第9話 凪の入り江は茜に暮れて



 海賊とて商いをする以上、人や物を運ぶのも仕事の内だ。

 だが、ソーリアなる巨漢率いる一団については少々事情が異なるようだ。

 入り江の根城で海賊らの荷運びを行いつつ、ウォルは周囲を観察していた。

 意外なことに少年たちの他にも旅人らしき姿がちらほらと見える。


 ロボ曰く、この手の海賊船に同乗するのが一番らしい。

 安全な船旅には地理、海路の外に魔物の生息域や海流の把握が不可欠だが、

 日々移動する怪物を掻い潜っての安全航海は土地の海賊の専売特許だと言う。

 金さえ払えば安全、となれば勢い商売にもなる訳だ。


「あー落ち付く……海賊と言うより武装商船じゃないか」

「実際似たようなもんさ。オイ、それはこっちに置け小ぞ──いやウォル」

「でも面白い話。僕ぁ、海賊って奪って殺して酒飲んで寝てるだけだと」

「親分は戦争の方が好きみたいだけどな。陸の連中と殴り合いは実際しんどい。

 船乗り稼業が俺は好きだ。風が気持ちいいし、感謝もされてモテる」

「人間真面目が一番ですよね。ああ、普段通りで凄く落ち付く……」

「冒険者と言いつつひょっとして荷役かー」

「皇国の都で何年もくたびれて。そっちは?」

「漁村の哀れな出稼ぎヨ。同病相憐れむだなぁ」


 聞けば、一般的なイメージは単なる誇張らしい。

 郷里においては農夫や漁師。船に乗れば船乗り、かつ冒険する商人でもある。

 海賊行為はそれらのついでにやる出稼ぎ仕事の一つなのだと言う。

 世界は広い。草深い田舎出の少年には想像もできない暮らしだった。


「おいコラァ!カタギさんに手伝って貰ってなんだその無駄口は!」

「のっぽさんのっぽさん。お荷物ここでだいじょぶ?」

「おうおう、ツクヤちゃんは働き者でカワイイな」

「オヤジ、何でその子には甘い」

「純粋に可愛がれて、親の責任が無いから。お前とは違うのよ。お解り?」

「解かるかよ。何時か絶対に取って変わってやるからな」

「あらやだ反抗期?んもー、お父ちゃん困っちゃーう」

「お前と喋る前と後にクソって付けたい。凄く」


 不貞腐れる娘にくねくねしていた巨漢はばつが悪そうに頭を掻いた。

 向き直って目線の高さを娘に合わせると、半ば睨むような目で言う。


「あのな。いいかぁ、お前はチビでひ弱な女の癖に戦士になりたいんだろう。

 なら、戦士らしく強く在れ。殺されかけたその時、親父様が隣にいるとも限らん。

 だから、お前は俺様に勝てるぐらい強くなれ。イキってるだけじゃダメだぞ?」

「俺は絶対強くなる。その時はお前にだって勝つ」

「はっはは素直でよろしい。その時が楽しみだ、俺のお嬢様。……オッ、来たか」


 荷積みをしていたボートの沖合に、三角帆を張った大きい船が見えた。

 海賊船らしからぬ立派さで、港で見かけるはしけやボートよりずっと大きい。

 カラベル船という最新式だぜ、と荷役人足が自慢げに笑って言う。

 小回りが効き、逆風でも進め、荷も詰めて頑丈、と至れり尽くせりの性能らしい。

 黒く塗り潰されたどこぞの紋章に目を瞑れば幸先の良い船旅となりそうだ。


 荷運び同士の雑談は続く。曰く、確かに俺達は略奪もする。するが良い事もする。

 比較的マトモで邪悪ではない海賊だと人足は訳の分からない弁解を始めた。

 すぐに切って捨てたい所ではあるが、それなり以上に理由もあるらしい。


 まず、陸路以上に海上交通の安全確保には莫大な金がかかる。

 だから僅かな海洋国以外では事実上海の上には国法と統治が及ばない。

 結果、代々の海賊稼業が海の上の豪族同然に振る舞っているのだと言う。

 当然、豪族であるからには諸々の責務も同時について回るという訳だ。

 海上の領主のようなものか、とウォルは想像の翼を広げていた。


「ロボとイファの人となりとか、東の土地について何か知らない?」

「突拍子もないな。お前のが良く知ってるだろ」

「いや、全然。僕単なる下働き。奴らの仲間じゃないよ」

「そうか。じゃあ俺とは同じ人足の縁って事で頼むわ」

「ありがとう。目を閉じて耳を塞いでると酷い目に合うから助かる」


 筋を伸ばし、体をほぐしつつ人足は話を拵えているようだった。

 単純作業が続く退屈の最中では、うろんな与太話は格好の暇潰しなのだ。

 あの両名は麗しの女性とお供の謎めいた黒い男に見えなくもなかろう。

 ならば少年は物語の主役らに振り回される道化──それはさておき。


 結論から言うと、狐耳と黒服について大した情報は無かった。

 東方についてもあらかた既知であったが、幾つかは興味深いものもある。

 曰く、統一国家は不在ではあるものの、有力氏族は幾つか存在するらしい。

 更に、最近になって西方から宣教士団も派遣され始めたと──実にカオスだ。

 宗教から法律から全部グダグダじゃないかと魂消つつも少年は問い返した。


「探せばきっと、多分いい所もあるんじゃないの。こう、少しぐらいは」

「知り合いは居るけど、よく村が焼けて」

「東にまともな人間って居ないんですか……?」

「その人間が徒党を組んで村を焼く。東あるある」

「凄く不安だ。不安しかない。けど──」


 改めてウォルは周囲を眺める。


「改めて、随分と古い型のボートが多い。あ、苔が詰めてある」

「オッ、解ってくれるか。ロングシップを弄ったんだよ」

「海賊船を!へぇー」

「爺さんの代からあちこち修理しては使い古したオンボロでなぁ。

 今じゃでっかい船が主役だが、まだまだ現役で頑張ってくれる」


 万事古いものを最後まで大切に使う結果が時代錯誤なチグハグらしい。

 それでも不格好な取り合わせの自覚はあるのか、冗談めかして若者は言う。

 しかし、ウォルにはそんな彼の姿が何故か眩しくも見えた。


 ──里心でもついたのかしらん。ウォルは内心首を捻る。

 最後の荷物をボートに積み込むと、汗を拭って体を起こした。

 確かに、誰しも故郷はある。自分とは場所が違うだけだ。

 最も、土地が異なるのだから愛着の現れ方は千差万別なのだろう。


 とっくに故郷など投げ捨てた筈の自分にもそんな部分はあるのだろうか。

 行く先も定かでない海賊船を前にウォルは自問し──頭を振る。

 昔は昔、今は今。放浪者となり果てようと生きねばならない。


 一方、入り江の波は絶えず打ち寄せ何時までも終わる事を知らない。

 白い鴎が海風に乗り、夕暮れ時の雲に向けて飛ぶ姿が遠く見えた。



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