第18話 未知との遭遇
まず集落を一回り。
隠れ里と言うからには何もないかと思いきや、さにあらず。
かつての壮麗さを偲(しの)ばせる彫刻された瓦礫が転がり、
邸宅跡と思しき土台の上には野の花がひそやかに咲いている。
何より驚くべきは現在の集落の何倍もある遺構の大規模さであった。
現在の建物は在りし日の廃墟を土台に築かれたに違いあるまい。
隙間なく築かれた石壁の高さと厚みの堅牢ぶりたるやまるで城壁のよう。
周りに点々と建つ見張り塔には旗が風に吹かれていはためいてる。
まるで戦争に備えて守りを固めた要塞と言った様子だ。
「いや、実際にそうかも」
と、ウォルは独りごつ。すると何やらささやき声が上から聞こえた。
見上げると小窓から覗いていた狐耳らの顔が引っ込む。
かと思うとまた狐耳が出て、再びこちらの様子をこそこそ伺い始める。
余所者を警戒している事だなぁ、と思わず閉口した。
ある事無い事尾ひれのついた噂話が飛び交っているに違いあるまい。
最悪な第一印象だ。住民の外見と性格が一致しない事甚だしい。
「どうしたよウォル坊。顔が渋いぞ?」
「こうジロジロ見られると鬱陶しいったらない」
「事情があんだよ。ここの連中、元々警戒心が強くってなァ」
「単に田舎者だからでは?」
「戦争中だ。余所者に疑い深くもなるさ」
「そうだっけ。色々あり過ぎて忘れかけてた」
「お前なぁ」
道中の騒動のせいで忘れかけていたが、そうなのだ。
突然誘拐された挙句、見知らぬ土地で子供の兵隊として戦う事になった。
ここまでの経過について事実のみ列挙すればそういう次第になる。
冗談か何かであればよかったが、現実は死の危険と隣り合わせの青春だ。
きっと灰となっても不遇と縁の切れない星回りに生まれでもしたのだろう。
そう嘆くウォルに構わず、頭の後ろで手を組んだ黒服は天を仰いだ。
「碌なもんではないのはその通り」
「大体さ、何がどうして戦争なんて事に。物騒な」
「ここいら統一して手前の国にしたい氏族長がいるんだよ。
そいつがだまし討ちで喧嘩吹っ掛けて来てな。当然こっちも殴り返す。
一端火がつきゃ後から幾らでも大義や口実は付いてくる訳だ」
「うへぇ……」
先祖代々の恨み、土地の奪い合いや復讐、或いは奉じる神の違い等々。
信仰がどうだの、蛮族がどうだのとは馬車道での話題であったか。
大枠を雑に思い出しつつ、ウォルは脳裏で空想図をこねくり回す。
閃いた。あの乱暴女はもしかしたら邪教の徒なのではないか。
旅装束を脱ぎ捨てるやイファが金襴緞子(きんらんどんす)の邪教服へと早着替え。
まとった彼女は尻尾や耳を膨らませて高笑い。実に似合いそうである。
そうして悪しき本性を現した後はただちに善男善女の迫害でも始めるだろう。
道中を思い起こすに、奴には人間というもの全てに悪意があるに違いない、
──等々、ウォルは益体も無い事をつれづれ考えながら件の女を眺めた。
ちょっと待てよとウォルは立ち止まって気づきを得る。
あの足取りと人間性だ。邪教徒というより性質が野人に近いのかもしれぬ。
皇国でも宗教関係者は尊く賢くしかも偉い人だというのが通り相場。
僻地の村の祭司様とて住民たちの善き牧者として尊敬を集めるものなのだ。
最も、理想と実態の姿はかけ離れている場合も多いが──それは兎も角。
「どうした。さっきからニヤニヤと気持ちの悪い」
「ああいや、少し夢見が悪くって。ハハハ」
「ゲン担ぎは大事だぞ?神様のお告げかも知らん」
「白くて大きい狐が舞い踊りしてただけさ」
「さよか。で、お察しの通り村人どもの様子はやっぱりおかしいわな」
「また露骨に話題を変える。いやまぁ、田舎者だし。戦争中でしょ?」
ウォルが話題を混ぜっ返すと、黒服は歩きながらの思案を始めた。
「一言じゃ説明難しいな……ま、俺の家でとっぷりとな」
「え゛っ、家まで持ってるんですか?」
「ボロいし借家だぞ?修繕で一月以上かかってなァ」
「っていうかさ。今の今まで色々説明しなかったのは何でだ」
「一々全部教える訳ねぇだろ。必要無いから黙ってただけだ」
「この野郎……やっぱテイの良い召使い扱いかよッ。薄々解ってたけど!」
「今後は実戦交えてとっぷり鍛えてやる。精々俺を利用しな」
言って黒服はニヤリと髭面の口角を持ち上げてみせた。
この男、そうではないかと思っていたが油断も隙もあったものではない。
脳裏のメモにそう記載しつつも、ウォルは先の夜の事件を思い出していた。
黒服が人間業と思えない体術武術の持ち主であろう事は確かだが──
「鍛えてアンタみたいに強くなれるかな?」
「百年早ぇよ、がきんちょ。が、運悪く死ねなきゃチャンスはあるさ。
まるでやる気が無かったのによぅ。強くなりたい理由を見つけでもしたのか?」
「かもしれない。少なくとも今のままじゃ──」
「着いたわ」
それまでツクヤの手を引いていたイファが立ち止まり、振り返る。
ウォルには、かの女がどこか緊張した面持ちであるように見えた。
それは古びてはいるが、大きく立派な建物であった。
集落の中心部、城壁のような家々に囲まれた広場にある。
何となく城郭の主塔(キープ)のようにも見えるが、それよりも背が低い。
外観を見る限り住民たちによって日々手入れが行われているようだ。
一行は戸口を潜る。窓が少なく薄暗い内部では無数の蝋燭が灯されていた。
天井には多尾の獣らしき存在を描いた煤けた壁画が全面に施されている。
所々剥がれてはいるが元々は色彩も鮮やかであったに違いあるまい。
壁画には蒼い月と赤い月、真ん中を駆ける多尾の四足獣が描かれている。
三つ子月の一つが無い事からすれば、獣は月の化身か何かだろうか。
それは始点から終点へと巡り、地に沈むとその色を黒く変え、
地平線の下、人の目には見えない地下を潜り再び空へ昇っていく。
日没から夜明けまでの月を神話的に描いた絵物語。
描かれているのはそういう代物だろうか、とウォルは思う。
周りを見回せば他にも月を図式化したような置物だの、
すり減り摩耗したその獣の彫像だのがあちこち置かれている。
どうやら、ここは狐耳たちにとっての聖所か何かであるらしい。
そして、部屋の真ん中には薄ぼんやりとした誰かの輪郭があった。
白髪で、シワだらけの年寄りだ。珍妙な事にやはり狐耳がある。
祭祀服の老人は一行に向き直り、じろりとイファを睨む。
「イファか。良く戻っ──」
突然、老人の目が驚愕で見開かれた。
そのまま、しばし絶句。気まずく、重苦しい空気ばかりが垂れ込める。
やがて老人はツクヤへ歩み寄ると震える手でその頬に触れ、
彼女の頭をゆっくりと、まるで孫娘であるかのように撫でる。
すると、ツクヤはくすぐったそうに眼を細めた。
「その、長老様」
取り残されたイファの狐耳はおろおろ忙しない。
ふさふさの尻尾もしおれてしまっているように見える。
目も合わせられず口籠り、彼女は老人とツクヤを見比べる事しばし。
やっとの事でおずおず歩み寄り、意を決して言葉を続けた。
「元よりお叱りは覚悟しています」
老人はすぐに答えを返さない。
ややあってイファに向き直ると鋭く睨んで顎を摩る。
そこで、話を遮ってロボが口を挟んだ。
「おい、御大さんよ。俺ら黙って待ってりゃいいのか?」
「イファ、貴様と話がある。こちらへ」
「こっちはこっちで話してるぞ。座ったままってのもつまらん」
「勝手にせい」
捨て台詞を残し、老人はイファを引き連れ小部屋へと姿を消した。
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