第12話 君も海賊にならないか?
戦い終わって日が暮れて。海蛇の加工に忙しい海賊たちを他所に、
やおら仕事終わりの一杯をのっぽの海賊は決め込んでいた。
ビールで喉を潤しつつ、赤毛のウォルに向き直ってソーリアは一言。
「どうだ坊主。お前も俺の船で働かないか?」
「嫌です」
にべもない即答であった。ウォルは強張った真顔である。
のっぽは更に一杯重ねる。そして、お前もどうだと酒を突き出して続ける。
即座に断られて杯を弄び、夕映えの明かりを楽しんだ後、再び。
「海賊暮らしはいいぞー、気楽で。夢があって。自由で」
「だからお断りします。僕の先約知ってますよね」
「不自由から逃亡しねぇのか?ありゃ理不尽の域だろ。
こっちは気楽で解りやすい。勝って奪えばそれでいい。
説明しない雇い主もいない。訳の分からん理屈もない。
実に単純愉快だ。しかも戦って死んだら天使の送迎がつくゾ」
「さっき欠員が出たからでしょーが。僕ぁ雇い主の陰謀には詳しいんだ」
「まぁ実際そうだがね。冒険者君、俺様の親切心でもある訳さ。
お前さんの心の舳先は今何処に向いている?引き返すなら早い方がいいぞ」
「一つ、気になってた事があるんだけど」
「質問を許可してやる。舳先の件は宿題だ」
「何で戦士って強くなろうとするんですか?」
「そりゃお前、戦士は戦士だからだよ。いいかぁ──」
曰く、殺しや略奪はすればするほど金になるし楽しい。
また、他者の命は個人に魂の力として蓄積されると知られている。
戦えば戦うほどに人は強くなる。だから俺は戦うとのっぽは言う。
彼の異様な怪力、恐るべき頑強さはその賜物でもあるのだろう。
ただ、それだけでは長生き出来ないとも彼は続ける。
同じような輩は数多おり、互いに命を狙っているから一党が必要らしい。
お上や領主の目も厳しく、単純に個として強いだけでは生きていけない。
何よりも海賊の頭目としての責任の為、仲間の為。
愛する妻や娘の為に殺し、強くなり続ける事を求めるのだという。
その道を長く続けられる者も少ないとなれば、割に合わない話に思える。
腕っぷしが強くとも人の心は脆く弱く、時や自然は何処までも無慈悲だ。
例えば老いて、或いは幾重にも囲まれ勇士も何時かは死するに違いないだろう。
そんなウォルの問いをソーリアは笑いをかみ殺しながら聞いていた。
「限界ってあるじゃないか。死んだら終わりじゃん」
「若いなァ。確かに死ねばそれまで……そんな事ぁ、別にどうでもいいのよ。
何事も限界はある。だがその向こう、その続きもある訳だ。
知ってるか。俺たち海賊でもな、魔物が危なくって遠くの沖にゃ行けんのよ」
人間は水中の生物ではない。が、自然はそんな都合など酌んでくれない。
新式船と言えど所詮は組木細工。穴が開けば沈み、大波に揺れれば倒れる。
航海中に出くわした魔物や脅威も何度かは退ける事も出来るだろう。
だが、戦えばその都度物資も乗員もすり減っていくのが道理だ。
寄港しない長期航海となれば物資も尽き果て海の藻屑となり果てる。
為に、遠洋目指した船乗りで帰って来たものは未だ一人もいないらしい。
そう、たったの一人たりともだ、とのっぽは強調してみせた。
つまり船乗りたちなぞ所詮は蒼く白いヴェールの上をたゆたう木っ端の類。
海原の機嫌一つであっという間に水底へ。板一枚下には地獄が広がっている。
人はまだ海の彼方にさえ行けないのだ、とソーリアは笑い飛ばす。
「だが、海は人の理を越え続いてる。俺たちも続く。子らからまたその子らへ。
馬鹿共が果てを目指すうちに、何時か誰かが今の不可能を乗り越えるだろう」
そして、今は不可能だとしてそれがどうした、と喝破する。
酔いに任せての物言いはもつれるような調子だ。
船乗りは未知へと進む人類の先駆者であるには違いない。
現実を前に諦める者ばかりではない。憧れを捨て去る男だけではない。
財貨を集め、人を募り、無数の失敗と僅かの成果を積み上げた果ての果て。
ガラクタや瓦礫、砕けた木々を積み上げた丘の上。見果てぬ航路はそこに在る。
白い渡り鳥が嵐の彼方を目指すように、のっぽは彼方の海を見ていた。
船乗りとしてのソーリアは未だ見果てぬ航路の先を夢見ているに違いあるまい。
だが、唐突にウォルに向き直ると前のめりになって語り出す。
「それに俺様とて人のナリをしてるだけの稲妻や生ける嵐じゃねーよ」
「……つまり?」
「限界は魂を積み上げて越えるものだろ?置き所とその用い方が問題なんだよ。
戦、船、行きて帰りてまた進む。その全てが戦士のまことさね。
それはそれとして俺ぁアホだからまだまだ死ぬまで戦いたい。お解り?」
そして死ねば後継ぎに託す。戦に生まれ、海の上に生き、託して死ぬのだ。
彼なりの理想を込め、我が子の先刻の手柄を自慢するような声だった。
ふとウォルはひっかかりを覚える。人は生き物を殺すほど強くなると言う。
ならば、あの黒衣はどれ程の魂を今まで積み上げて来たのだろうか、と。
「じゃあ、あの変な黒いのは?」
「黒ん坊かぁ……あいつなぁ。おそらく超強いぜ?見た事はないけどな。
俺様が知ってる中でも断トツだろう。が、あいつは決して戦士じゃねぇ。
ひょっと誰かですらねぇ。まるで一匹きりのワタリガラス──」
曰く、船乗りの迷信によれば孤独なワタリガラスは死といくさを運ぶ者。
世界を回り、知識と情報を集め己の主に手渡す神の使い。
策を巡らせ世を謀る一柱、古く黒い蛇に仕える者なのだと言う。
成程。謎だらけのあの黒い男には似つかわしい尾ひれであった。
実際、そのように自称すれば思わず信じてしまう者さえいるだろう。
だが所詮は迷信。恐らくは先人の大嘘だとソーリアは言った。
「訳が解からない」
「俺様も上手く言葉に出来ん。が、戦士としてのカンとでも思いねえ。
さぁて、お前どうするね。若く幼いウォル=ピットベッカー君?」
「その胡散臭い男から僕が逃げられないと解ってる癖に」
「当たり前だろ。立場からは逃げられんもんさ」
面白げにソーリアは言う。相手の答えを待つ構えだ。
ウォルは、顔を上げるとはっきりとした口調で答える。
「ツクヤと一緒に行くよ。船乗りにはならない」
──あなたの娘さんのようには、僕は戦士にはなれない。その言葉を飲み込む。
第一、どうにも危なっかしいツクヤをほったらかしで逃げる訳にもいくまい。
毒食らわば皿まで。ここで投げ出しては一生涯の心残りだ。
少年の返答をどう受け取ったのかソーリアはくくくと笑い出す。
「あらぁ、やっぱフラれたか。そりゃあねぇ」
「今度はあっさり引き下がるじゃない」
「馬に蹴られるようなヤボじゃねぇよ。邪魔をして敵を増やしてもなァ」
「そうやってぇ!人の心を決めてかかる!だから大人は嫌いなんだよ!」
「おお、照れ隠し照れ隠し。元気が出たじゃねぇのボーイ」
「チェッ!面倒なのはあいつ等だけで十分だ!」
「お前なりに世界に思いっきりぶつかってみるんだな若人。
飽きるまでやってりゃ見えてくるものだってあらぁ。んじゃま」
俺はもう寝るぞ、と大男は一方的に会話を打ち切って船室にのしのし歩いていく。
今晩は近くの浅瀬で夜を明かすらしい。海賊たちがその準備に動き始めていた。
──僕ぁ、一体全体どうするべきなんだろうか。
ウォルは胸中でひとりごつ。思えばここまで全てが成り行きまかせだ。
結局のところ、自分は何がしたいのか。これから何が欲しいのか。
ちっぽけな自問を迎えてくれるのは暮れ時の海鳥たちだけだった。
Next
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます