第8話 夏の嵐
彼ら海賊とは船乗りであり、商人や農民でもあり、そして戦士である。
だから今から喧嘩をしよう。そう、気晴らしと楽しみの為に喧嘩をしよう。
戦列の男共まで盾を叩いてはやし立て、黒服は我関せずとのっぽと話し込む始末。
そういう訳で、ウォルは小柄な戦士に申し込まれた決闘を断れなかった。
「ドリンクユアスカーーール!」(意訳:お前の頭蓋骨で飲み会だ!)
「ひぃっ!助けて!こいつに命を狙われてる!」
双方真剣である。慈悲は無い。
借り物のラウンドシールドの陰に隠れつつ、ウォルは情けない悲鳴を上げた。
相手は荒布重ねのジャケットに重そうな海賊兜を被っている。
鎖のマスクまで付け、表情もうかがえない念の入りようだ。
対するウォルは緑っぽい平服に円形盾、片手剣という軽装である。
武装からして対等とは言い難く、訓練は未だに付け焼き刃だ。
衆人環視の最中、降って沸いた死の恐怖に自然と口が半笑いの形に歪む。
敵もまずは様子見の姿勢か。盾を構えたままにじり寄って来る。
「落ち着けよーウォル坊。きちんと相手の動き見ねぇと死だぞー」
「頑張れ赤毛の若者!今夜はお前でパーティーだ!」
「ダァーイ!!」
「どいつもこいつも好き勝手ばかりを!!」
「今死ねと言った!すぐ死ね!」
次の瞬間、ウォル目掛けて逆水平に剣戟が走る。
とっさに盾で防ぐ。更に一度、二度、三度とやたら滅法殴りつけてくる。
打ち込みの騒音に顔をしかめながら、はてと少年は内心で首を捻る。
勢いこそあるものの、余りにも非力な打ち込みに感じられたからだ。
身を屈め、盾を肩に背負い、突き上げるように海賊を押し出す。
はて、と再び少年は首を傾げた。あっさり押されて敵はたたらを踏んでいる。
屈強な戦士にしては妙に軽い。妙なチグハグがある。
防戦一方の展開ながら、ウォルは何処か余裕を感じていた。
「逃げてばっかだと勝てないぞー?」
「うるさい黒ん坊!僕ぁこんなもの使った事が無いんだ!」
「おチビちゃんめ。あれ程出来ない事はやるなと言うたに。後で再訓練だ」
「出来の悪い生徒を持つとお互い大変だな?」
「無理矢理くっついて来たんだぞ?そもそも船に……まぁいい。
仮だろうがヒヨコだろうが戦士は戦士。死んでもそれまでの話だ」
好き勝手放題のたまう男二人。何やら異国の罵倒も飛び交う。
盾の林の戦士達はにやにやし、ツクヤなどその隙間をぴょんぴょんしている。
少年も薄々感じてはいたけれども、すっかり見世物同然である。
ソーリアが嘆かわしいとばかりにため息を吐いた。
「憧れで才の無さは埋められんねぇ。どう思いますか。解説の黒夫さん」
「このまま両者とも体力切れだろ。しょーもない泥仕合になるぞ」
「泥仕合はつまらないですからね。以上解説席からお送りしました」
「だからっ、好き勝手ばっかり言うなぁーーーッ!!」
「──ッ!」
盾で剣戟を滑らせ、態勢を崩した敵の頭にウォルの剣戟が飛ぶ。
が、剣は重くその振りは鈍い。切っ先が兜に引っかかり音を立てる。
その瞬間、ウォルは重い武器を投げ捨て海賊目掛けて飛び掛かった。
海賊が対応するよりも早く抱き着きまがいに相手を抑え込み、押し倒す。
体格、体重で勝る以上やれる筈──海賊の兜がその拍子で外れる。
現れたのは金髪を男のように刈り込んだ少女の顔だった。
「……」
「……」
眼と眼が合う瞬間ダメだと気付いた。凍り付いたような時が過ぎる。
顔を見合わせていると、見る見る娘の顔が歪んでいくのが解かる。
どう見ても友好的ではない。殺意すら籠っている。
「お、お、女の人じゃないか!どうしてこんな!馬鹿、馬鹿、変態!」
「シィィィッ……よくもよくもハジを」
「ソーリア様が一つ良い事教えてやる。戦士に男も女もねぇんだよ。
強い奴がいっちばん偉い。そういう文化でな。頑張れ少年!」
「何それ野蛮!?」
「オレサマオマエマルカジリ」
「うわーっ!」
首筋狙いの噛みつきを紙一重で避けて転がり、跳ね起きる。
武器を拾い上げ、海賊が再び構える。同じ手は二度通用するまい。
相手は重装だ。打ち合いは危険。どうする、とウォルは己に問うた。
うん無理。もう逃げよう。瞬時に身も蓋も無い結論であった。
「ダーイ!」
「決闘じゃない!決闘じゃないから逃げても大丈夫!」
「決闘だ!待てこの臆病者!弱虫!逃げ虫!童貞野郎!」
「泣いてない!僕は今泣いてないもん!これは心の汗だ!」
「もう弱点見抜いた。黒んぼや。あの赤毛、目が良いな」
「その代わり腰抜けだがね」
罵倒を背を向け、涙を堪えながら逃げ回る少年であった。
忍従我慢で走る事ことしばし。盾を拾ってウォルは突如振り返る。
やはり読み通り。重装備の娘は早くも息切れし、体力切れの様子だ。
情けないのは承知の上の逃走劇を切り上げ、とって帰って走り込む。
「もうどうにでもなーーーれーーーーッ!」
絶叫と共に盾を構えたウォルのぶちかましが直撃する。
身構えた相手はそれだけでは崩れず盾の押し付け合いにもつれ込む。
らちが明かないと思ったか、相手が剣を両手に持ち直した。
盾に刃が深く食い込むのに合わせ、押し込みながらウォルは叫ぶ。
「バーカ!盾捨てたら負け犬だバーカ!」
のっぽが手で顔を覆う。黒服は呆れたように肩を落とす。
実に残念な語彙力だ。が、悲しんでいる暇もない。盾を掴んでいた手を自ら離す。
──重りつきの剣は振るえまい!ウォルは相手の腕をとる。
故事に曰く、盾を捨てると大変不利。実際その通りであった。
足払いに合わせて思い切り投げ飛ばす。剣が落ちる音が響く。
そのまま大の字に海賊少女が倒れた。決着がついたらしい。
「終わった……のか?」
喚きつつ暴れる海賊娘を抑え込んでいると、大男が歩いてくる。
「はい、終わりだ終わり。出航前にいい余興だった赤毛君」
「あっはい。ありがとうございます。ええと、彼女は?」
「俺の娘だ。何だその目。止めたんだぞ。女の船乗り縁起悪いし」
「もういいです。殺されかけても過ぎた事過ぎた事。大丈夫ですかぐふぇ!?」
「お前!次は絶対にオレが雪辱晴らす!その首洗って待ってろ!」
「会う女会う女が僕に敵意を向けてくるよォ……なんでどうして」
「うぉる。うぉる。立って立って」
引き起こされ、ウォルは弱弱しく笑みを浮かべた。
「ありがと……げほげほっ。ああ、うん。僕は大丈夫だから」
「ね、ね。ぎゅっとするね。いたいのいたいのとんでけー!」
ウォルの手を握り、同じ台詞をツクヤは繰り返した。
気休めなりに効き目はあるのか、すぐに痛みが引いて来た。
そして気づく。どうも周囲の様子がおかしい。
海賊共は黒服と商談をしているし、イファは麦わらの山に投げ込まれている。
「一体全体何がどうなってんだ……?」
「連中と船旅って事だ、ウォル坊、とっとと支度しな」
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