第19話 ドキッ!寒村カルト懇親会


 扉が乱暴に閉まるや、扉越しに狐爺の怒声が聞こえてくる。

 妙に静かと思っていたら、イファはこの事態を予想していたのだろう。

 一方的な説教が繰り言めいて続くが、どうにも怪しい単語がちらほら聞こえる。

 村がどん詰まりなのは見たままだ。名付けが不味いというのも聞いた。

 だが人身御供だの儀式に必要な犠牲云々に至っては聞き捨てならない。


 所詮は僻地の異常宗教と切り捨てたい所ではある。

 供儀にしたって言葉も知恵も無い動物を差し出すのが通例だ。

 しかしだ。万が一狐耳共が本気なら自分も命が危ういのではないか。

 狐爺の言う犠牲というのはウォルの事であるかもしれないし。

 首を捻りつつアレコレ考え込んでいると、不意にウォルは思い至る。


「あれ、ひょっとしなくても狐耳さん異端邪教の類……?」

「西国や皇国の人間にとっちゃそうだろな」

「色々聞きたい事はあるけど。まず、神様神様って一体何の話だよ」


 聞いている限り、狐耳も独自の神様や宗教を信仰しているらしい。

 けれども西国教会や皇国など、既知世界からすれば異端邪教の類に違いあるまい。

 大きく白い姿をもつ有難ーい神様らしいがウォルもマイナー異教には疎い。

 ほんわかふわふわな代物と思いたいが、客観的には寒村に蔓延るカルトだ。

 成程、ウォルを縛り上げてローストしても不思議でない手合いかもしれぬ。

 早急に身の振り方を考えねば危険で危ない──ロボが返事を返す。


「そうさな……どこから話したもんか。『正義』の神様がどんな姿か知ってるか?」

「全身金ぴかで大きな龍。馬鹿にすんな、常識だよ。神は皆龍の似姿だ」

「その龍の神様たちな、実は都で名前を知られてる存在ばかりじゃねぇのさ。

 西国の経典にしたって教会と人間に都合よく編纂されたモンだからな。

 ほれ、道端によく由来も解らない古い祠や石碑があったりするだろ?」


 皇国では実に多くの龍の神々がそこら中に姿を残している。

 ひょっとすると都の民よりも大勢かもしれず、与太やホラにも事欠かぬ。

 酒乱で大酒飲みの神様が居るかと思えば、娼婦や産婆助ける神様、

 あるいは首切り役人やら賤業の神様まで居るとされる始末。

 とにかく言葉や物事の数だけ神は在り、為に何処にでもいると言う。

 胡乱な連中など口々勝手な神の名をでっち上げ、実にやかましい有様だ。


「よく解らんお守りだのをやる物売りなら一杯いるけどさ。

 ああいうのって詐欺まがいのインチキばっかりじゃないか」

「お上に都合が悪い神様ってのは往々にして名を隠されるンだよ」

「知らないよ。狐耳のは無名だろ。昔は栄えたのかもしれないけどさ」

「無名のものが無価値とは限らん。とは言え寂れたってのはその通りでな」


 黒服曰く、その昔ここいらは狐耳たちの壮麗な都だったそうだ。

 成程、不釣り合いな廃墟群はそのせいかとウォルは得心する。

 周りに広がる草原は勿論、彼方の崖にさえ何かしらの痕跡が見えるのだ。

 かつては贅の限りを尽くした、狐耳ひしめく大都会だったのだろう。


「だが、万事これ生々流転。今じゃすっかり因習村だな」

「あの態度の理由がなんとなく解った。さっさと皇都に帰りたい」

「どこも寂れれば寂れる程面倒が増えてなぁ──さておき話は変わるが。

 因習村だろうが何だろうが、腕力実力があれば横車が通る。覚えとけ」

「何だその蛮族の理屈。法も道理もないじゃないか」

「話して解れば剣は要らん。染まれとは言わんが理解はしとけ。

 何時までも都風気取ってると辛くなるぞ。それと金だな。兎に角、金だ」

「ミもフタもない事を……」

「俺が金の話でどれだけ苦労してると思ってる。金や銀は無いと非常に困る。

 金銀じゃないと余所者相手にゃ売り買いしないド畜生どもが大勢いてだな」

「なんでさ」

「信用がねーんだよ、冒険者は。利息が高すぎてうかうか借金も出来ん。

 貴族やら諸ギルドのような銀行、為替も切手も何にもねぇ。不便でならん」


 積年の恨みが籠った調子で黒服は商売人共を中傷し始める。

 証言をまとめると略奪品の現金化の際に恐ろしく買い叩かれているらしい。

 お陰で人手不足に加えて、火の車を回しながら兵隊の差配をしているそうだ。

 黒服の怪人だものなぁとウォルが呆れていると、不意にツクヤが顔を出した。

 何やらメギョッと鈍い音が聞こえたが、絶対に気のせいだろうと少年は断定する。


「おっと。おひいさんの前でする話でもねぇか」

「……ねぇ、ツクヤ。さっき閉じ込められてなかった?」

「ギュッギュッてしたら開いたよ。ほら」

「あっ、ハイ。それは元あった所に戻してね」

「はーい」


 怪力で粉砕されたドアは地面に散らばり見事に息を引き取っている。

 静物画のように既に動かない。努めてウォルは思考を切り替えようとした。

 世の中不思議が一杯だ。理解の範疇を越えても凡人は持ち札で頑張るしかない。

 敢えて分析しようとしても休むに似たり。ただ混乱するばかりであろう。


 ともあれ、変わらぬ様子でツクヤの緑瞳がこちらを伺っている。

 その姿は可愛らしい。とはいえ全てを受け入れられるほど少年は寛容でない。

 先日よろしく、ついうっかりで絶命してしまっては洒落にもならぬ。

 何時でも少年を捻り殺せる少女だという事だけは忘れてはならぬ。


 などとウォルが考えていると老人とイファが戻って来る。

 こってり油を搾られたらしき彼女に普段の威勢は見る影もない。


「ゴホン、待たせたな。さて、ロボ=ヴォーダンセンよ」

「おう、何だ?」

「経緯は概ねわかった。問題は──」

「聞いた通りだ。言っておくが、今更代わりはおらんぜ」

「……そうなるな」


 錆びた釘を戸板に捩じ込むような視線で老人が睨み付けてくる。

 が、すぐに首を振って眉間を押さえて長考の構えを見せた。

 またも頭越しに話が飛び交っているなとウォルはすぐに感づく。


「一から手直しする事になるぞ」

「今更それは無理だろ。このままやるしかなかろうよ」

「正気か?何が起こるかワシにも解らんぞ」

「見ろ、おひいさんの平和な顔。何事も無ければ平穏無事だろうさ」

「赤毛の余所者を加えて安全と判断する根拠は?」

「要はおひぃさんの気持ちの胸先三寸じゃねぇの」

「気楽に言ってくれる。それで、これが問題の小僧か」


 敵意に溢れた視線を受け、ウォルは作り笑いを浮かべた。

 狐耳爺は不機嫌を隠そうともせずにウォルを睨み据える。


「えーと、その。僕ただの──」

「名前は?」

「ウォル」

「お前ではない。そちらにおわす方のだ」

「いやだから……ねぇお爺さん?僕の話を」

「貴様のような身内を持った覚えはない」


 高圧的な上に無礼極まる物言いであった。思わずウォルの作り笑いが引きつる。

 思えばイファなどはあれで友好的だったのだなぁ、と場違いな感想すら浮かぶ。

 と、推移を見守っていたツクヤが、足取りも軽くウォルの前に立った。


「ねぇ。うぉる、嫌だって思ってるよ。どうしてそんな事言うの?」

「神子様」

「そんな名前じゃないし、おじいさんの事なんか知らないもん」

「それは、その……困りますな、我儘を申されては」

「ウォルとも仲良くして欲しいかな。ね、だめかな?」


 尚も老人は難色を示す。その一方、眉間を押さえつつウォルは俯いた。

 きっとツクヤなりのフォローに違いない。忍従我慢。第一印象は大事。

 初手から長老格らしき相手の心象を損なってどうする、と理性は告げている。


「だから人として扱うなとあれ程言ったというに」


 だが、その一言がウォルの逆鱗に触れた。

 最初からおかしかったのだ。狐耳らにも宗旨はあろう。

 人身御供だの何だのもこちらと関わりが無ければ勝手にすればいい。

 だが、ツクヤを指して人間として扱うなとは一体全体どういう了見か。


 ウォルは勿論ただの冒険者だ。宗教上の事情など知らぬ。だが、許しがたい。

 あの馬鹿、とロボが顔を覆い、漂う剣呑な空気にイファが狼狽(うろた)える中、

 少年は狐耳の爺を向こうにして胸を張って名乗りを上げる。


「僕の名はウォル。ウォル=ピットベッカー。この子はツクヤ。

 知っての通り僕が名前を付けた子だ。何か文句でもあるのか」

「貴様。何のつもりか?自分が何をやったのか解っているのか?」

「知るかよ。さっきから黙って聞いてれば偉そうに──」


 頭に血が上ったウォルを不意にロボが捕まえた。

 詰め寄りかけた少年を引き剥し、黒服は両者に割って入る。


「まーまーまー、御三方。過ぎた事じゃあないですか」

「出しゃばるなよ。これは過ぎた事で済む話ではない」

「今更何とも出来ないから今こうなってるんでしょうが。

 この小僧は俺の預かり。なら、ヘマの後始末は俺持ちですよ。

 ……イファからはその辺り何も聞いておらんので?」

「知らん。何やらゴニョニョと言い訳ばかりしておった。

 小間使いにでもするつもりか?人手が欲しいならばそう言えば良かろうに」

「扱いかねるからと土牢にブチ込みでもしたらそれこそ何が起こるやら。

 四六時中見張りに人手を割くより、手元に置いた方がやりやすいでしょう」


 取り成しつつ、ロボは少年に耳打ちした。


「おい、ウォル坊。お前が居ると話がこじれる。散歩にでも行ってこい。

 いいからいいから。大人の話にガキが顔突っ込むもんじゃねぇよ」



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