第17話 もしもの時の西国騎士団!



 唐突ではあるがここで説明を挟もう。

 アーキィ家とは、既知世界では皇国と呼ばれる国の大貴族である。

 代々続く武門としても知られ、血筋は古く国の成立時代にさえ遡る。

 また、貴族たちの中でも最大の規模に類する常備兵を擁しており、

 それを可能とする領地の豊かさと軍事力によって非常に高い評判を得ている。

 尚、余談ながら常雇いの兵とは禄を食んで何も作らない類の連中である。


 閑話休題。

 今現在、アーキィ家にとっての重要事はたった一つ。


「軍の維持費で財政が火の車である。もう少しで灰になってしまいそうだ」


 色鮮やかな装束に包んだ巨漢が、厳かに情けない台詞を切り出した。

 当代のアーキィ伯、キーリィン=アーキィである。

 その差し向かいには十代半ば程の少年が座っている。

 伯は深刻ぶった顔を作ると、少年──息子に向かって重々しく口を開く。


「なので人員整理(リストラ)を行う。ここまでは良いか、トゥルシィ」

「はぁ。解りました、解りましたけど、何で私が領を出る事に?」

「身の安全の確保と、もしもの時の備え──そう不貞腐れるな。

 お前も貴族の子なら次男三男の責務は知っていよう。頭も良いんだから」


 貴族の次男三男は当主やその上の兄弟達の予備である。

 取り繕った威厳はこれまでだと言わんばかりにキィーリンは頬杖をつく。

 一方のトゥルシイは納得できぬと不満げに頬を膨らませていた。


「理解はしますが了解はしません、父さん。それに身の安全って──」

「大人の生臭い話をするのは気が引けていたが、解かったよ。

 政(まつりごと)でな、世間の代替わりの流れに乗ってしまえという訳だ」


 例えば皇国では老皇帝の跡目を争い、門閥貴族が皇子達を担ぎ出す。

 また、西国では騎士団長や枢機卿他、老いた幹部の代替わりも近い。

 権謀術策は雑草のように蔓延り、根も葉もない噂は乱れ飛ぶ惨状だ。

 比較的中央と離れた伯の地でさえ、民草が好き勝手喋る事おびただしい。


 曰く、兄皇子は軍拡派で国威発揚を狙っているだの、

 対抗馬の次男三男は粛軍を目論んで対立を深めているだの、

 そんな事より税金だの労役を減らして欲しいだの──それは兎も角。

 トゥルシィと呼ばれた少年は納得いかぬげに父親に顔を向けた。


「でも……」

「まずは俺の説明を最後まで聞け。そうだな、人員整理と金の話からだ。

 金が無い。正しくは無くなりそうだ。調子にのって兵隊を増やし過ぎた。

 家宰のお墨付きだ。証文を方々突き合わせると、もって二年で金蔵が尽きる」

「は?たった二年!?」

「だから兵を減らす。いい機会であるから、徐々に我が軍そのものも縮める。

 陛下の新軍計画と絡めて画策していてな。だが、ここで問題がある」

「領地持ちの譜代は兎も角、兵たちは絶対受け入れないですよね」

「その通り!下手を打てば盗賊化、悪くすれば徒党を組んでの反乱。

 ここぞとばかりに他家もくちばしを挟んで来るだろう。そうなれば戦争だ」


 実に楽しそうな父親にトゥルシィはあいまいな笑みを浮かべる。

 口では問題と言っても態度が伴っていない。要はどちらでもいいのだろう。

 興が乗れば幾らでも問題を楽しみ始める伯の悪癖であった。

 どうして戦争という野蛮が好きなのか、と少年は疑念を覚えるがしょうがない。

 尚武の家だからだ。戦が無くては存在価値さえ揺らぐ。


「面白くなってきたろう」

「父さん……いえ、閣下。どうにかならないのですか?」

「当然すぐ何とかする。と、言いたい所だが身中の虫も多い。

 だから父さん、先手を打ってお前を安全な人の手に預けておく事にしたんだ」

「あの。その人って、誰ですか?」


 どうも与り知らぬ内に話が進んでいたらしい。とてつもなく嫌な予感がした。

 それを裏付けるように意地悪い笑みを伯は浮かべ、トゥルシィに言う。


「西国騎士団総長殿だ。もうすぐ代替わりで元がつく」

「……え゛っ」

「かの名高い西国最強殿だ。嫌そうな顔をするな。お前も知っているだろう?」

「宗教屋とか退屈で嫌いです。本だって経典と注釈書ばっかり」

「人類圏最強の一人だぞ。西国最強の騎士。心が躍る名文句じゃないか」

「僕は騎士なんかより魔物とか生き物の方が好きなのですが……」

「知っている。けど、お前は剣の才なら兄より上だろう。出稽古とでも思いなさい」

「でも兄さんは僕よりも頭がいい」

「トゥルスィ、拗(す)ねないでおくれ。男の子は騎士になるものだろう?」


 見習い従士となるのは貴族の子弟としては珍しくもない話だ。

 宥めつつ、キーリィンは噛んで含めるように息子へ説明を始めた。

 曰く、彼らは少なくとも当代のアーキィ伯に対しては味方である事。

 その老騎士は多少、少々、いやかなり頑迷ではあるが人徳は確かである事。

 仮に強大な敵と戦う事になっても全滅するまで客人を守るだろう事。


 ──敵だって?出没した不穏な単語に間髪入れずトゥルシィが質問する。

 聞けば、遠方の宣教師からの要望で配下の精鋭を引きつれ東方へ移動中らしい。

 彼が留まっては代替わりの政に差し障る。そういう配慮もあっての事だろうとも。

 ともあれ詳しい事情は解らないが、彼は戦って勝つだろう、と伯は言う。


 どうも知らない間に少年は戦場に向かう事になっていたようだ。

 そこまで聞いて、トゥルシィが見る見る青ざめていく。


「あの、僕ただの子供です。何をどうしろと?」

「何事も社会勉強。顔繫ぎして、五体満足で帰ってくれればそれでいい。

 なぁに、話してみれば気のいい連中だよ。関わり合いになりたくはないが」

「……具体的には?」

「彼らは西国の掲げる異族根絶の体現者達だ。お前の趣味は勿論知っている。

 知っているが、損得抜きで預けられる安全な相手が他に無くてな」

「決めました。僕もこれからは人脈を広げていく事にします」

「前向きなのは大変結構。ま、護衛としてはこれ以上無い連中だ」


 そういう事になった。

 貴族の子弟とは言えど、トゥルスィは成人しておらず家産もないただの子供。

 半人前の未熟者としては、当主が命じれば多少理不尽でも受諾せざるを得ない。

 本当に多少なのだろうか、とただならぬ不安を感じていたとしてもだ。


 繰り返すが、そういう事になった。為にトゥルシィは今馬車に揺られている。

 屋根のついた四頭立ての馬車は物入れや従者でぎゅうぎゅう詰めだ。

 少しでも文化的に、と持ち込んだ私物を眺めつつ思わず溜息がついて出る。

 全く気乗りがしない。やりたくない。だが仕方ない。


 さて。ものの本によれば西国騎士団とは人類種の守護者である。

 魔物は勿論、人間の類縁種すら根絶を目指す熱心と偏狭さで悪名高い。

 北より魔物の脅威があれば隊伍を組んでこれを迎え撃ち、

 東に異属の難民が存在すれば行って全員残らず踏み砕き、

 西に侵入した異種の集落があれば急いでこれを焼き払い、

 皇国を代表とした多種族を抱える国家とは全く話がかみ合わず、

 地上から人類の敵を根絶し、王道楽土を建設したいと念願している。


 閑話休題──そういう連中だとトゥルスィ=アーキィは認識している。

 国内鎮護のみならず積極的に人類への脅威を征伐して回る熱狂的戦士たちだ。

 もし自分が魔物や生物に興味があると知れれば一体全体何をされるか。

 生きて帰れるのだろうか、そんな危惧がトゥルシィの脳裏から離れない。


 やがて馬車が止まる。窓から顔を出すと天幕が立ち並ぶ露営地が見えた。

 修道院の敷地外である事からして、恐らく武装して行軍しているのだろう。

 物々しい前評判の割にはこじんまりとした所帯であった。


 そも、名前が何であれ軍隊も人間の集団である。

 戦闘は勿論、組織として機能するには戦闘要員よりも多くの人員が必要だ。

 翻って辺りを見回す。だが、正規の騎士は二十から三十程度に過ぎず、

 補助兵や世話役らしき人々を含めても五十人ほどしかいない。


 仮にも最強と謳われるにしては、精鋭一小隊にしても少なすぎる。

 アーキィ伯家ですらいざ軍役となれば千程度の兵はポンと出す。

 第一、戦いとは九分九厘が数と策。それらを個の武力で覆すなどおとぎ話だ。

 散々と教え込まれた軍事的常識を思い浮かべつつ、トゥルスィは首を傾げる。

 傾げつつ天幕を潜る。すると屈強な男達が大きな円卓を囲んで勢ぞろいしていた。

 予想に違わず、物々しく異様な雰囲気であった。


「え、ええと。お揃いでお出迎え頂きありがとうございます。ごほん」


 咳払いを一つ。満座の騎士達は高位の者なのか誰も彼も年かさだ。

 頭をつるりと剃り上げた者が居る。騎士と言うよりは山賊めいた男が居る。

 かと思えば鼻筋から額からレンガめいて平らな石像めいた異相の僧侶が居る。

 僧服の一人を除けば誰もが戦装束のままであり、むさくるしいことこの上ない。

 よく言えば個性的、率直には異常なる中高年男性集団と言うべき面々であった。


 トゥルスィは思わず息を呑む。が、従者の手前、主人の威厳は保たねばならぬ。

 異様な雰囲気をまといながらも、黙して語らぬ男達の集団を前にしたとしてもだ。

 成程、確かに関わり合いになりたくない。その面構えを見ただけで解る。

 内心を押し殺し、努めて友好的な笑顔を作ると頭を下げて名乗りを上げた。


「初めまして。私はアーキィ家のトゥルスィと申します。皆さん、よろしく」


 なんとか堪えたのは褒められるべきであろう。騎士達は粛々と次々立ち上がる。

 言葉短かに名乗りを続け、握手だのお辞儀だのをしては再び席に戻る。

 最後に、屈強な顔面をした僧形が朗らかな笑顔でトゥルスィを招いた。


「どうぞこちらへご客人。上座ですよ」

「あの、首座が空なのですが……」

「どうぞどうぞ。皆歓迎してるのですよ」

「その、僕の話を。ですから首座の方は何処に?」


 戸惑うトゥルスィに僧侶がウインクした。まるで意図が解らない。

 薦められるままに席に着くと、それを見計らって男達が一斉に起立した。

 一糸乱れず勢いよく。実に良く訓練され、統率された集団行動である。


「諸君、客人の歓迎だ。騎士団名物のアレをやるぞ!」

「ああ、アレですか。いいですね、いいですとも!」

「あの。だから僕の話を……」


 トゥルシィの訴えに騎士達は取り合わない。

 直後、突如興奮し始めた男達は直立不動のまま声も枯れよと大絶叫を開始する。

 半ば戦場のウォークライじみており、気の弱い者ならば眩暈さえ覚えたろう。

 実際、トゥルスィは余りの声量に頭痛を感じはじめていた。


「諸君らに問う!我々は何ぞや!西国騎士とは何ぞや!」

「西国騎士団が大原則一ォつ!騎士は人を扶(たす)けなければならない!」

「二ぁつ!我ら日々祈りて鍛え、感謝し鍛え!たゆまぬ戦いに備えなければならない!」

「三ぃつ!身命全ては人の勝利の為に!世界あまねく人間守護の宿願の為に!」

「騎士の武器は三つ!熱誠!信仰心!正義!意志力!」

「我らこそは、あらゆる脅威を睥睨する人類の武装せる腕(かいな)である!」


 ──何が三つだ!?四つじゃないか!!訴訟の準備はまだか!?

 遥か彼方のアーキィ伯領辺りからそんな思念が届くのをトゥルスィは感じた。

 感じていたが、領主裁判権は領外に及ばない。況や異国の人々に対してをや。

 つまりは勢いよく明後日の方向に驀進する中高年らに引き摺られるしかない。


 まるで意味が解らない、それがトゥルシイ少年の脳裏に過った感想であった。

 なんだこれは!?と当然の疑問も生じるが状況は全く停止しない。

 騎士らの拍手の鳴り響く中、横合いから天幕を突き破って現れた人影があった。

 堂々たる突入者は老いてなお巨躯の偉丈夫だ。銀のような頭髪を見事に撫で付け、

 鎧下を着込んで尚、山脈のように盛り上がったその筋骨は実に逞しい。


 やんややんやの拍手喝采が彼を出迎える。騎士共は杯を持ち上げ大盛り上がりだ。

 恐らくは前もって来客を聞きつけて周到に準備を重ねていたのかもしれない。

 有難迷惑という言葉に足が生えて歩き出したかのような状況だ。


「聞かせて貰った!まさかの時の西国騎士団!総長のインティス=メックトである!!」

 

 インティス=メックト、即ち西国最強は実に愉快そうな様子でそう叫んだ。

 尚、西国においては騎士団総長とは軍事部門における頂点だ。

 そして西国最強とは西国騎士団最強の戦士であり、現人類圏最強の一人である。



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