第11話 白兵戦は彼女の成長と共に



「時ィ今!全門斉射!撃てェッ!」


 ソーリアの号令に次々復唱が返り、続いて火器が火を噴く。

 轟音と男共の返答が混ざり合い、ウォークライが海上に響く。

 そこに苦痛に満ちた絶叫と言う不協和音が混ざる

 伸びた鎌首が砲撃と同時に海賊に頭から食いついたのだ。


 直後、血風と砕けた肉片を撒き散らしながら一方の海蛇が沈んでいく。

 しかし、もう一匹は矢玉を受け、爬虫類の冷血を流しながらも至って健在。

 痛みに突き動かされるまま元気よく甲板上での大暴れを決め込んでいる様子だ。

 ウォルがしゃっくりのように悲鳴を飲み込んだと同時に、

 操舵席からすっ飛んで来た投げ斧が小気味よい音を立て蛇に命中。


 腕まくりし、ぐりぐり肩を回しながらソーリアが斧を手に取る。

 そして彼は「ゴロツキ諸君!白兵準備!」と大喝した。

 砲に取り付いていた海賊たちが最早無用とばかりに斧や槍に武器を持ち変える。

 船上は既に最前線。ならば海の男がやる事は一つ──ご機嫌な雄叫び!


「野郎共ォ!戦士の仕事は何だ!!」

「戦争!戦争!戦争!」

「忌々しい怪物が俺達を嘲笑ってるぞぉ!どうしたい!」

「殺せ!殺せ!殺せ!今夜の飯は蛇スープだ!俺達向けのご馳走だ!」

「よっしゃぁ元気万全百点万点!流石は海の男の子!行くぞォ!」


 余談ながら。東方の地では魔物食が食文化として定着している。

 大海蛇も獲物の範疇であり、干し肉にしたり焼いたり、煮込んで食用とする。

 東方即ち蛮地との評はこう言った点にも原因があるのは言うまでもない。

 ウォルは海賊共の雄叫びに引き攣った笑みを浮かべていた。


「アレが旨い……のか?まさか、ホントに?」

「へびさんおいしいの?」

「腹壊すかもしれないし食べたくないよ。いや、スープって?何で汁物?」

「骨っぽいが食える。けど、あの手の海蛇は牙に毒があってな。

 うっかり噛まれたらすぐに死ねるからそのつもりで頑張れ」


 言葉の通り、食いつかれていた海賊が痙攣の後に動かなくなる。

 思わずかっと目を見開き、真顔でその光景を凝視するウォル。

 が、ロボは構わずに気楽げな調子で説明を続ける。


「下手すっとあの通りだ」

「どどどどうしよう。ぼ、僕一体全体どうすれば……」

「観察力と臆病さが持ち味だろ?深呼吸してみろ」


 深呼吸。吸って、吐いて──ウォルの前方でソーリアが蛇を丸太で張り倒す。

 思わず噴き出す少年。そのまま前のめりになって咳き込む彼を他所に、

 のっぽの海賊は返す丸太をまたも蛇の横面に叩きつけた。

 血飛沫と肉片が飛び散り、甲板上を汚していく。


「流石丸太だ!デカくて重けりゃ何にでも効くゥ!」

「困った時の力任せ。オヤジ、少し頭を使ったら?」

「兜の角は飾りだ!頭突きとかお父さんを牛頭人と一緒にしちゃいかんゾォ」

「違う、そうじゃない」


 化け物相手に白兵を挑むのは無茶と思えるがさにあらず。

 図太い丸太を平然と振り回すソーリアは勿論の事、他の連中も

 槍だの何だの大海蛇に傷を負わせ、注意を逸らせるのに余念が無い。

 ウォルなど、信じられないものを見せられている気分で一杯だ。


「うわぁ……本当にあの化け物と戦ってる」

「で、ウォルよお前はどう見立てる」

「今の流れは囲んで叩いて弱らせて……ん?これは」

「手投げ弾だな。使い方知ってるか?」


 そう言って黒服が示したのは掌にすっぽり収まる黒い鉄の玉だ。

 如何にも着火してくださいとばかりに火縄が伸びている。

 ロボは大蛇目掛け投げつけるような所作をし、説明を続ける。


「火縄の速度には個体差があるし、見ての通り音と光のコケ脅し──」

「これだぁッ!火薬、火薬だよねコレ!凄く火薬だよね!?」

「お、おう。黒いアレだな。それで?」

「口の中から爆破してやる!」

「どうすんだウォル坊」

「ランタン下さい!化け物でも大砲で殺せるなら!」


 閃いた勢いか、それとも単なる自暴自棄(やけくそ)か。

 ウォルは手りゅう弾を持ち、黒服からランタンを引っ掴むと走り出した。

 前方には大蛇に食いつかれる寸前でその顎を捕まえ押さえつけるソーリア。

 驚くべき事に大蛇の顎を素手で受け止め力比べにもつれ込んでいる大男は、

 ウォルに一瞬驚くも、余裕は無いらしく青筋を浮かべて叫んだ。


「オイコラクソコラ坊主!俺様は今忙し──そうか!頭いいなお前ッ!」

「ご注文は火薬ですね!しっかり噛んで美味しく味わえ!!」


 直後に着火、投擲。意図を察したソーリアが万力のような馬鹿力で

 手りゅう弾を投げ込んだ大蛇の口を無理矢理に閉じる。

 幾ら常識外の生物と言えど喉元での爆圧に対処するような肉体は持たない。

 閃光と爆音が響き、衝撃に耐えかねたか血飛沫と共に目玉が眼窩から吹き出る。

 だが──しぶとくも大海蛇は死んでいない。


 その時。

 裂帛の気合にウォルが振り向くと両手で剣を担いだ海賊の娘が居た。

 猛然とソーリア目掛け、全身全霊で駆けて来る。

 何事かと糺す暇も無い。海賊娘は父親の背を踏み、その肩を蹴ると、

 逆手に刃を構え、弓のように身体を逸らせ、蛇目掛けて跳躍した。


 果たして。跳んだ娘は大海蛇の眼窩にちっぽけな剣を思い切り捩じ込む。

 苦悶に身もだえする大蛇は嵐に荒れ狂うロープのようではあるが、

 海の民にそんなものは日常茶飯事だ。捩じ込み、血みどろに染まる。

 海賊娘は敵の息の根を止めんと刃の柄に力を込め、捻る。


 やがて、糸が切れたように巨大な蛇が轟音を立て甲板上に倒れ込んだ。

 脳味噌をかき回されて生きていられる生物など存在しないのだ。

 勢い余ってボールのように跳ね跳んだ娘を抱き留めたのはやはり父親だ。

 彼は、殺しの処女を捨てた娘の勲(いきおし)を喜び、満面の笑みで叫ぶ。


「ウィーアー大勝利ィ!!でかした娘よ、今晩は新鮮な蛇肉だ!」

「……」


 ソーリアは娘の成長に機嫌よく雄叫びを上げて喜び、

 一方の娘もまた父からの賞賛に誇らしげな笑みを浮かべていた。


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