第5話 僕って冒険者のなんなのさ
──唐突だが説明しよう!
雑用に汗かくウォル=ピットベッカーは、ごく一般的な冒険者。
強いて違う点を上げるなら、いきなり訳の分からない二人組に誘拐され、
先が見えない生活を送ってる事かな──いや違う、そうじゃない。
明後日へ脱線していた思考をウォルはずるずる引き戻す。
汗ばむ陽気の中、彼は重い荷物を背負って只管に歩いている。
昼間は歩荷(ぼっか)。夜中は露営補助。加えて雑用とツクヤさん係。
一言たりと同意した覚えが無いまま、強制的に従僕扱いだ。
ふるさと離れ、はや四年。思えば遠くに来たもんだ。
つい先日どん詰まり生活は突然の死を迎えたものの、
ウォルとてその日暮らしなりに思い出の一つや二つはある。
確かに薄汚れた部屋からは連れ出された。
が、望まない冒険とはアワレな追放者の境遇に過ぎないのである。
さらば都よ、しばしの別れ。こんにちわ過酷なる日々。
と、黒服が立ち止まるのが見えた。振り返って男は言う。
「昼休憩にするぞ。荷物下ろしてよし!」
「やっと休める──へっくちっ!」
「おーい、ウォル坊。次はこっちだ」
「うぉるー、ごはんまだー?」
「……あ゛ーーっ!!はいはい!待って下さいねー!
後、オッサン!昨日からこっちサボってんじゃないよ!」
「いざって時の為休んでんだよ。キリキリ頑張れ、若き冒険者」
「冒険ってなんだ……?人生ってなんだ……?」
──ホント何だよこの状況。ウォルは恨み言を飲んで天を仰いだ。
空高く雲は流れ。涙ぐむ彼の周りで狐耳の少女がうろちょろする。
徒歩で、しかも男と女子供連れの旅だ。何事も起こらない筈も無い。
娘らと共に健康な男性が二人もいる。ならば、起こる事は一つ。
言うまでもなく、雑多な賊共の来襲だ。
そして凶賊どもは黒服の手に掛かり全員お亡くなりになった。
あっさり人が死んでいく旅路に現実感を喪失しかけていたという次第だ。
夢と現実の間を反復横跳びするウォルに、ロボ=ジェヴォーダンは言う。
「だってお前ケンカだとまるで使い物にならんもの。
しょうがあるめぇさ。大方、勘違いして冒険者になった口だろ?」
「悪かったな。騎士崩れだのに素人が勝てるもんか」
「ははっ、やっぱりか。よくいるんだよ、そういう奴」
ならばお前はどうなんだ、その一言をウォルはぐっと飲みこんだ。
冒険者、とは一山幾らの半端者と大昔から相場が決まっている。
兵士になれる奴は兵士になる。傭兵をやれる奴は戦場に出る。
薬師、魔法使い。あるいは騎士ならば引く手は数多だ。
伝手無し能無しギルド無し。無い無い尽くしの社会の底辺が冒険者。
『何物にもなれないが何かでありたい』落ちこぼれ共の強がりに過ぎない。
では、何故こぞって冒険者などと名乗るのか。
世界を巡り、何時か物語に語られる者。そういう奴らのせいだ。
伝説(オオボラ)によれば──吟遊詩人共がそんな枕を付す者たち。
たとえば煮え立つ金色の勇者、暁に輝く鎧の聖騎士、大魔法使いの三人組。
何にも属さず、しかして彼ら自身で完結するとされる存在──らしい。
そんな例外と思えなくもないロボは休憩を決め込んでいた。
所詮噂は噂だ。くたびれ、薄汚れたこの髭面は何処までも胡散臭い。
岩を枕に寝転がっていたそいつは不意に帽子を持ち上げ、言葉を続けた。
「でも流石になぁ。もちっと鍛えたらどうだ?苦労するぞ」
「ちぇっ、どうやってさ。剣術やってる暇や金なんて──」
「暇潰しも兼ねて俺が稽古つけてやるさ」
「色々な意味で参考になるとは思えないんだけど」
ウォルは魂の欠片、という聞きかじった単語を思い出しつつ答えた。
経験値、アニマ、マナ、プシュケー等々……様々に呼ばれている代物だ。
頭抜けた強者や魔物は目に見えず形も無いそれを山ほど持つらしい。
なるほど、確かにその実例はただの人間を色々な面で逸脱している。
少年が顔を引きつらせていると、頬杖をついていたイファが言う。
「奴隷を甘やかさないで」
「お嬢。雑用係ができて大変楽になったんだ。もちっと言葉選べよ」
「上下関係が大切なのよ。上下関係が。変な勘違いされても困る」
「いい加減にしろよ!奴隷ってなんだよ!好き勝手言いやがって!」
「あーあ、怒らせおった。もっと面倒な事になっても知らんぜ?」
「知るもんか!」
やけっぱちに吐き捨て、ウォルは感情のまま歩き出した。
絶対に逃げられないと理性は告げているが、腹立たしい事この上ない。
「何時でも殺せるから調子に乗りやがって……」
悔しさと怒りで腹の底が一杯ではある。ではあるが。
奴らの庇護から離れ、凶賊溢れる荒野で一人生き延びるのは無理だ。
いきり立って冷静さを失えばあっさり死んでそれまでだろう。
俯いていると地面に大きな影が増えた事に気づき、振り向く。
送り狼ならぬ送り狐。野暮ったい長衣のツクヤであった。
ぴょこぴょこ狐耳がせわしない。様子を伺っていたのだろう。
「くそっ、僕に優しくしてくれるのはこの子だけなのか」
「うぉるー、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫、大丈夫……うん」
「うれしい?わたしも!あくしゅあくしゅ!」
「お、おう」
無邪気な調子に、毒気を抜かれた声が漏れた。
ツクヤはいつも通りで相変わらず。むやみやたらと楽しそうな様子だ。
手を握っていると更に影が増える。ロボ=ヴォーダンセンだった。
「何この状況」
「かわいい子に好かれてんだから素直に喜べよ。な?」
「聞くけど、逆の立場なら?」
「アメちゃんやって帰らせるさ」
「子供扱いじゃないか」
「違うか?」
「……その通りだけどさぁ」
尻尾があれば振り回しそうなツクヤを片手間にあやしつつ答える。
実際、言葉通りだ。顔を上げればイファが走って来るのが見えた。
黒服がひらひら手を振りながら離れていく。
例によってウォルにはよく解らない話でもするのだろう。
少年としては矛先が向かねばどうでも良い。
「ちぇっ、気楽でいいなぁ」
「うぉるー」
「ああ、うん。ちょっと待ってね。今度は何かな?」
軽く握り込んだ両手が差し出される。
子供のやる事はさっぱり解らないが、笑顔を作って出迎える。
短く編み上げてある白詰草だった。シンプルながら指輪の形をしている。
「何これ」
「おかえし!」
「ありがと」
「ね、ね。うれしい?うれしい?」
「うわっ、ちょ、離れてくれって!……あ゛っ」
イファが無言のまま、恐るべき眼光でこちらを睨み付けているのに気づく。
何故お前がそこにいる──害虫でも発見したようなまなざしである。
呪殺されそうな悪寒を覚えた所で、またも突然ツクヤが駆けだしていく。
左手の薬指に白詰草の指輪を嵌めていると、何時の間にか現れた黒服が言った。
「モテる男は大変だな?」
「……ねぇ、オッサン。ずーっと聞いて無かったんだけどさ。
僕ぁ、実際のところ一体全体何処に連れていかれるんですか?」
「狐耳の国。前に言ったろう」
「ああいうのは説明とは言わない。雇用主としての責任を求めます」
「小賢しい知恵ばっかり回りおる。んー、どっから話したもんか」
仕方がないとばかりにロボは改めての説明を始めた。
何はともあれ仕事は仕事。条件の把握は冒険者の鉄則である。
改めて諸々を書いた冒険契約書──割に細かい──を手渡され、
少年が感心しかけた所で肝心の目的地に話が及ぶ。
「場所は東だ。皇国の東。かの勇猛なる蛮族どもの土地よ」
「え゛っ……」
「まだ死にたくないって顔をありがとう。残念だが、事実だ」
皇国より東、猫人たちの国を覆う大森林を越えたそのまた向こうだ。
そこでは人間の小国や異種族の部族が入り乱れ、ついでに魔物も続々越境。
結果、終わらない泥沼の戦争が何時までも続く救いようが無い土地である。
終わらない争いに明け暮れるその大地は貧しく、
荒くれ蛮族共が殺戮と暴力してキャッキャウフフキャッキャウフフ。
村落焼きまくり。毎日楽しく略奪し放題──大体そんな感じであるという。
少なくとも、ウォル=ピットベッカーの脳裏においては
モヒカン刈りで皮鎧を着こんだ凶悪な野人の群がヒャッハーと叫び、
あるいは酒を頭から浴びて咆哮し、戯れに人を殺すような土地である。
少年の偏見を知ってか知らずか、黒服はさも面白げに続けた。
「珍しいモン見れるぞー。戦とか、蛮族とか、凶悪な魔物とか」
「やっぱり死ぬ奴じゃないか!?」
「鍛えりゃ死なねぇよ。頑張れ若人。若いんだからハッスルだ」
「……っていうか。もしやお前らも東から?」
「ご明察。まぁ、俺は流れモンだがね」
「げぇっ!?やっぱり蛮族!!」
「だってよ、お嬢さん方」
誤魔化すように咳払いを一つ。
ツクヤを横目に眺める。相変わらず事情も分かっていない様子だ。
大きくため息をついた。ちっぽけなプライドのせいかもしれない。
「……僕だって男だ。いいぜ、やるよ。やればいいんだろ、やれば」
「いい度胸だ、気に入った。お姫さんとの逢瀬は見て見ぬフリしてやろう」
「どの辺りにそんなロマンティックが……?」
ウォルの異議に黒服は答えず、笑顔を浮かべて体をほぐし始めた。
「それに心配無用よ。この俺様がみっちりシゴいてやろう。さて坊主」
「藪から棒に。いきなり何だよ」
「遠慮はいらん。一発打ち込んでみな。さ、構えろ」
「こ、こうかな?……どう?」
「そこからかぁ。そこから教えなきゃダメかぁ」
「構えろって言ったのそっちじゃないか!」
「方針転換。四六時中いつでもどこでも撃ちかかって良いぞ」
我慢できずに大絶叫。上段に木剣を構えたウォルは奇声を上げつつ突撃。
胸の内に尚降り積もる理不尽に、少年の顔は憎悪の敵を睨むようだった。
すわ一太刀と思った途端に途端に視界の天地が急速旋回、大回転。
そのまま地面に激突。背中を強打。肺の空気が残らず口からまろびでる。
「ゴボボーッ!?」
「受け身を取れ!受け身を!頭打ったらあっさり死ぬぞ!俺らは先に行く。
お前走ってついて来い。さぁ立て!走れ!俺に一発でもくれてみせろ!」
「がほっ、げほっ、うげぇっ……何だよウケミって!?」
「いいからダッシュだ!ダッシュしろ!そしたら後で教えてやる!」
「畜生!畜生!何でこんな事に!何で、何でこんな事にーーーー!!」
少年の絶叫は実に悲痛であった。
「ねぇ。うぉる、大丈夫?」
「大丈夫です、神子様。もう絶対に絶対大丈夫ですとも」
「うぉる、ほんとに大丈夫……?」
「間違いありません。ええ、そりゃもう」
イファの表情は実に晴れやか。その声も嬉しげであった。
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