第7話 コルセア!!コルセア……?



「愚痴が終わりそうもないから逃げて来た。ほら、ツクヤこっち」

「緊張の糸が切れたんだろ。かなり無理してたからな」

「知らないよ。許すかどうか決めるの僕だからな」

「へいへい。にしても随分くたびれてるじゃねーか」

「その原因が何を言う。全身が痛くて痛くて」

「重要な事だぞ。痛みや危機感無くなったら死が近いからな」


 黒服は笑うが、ウォルとしては簡単には納得できない。

 第一、身寄りもない細民としては妙な親切心ほど疑わしいものはない。

 故地でも親族はそこらの貧乏人をそのように扱っていたし、

 都の生活においても旨い話に飛びついた同輩から姿を消していたものだ。


「やっぱ薄気味悪い程世話焼きだな、アンタ」

「ちょいとばかし戦場にも出てもらうからな」

「は……?いや待って。戦?僕そんな話聞いてない」

「そら話してなかったもの。もちろん聞きたいだろ?」

「アカン。現実から目を逸らしたら死ぬ奴だ……」

「飲み込みが速ぇ。素直でよろしい」


 ちら、と一瞬だけ黒帽子の四白眼がウォルへ向く。

 数瞬ほど過ぎ、ロボはゆるゆると説明を始めた。

 曰く、イファを始めとした狐耳どもの因習深い郷里が原因だという。

 ウォルには全く理解不能なのであるが、狐耳の異教徒たちは

 何十年かに一度程度の頻度で崇拝する神を地上に降ろすそうだ。


 単なる宗教儀礼なら放置すればいいだろうと思いきや、さにあらず。

 先祖の報いで周辺諸族から盛大に恨まれ、また勢力が衰微した事もあり、

 好機とばかりに蛮族共がひっきりなしに郎党を率いて襲い掛かって来る。

 その騒ぎの中で用心棒として雇われたのが自分だと黒服の男は述べた。


 まとめると、神事の隙を突かれて小さな戦争が起きた。

 罰当たりの蛮族共を叩きのめしに行くからお前も兵士になれ。

 そういう事を黒服は少年に伝えたいらしい。


「まぁ、敵さんだって信仰上の問題だのそんな目的だけじゃねぇ。

 本音は捕虜やら、金、後は何か使えそうなものや土地を奪え、だ。

 狐耳は美男美女ばかりでなー。それ目当ての変態も多いんだよ」


 ちら、と傍らのツクヤをウォルは眺め、すぐに顔を逸らす。

 胸の悪くなるような話だが、金の話と思えば理解出来なくはない。

 つまりはこうだ。恨みが晴れて財貨も手に入る。自分達の敵も消える。

 考え直す理由が無ければ攻めよせる手合いだって現れよう。


「でも戦争なんて……物騒っていうか、僕そんな。いやその」

「人手不足が酷くてな。もう全然手が回らんのよ」


 聞けば、外様の味方は殆どが尻馬に乗った烏合の衆。

 性根たるや単なる火事場泥棒同然で──つまりアテにできないらしい。

 多少は信頼できて事情に明るい身内が一人でも大勢欲しいのだ。

 色々と他所に知られたくないお家事情も多いからな、と黒服は言った。


「雑用だろうが使えそうな奴は少しでも多い方が良い。やってくれるな?」

「だからか……だからかーーーっ!?なんか妙に親切だと思ってたら!」

「俺の都合はこんなモンだ。他に何かあるか」

「アンタら何でわざわざ都に?」

「大事だったんだよ。詳しい事ぁ依頼人の都合で言えねぇけど」

「一月以上もほっぽりだすとか、それ本当に大丈夫なんでしょうか」

「狐耳どもの拠点は天然の要害だ。まず大事はねぇさ」

「読み物以外で初めてその単語聞いた」


 軽い調子で続ける黒服に反し、ウォルの顔は暗い。

 とんでもない連中と関わりを持ってしまったが今更もう遅い。

 ええい、毒食わば皿までと少年はかねてからの疑問を問いかけた。


「更に聞きたいんだけど。ツクヤって一体何者さ?」

「言えん。察してくれ。まぁ、詳しくはその内にな」

「知られたら都合が悪いと。……誰にとって?」

「俺とお前とお嬢ら狐耳ども。三方丸損。まぁ厄ネタって奴だよ。

 突然の転移は手順ミスとしても、お前のしでかしは全くの想定外でなァ」

「おい!聞かない方がいい事喋って共犯にしようとしただろ!」

「バレたか。ま、色々面倒の多い娘だが、大切にしてやれよ」

「そりゃあ、僕だって男だし。でもツクヤってああだし」

「偏見だぞ失礼だゾ。女の子ってな短い時間でアッ、てぇほど変わるモンだ。

 一夏の大冒険だろ。颯爽たる冒険者だろ。そらもうチャンスはある、チャンスは」


 わははと愉快げに男は笑いつつ、傍らのツクヤを横目に眺めた。

 退屈しのぎのホラ話には違いないが、からかわれるウォルとしては面白くもない。


「何でそうなる!オッサン、見合い好きのババアかよッ!」

「いいかー、他人の色恋沙汰ってのは楽しむもんだゾ。旅のスパイスだ」

「グーで思いっきり殴っていい?」

「おう。当てれるならやってみな。何時でもいいぜ」

「……ハァ。何であんな事しちゃったんだろ、僕」

「若さ故の間違いって奴だな。……む」


 ロボが不意に目を細める。彼方にきらりと光る何かが見えた。

 丘の陰に何か潜んでいたらしい。また賊かとウォルは考える。

 果たして、ぞろりと一斉に稜線を越え、一列横隊の戦士たちが現れた。

 随分古めかしい装備だ。色鮮やかな盾をしょって、弓矢をこちらに構えている。


「えっ。待ち伏せ?」

「ありゃ海賊だな」

「へっ?海賊?ここ陸!?陸上!海賊、海賊なんで!?」

「いいか、東の方じゃあ陸にだって海賊が出るんだよ。

 あいつ等も日々のシノギに苦労しててな。時には河上りもする」

「まだ皇国の外れじゃないか!」


 雄叫びと投擲。空中に蝗のような細長い影が見えた。

 ドォン!進行方向の道端に着弾。ハープーンめいて太い投槍だ。

 直撃すれば首がもげて頭も吹き飛ぶに違いあるまい。

 その下手人が何事か叫んでいる。耳をすまさずとも大絶叫であった。


「ローボすーけくーーーーーん!あーーーそびましょーーーーッ!」

「げっ、あの馬鹿出やがった」

「えっ、何あの変なの」

「返事ないなら、こっちからいーくーぞー!野郎共ッ!歓迎会だ!」


 両手斧を担いだ巨漢を先頭に丘を降る列が停止する。

 海賊どもが三々五々、投げ物だの弓だのを構えるのが見えた。

 助けを求め、忙しなくウォルの視線が右往左往する。

 右にはあくびする黒服。左では目を白黒させているツクヤ。


 ダメそうである。繰り返しだが、投槍が直撃すれば死だ。

 ウォルが絶望を覚えた所で、赤ら顔の老僧が荷台から顔を出す。


「な、なんじゃ!?アレは……」

「海賊だよ坊さん。うわっ、酒臭ぇ!したたか飲んだなこの羨ましい」

「んー、なにー?ろぼー、いまおおきな音したー。なになに?」

「イファちゃん、昼間からちと飲み過ぎだ。海賊だぞ海賊」

「やってる場合かよ!敵だよ!?あの数だよ!仕事しないのかよ黒いの!?」

「小僧、そりゃなぁ──」


 何事か言いかけた声を荷台に突き刺さった矢が遮った。


「下手糞め。新人が混じってやがる」

「俺様到着!いヨォ、久しいな黒ん坊!両手に花とは憎いねぇ」

「残念だが先約済みでな。俺ぁ単なる引率役よ」

「相変わらず可愛げねぇ奴。いい加減殺しちまうぞー」

「今日の所は若い奴に譲るわ。年食うと疲れやすくて困る」

「ちぇっ、ホラをマジっぽく言うのは上手い。んん、子供かぁ?」

「のっぽさんだ!」


 止める暇も無く馬車から飛び出したツクヤが海賊を見上げて言う。

 元気の良い挨拶に豪快に笑い、見下ろしながらそいつは答えた。


「やあ、のっぽのオジサンだ。お嬢ちゃん、お名前言えるかなー?」

「つくや!おじさんは?」

「オジサンはね、海賊のソーリアおじさんなんだ。凄いだろう!」

「そうなんだ!すごーい!おじさんすごい!のっぽさん!」

「そうだろすごいだろ!褒めろ褒めろ!お嬢ちゃんも歓迎するからな!」

「うのわぁぁぁぁーーーっ!?何すんだこの海賊ぅぅぅーーーッ!?」

「おっ、新しいガキ?この子のアニキか?」

「僕はウォル=ピットベッカーだ!」

「元気があって大変よろしい。で、だ」


 ウォルを指さしつつ、海賊は気楽そうな顔をロボに向けた。


「おーい、黒ん坊。こいつ戦士?だったら殺しても構わないか?

 久っしくケンカしてないからヨォ。俺ぁ精神の健康が保てねぇんだよ」

「戦士じゃねぇよ冒険者だよソイツ」

「ケッ、半端ものかよ。お前さんが連れてるから期待したのに。

 じゃあ俺いいや。ザコ相手はつまらん。ケンカしたい子いねーかー?」

「あ、そうだ。言っとくがな。この坊さんには絶対手出しすんなよ。

 冒険者風情を馬車に乗せてくれた奇特な人でな。戦士の名誉に誓ってくれ」

「だとさ、諸君。黒ん坊との約束だ。そういう事でやってくれや」


 

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