東国の上王に拝謁する騎士の姿が見えた。
背は大きく、ひたすらに堅固で、武具全てが恐ろしいほど精工。
鉄塊のような鎧姿は、西国最強と名乗ったあの老騎士だろう。
銀髪は丁寧に撫で付けられ、まとう緋色のマントと戦長衣(サーコート)には
細く伸ばした金の糸で西国の紋章がでかでかと縫い付けられていた。
卿は衆の内にあって尚輝く丈高き男だった。
巧みに磨き上げられ、きらきらと輝く全身甲冑を纏うその偉丈夫は
成程、西国最強とはこういうものかと一目で理解できる。
そして彼は上王の面前で、膝を付いて頭を下げた。
遠く、王が何故貴様は剣を預けないと問う声が聞こえた。
我らが剣は神と西国のものなれば、と卿は王へと応じた。
王には王の剣がある、との言葉へ上級王はぞんざいな仕草で答える。
けれども、あれだけの大立ち回りを見せつけられ、今更断る事は出来まい。
──こいつらだけは何があっても絶対に領内に入れない事にしよう。
西国騎士の強引ぶりに、トゥルシィ=アーキィはそう心を決めたのだった。
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