第24話 来たれ、そして見よ
暮れの木立にウォルは蹄の音を聞いた。隊伍の仲間である狐耳どもだった。
その鞍に乗り騎手の腰にしがみ付くと、汗馬の群れは影絵の如く走り行く。
少年と共に駆けるは狐耳の山賊、ジギト=アグレブとその仲間たち。
数知れぬごろつき共と、飢えたる戦争の犬どもは今しも解き放たれよう。
騎手らにはつるぎと、炎と、命令に従い諸々の死を下す役目が与えられた。
来たれ、そして見よ。行け、そして見よ。夜に燃える無数の村々を。
──さておき。
敵の嫌がる事は進んでやれとロボ=ヴォーダンセンは言った。
けれど村を焼き払うなど完全に賊の所業だ。当然、勲(いきおし)などとは無縁。
落ちる所まで落ちたらしい。が、鞍の上で嘆いてもいられない。
ゆるゆる夜は降り、掠めた小枝の葉が次々吹き流されて飛んでいく。
黄昏時を迷いなく騎馬隊は駆け抜け、やがて止まった。
「お前の趣味に付き合う余裕は無いかんな」
「……解ってるよ。ワガママ言えない」
馬上から飛び降り、ウォルはフードを目深に被った。
狐耳らと同じく、少年も口元に覆面のような布(きれ)を巻きつけてある。
小振りな剣が彼の腰の黒鞘に収まり、輝かないよう布で包んであった。
ロボの分捕り物だ。無銘だが業物。長さは腕半分ほどで扱いやすい。
けれど、その重みさえ今のウォルには頼りなく思える。
「手筈通りウォルが要だ。しっかり頼む」
「ちぇっ、腕が震える。いや、大丈夫。大丈夫だってば」
「信じるぞ。じゃあ、またな」
「ああ。頑張ってみる」
馬首を巡らすと、騎手らは常歩(なみあし)で遠ざかって行く。
ウォルは瞑目する。不意に、今なら逃げられるぞと言う囁きが去来した。
まなじりを決する。今更、全部投げ捨てどこに逃げるというのか。
「ここが僕の仕事か」
ウォルは覚悟を決めた。先にはかねて目星の要塞化された村落がある。
おぼろげな記憶を辿りつつ、慎重に集落を囲んでいる空堀に忍び込む。
急げば転ぶ。滑り下り、這い上って逆茂木に取り付く。
温い土に塗れていると松明が頭上を通る。見張りの巡回だった。
息を殺してやり過ごし、よじ登り、柵を潜りぬけた。
幸いな事に、夜の村は下見の際と変わりないようだった。
息を整え立ち上がると近づいてくる人影がある。一瞬の緊張。
慌てて逃げては怪しい奴と自ら触れ回るようなものだ。
フードを取り、ウォルは友好的な笑顔を作って歩み寄る。
「あの、すみません。こんばんわ」
「その赤毛……この前の余所者だな。ったく、何だ」
ヒトミミであれば警戒されまいという狐耳共の理屈は正しかったらしい。
何とずさんな事だと思いつつ、ウォルはすらすらデタラメを吹聴し始める。
「ええと、来たばかりで。宿を探してるんですよ」
「ひょっと罰当たりの邪教徒共と戦って聞きつけたか」
「何か商売できればな、って」
東西の別なく戦となれば備蓄や物資は次々枯渇し、その値段は上がる。
言い換えれば塩、干物、穀物に道具の類をひさぐ行商の類の好機であり、
町ならずとも一稼ぎを目論む余所者の出入りが増えるという訳だ。
「なら真っ直ぐ行ってすぐ左だ。そこのババアが酒と飯を売ってる。
この時間なら余所者や商売人共がたむろしてる頃だろう。
募兵係もそこだ。それと、死にたくないなら夜の間は村から出るなよ」
「あ、はい。……それで、宿はどこに?」
「ねぇよ。そこらで寝ろ」
それきり話を切り上げ周囲を眺める。人影、特に若者がまばらな村だった。
歩き、ある戸口を潜ると幾つもの目玉がウォルの方へ向いた。
籠った酒と汗やらが混じったひどい臭いが覆面越しにも鼻につく。
個人宅と大差ない居酒屋の中には流れ者ばかりがたむろしている。
おまけに煮炊きと兼用の暖炉以外に明かりも無く、薄暗い。
うろんな流れ者相手の商売だ。まともな住民は寄り付かないのだろう。
女将が出した豆煮込みを弄(もてあそ)びつつウォルは聞き耳を立てた。
「加減しろよ駄狐どもめ……」
思わず悪態がついて出るほど狐耳共の評判は悪い。
好き勝手に尾ひれがつく事、実におびただしい始末だ。
例えば邪神の復活を目論む人類の敵だの、復活した邪教徒の軍だの。
彼ら悪魔の軍勢を倒す為、戦士を募ろうとどこも大慌てだ、などと
得体のしれない酔漢どもがコップ片手に口々に噂話を吹聴している。
「前に来た時も男が居ないなとは思ってたけど……うーん」
「お客さん、ウチは酒場だよ。酒は飲まんの?」
「すみません、持ち帰りで。ワインはあります?」
「ウチねぇ、エールハウスなんだけどさぁ」
エールハウスとは、粥まがいの自家製酒を出す安酒場である。
じゃあそれで、と支払いを済ませるとウォルは思考を続ける。
ともあれ、守りを固めているなら内側からこじ開けてやれば良い。
「そこを何とか……色を付けますから、どうか」
その懇願は嫌な顔で迎えられたが、銀貨を一枚押し付けると女将は折れた。
小振りなワイン壺一つ引っ張り出し、ウォルへ渡してくる。
「アンタ、酒なんて持って何処に?」
「今夜の仕事へ。おばさんも体に気を付けて」
「払いがいい客はガキでも歓迎だよ。またらっしゃい」
女将の言葉を背に負う。──悪人になるんだ。生きて帰らないと何もならない。
自らに言い聞かせて平静を保ち、藁ぶきの棟々を越えて目的へと向かう。
門前の見張り小屋だ。その中で片目が潰れた中年男が船をこいでいた。
番兵は誰何(すいか)し、ウォルは買ったばかりのぶどう酒の壺を鳴らす。
「差し入れです。お勤めお疲れ様」
「げーふ……うまい。それで?何の用だヨソ者」
「番兵さんなら人の出入りも詳しい、と思いまして」
「行商か何かか?」
「そんな所です。担げるだけの商品しかありませんが」
「乞食と大差ねぇなぁ!まぁ、確かに最近出入りが激しいな」
「そんなあっさりと……いいんですか?」
ウォルが疑念を発すると番兵は大袈裟に義手を振った。
小屋には彼一人だ。聞けば、村内の男が交代で番をやっていると言う。
気の抜けた事だと思わなくもないが、そも戦える男は招集されている。
足だの腕だの欠けた廃兵しか居留守役などやろうとしないと男は語った。
「どっちみち本気で攻めてくれば村の見張りは助からんもの。
邪教徒共が暴れてるって話だろ?きちんとした街や砦なら兎も角」
「穏やかじゃないですね。猫も杓子も邪教徒、邪教徒って」
「西国から来なすった坊様たちが大族長の名代で触れ回ってんのさ。
まぁ、名分付きでケンカ出来りゃ他はどうでもいい奴の方が多いけど」
その大族長とやらがロボ=ヴォーダンセンに言わせれば狐耳第一の敵らしい。
東国なる国を自称し、自ら上級王だと宣う迷惑千万な輩だそうだ。
「なんでも西国の騎士様方も呼びつけてるらしいが、影も形もない」
「騎士?って、西国ってあの西国騎士団?」
「負けが込むと変な噂が流れるもんさね。馬鹿々々しい」
番兵は手酌を重ねてしばらく、用足しに席を立った。
一方のウォルは小屋と周囲の様子を伺う。人影は無い。
それから慎重に門に近寄り、閂を抜き取って放り出し、
闇夜で潜む何者かへ小声で言葉を投げた。
「合言葉」
「イファのお耳は」
「地獄耳。……もうちょっと考えた方が良かったんじゃない?」
「見張りを呼べ。俺がやる」
物影に隠れ潜む狐耳は、戻って来た番兵の背中を短剣で一突きにする。
あっさり動かなくなったそいつを放り捨てると、ウォルへと言う。
「行け。手筈通りやって来い」
それから、狐耳は火矢をつがえ弓を引き絞った。
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