第4話 旅立ち、或いは単なる誘拐



 ショートソードを抜き放ち暴漢が切り込んで来る。

 直後、血と肉片が飛散。痛打に砕け散った手指だった。

 苦悶の絶叫に黒服は取り合わず、棒を突き出し後続の顎を粉砕。

 更に引きつけつつ縦横に連打。一瞬で四人がひっくり返り泡を吹く。


「どいつこいつも読めてるぜ。もちろん後ろもお見通し。

 さぁさ次は誰だ誰だ?やる気溢れる若いのばっかで嬉しいねェ」


 取り囲む襲撃者たちは二の足を踏む。が、それも一瞬。次々飛び掛かってくる。

 直後に続々転がる襲撃者。対して黒服は鼻歌混じりに長棒を振り回す。

 暴漢たちの苦痛の絶叫が響く中、ウォルはすっかり震えあがっていた。


「な、何。何あの。あのオッサン頭おかしいの」

「うぉる!」

「うおっ!?なろっ……」


 ツクヤに袖引かれ、態勢を崩しつつもウォルは流れ弾を回避。

 一方で黒服はひらりひらり白刃を避け、次々敵を打ち据えなぎ倒す。

 大混戦はその実、黒服とそれ以外に色分けされたも同然であった。

 不意に、戦場を支配する黒い男が思い出したように顎髭をさする。


「あー、こりゃいらん疑いを招くなー、敵が増えるなぁ。

 皇国に、王国連合の連中に……楽な仕事にはなりそうにねぇなー」

「おい。また考え無しじゃないでしょうね」

「怖い顔しなさんなお嬢。高跳びした後までは追ってこれねぇよ。

 この連中は精々が下っ端共が暴発したぐらいの話な」

「街の連中も間抜けじゃないでしょ」

「素直に去るなら深追いしねぇだろ。とっととズラかるぞ。

 おい、赤毛の小僧!お前もついてこい」

「「は!?何で!?」」


 異口同音にウォルとイファが叫び声をあげた。


「もう無関係じゃ通らねぇ。見捨てようにも、その子が許さん」

 

 ウォルの腕にしがみ付いているツクヤを見て黒服は言う。

 小さな重みが少年の口元まで出かかっていた拒絶をせき止める。

 顔を強張らせるウォルを無遠慮にロボが眺める事しばし。


「来い。男の子にゃ逃げられん時ぐらいあるだろ」


 不服げに睨み返している少年に、黒衣の男はそう告げた。

 目頭を押さえつつウォルは思考を無理矢理切り替えにかかる。

 状況を把握、整理し、方針を決めないと益々酷い事になりかねない。

 努めて笑顔を作り、少年はおずおず問いかけた。


「えーと、それでは黒い人。改めて質問しても?」

「お、何だ坊主。いいぜ、言ってみろよ」

「皇国と王国連合って……僕の聞き間違いじゃないですよね?」


 既知人類世界で最大の戦力、版図を誇る国家が皇国であり、

 それに対抗して周辺諸王国が結んだ大同盟が王国連合である。

 成立からして因縁の歴史があり、当然にその溝は非常に深い。

 のであるが、その両者から彼らは危険視されているらしい。


「バッチリ聞いた通りだぞ」

「つまり、あなた方国家の敵か何か……?」

「失礼な。向こうが勝手にそう思い込んでるだけだ。

 こちとら穏便に行きたいんだよ。なのに話も聞きゃしない」

「対話を試みた形跡が見えないんですが」

「散々殴り倒したからな。今更素直にしたら首に縄がかかっちまう」

「りょ、良識ある市民として国家と法の尊重をですね」

「死ねと言われて死ぬ奴ぁただの間抜けだ」


 是非そのまま縛り首になってくれ──喉元まで出た言葉を飲み下す。

 これは駄目だ。根本の価値観とか文化が違う相手だ、と結論付ける。

 引き攣り気味の笑顔のまま、今度は黒服の連れの女にウォルは向き直る。


「じゃ、じゃあそっちの方。イファさんでよろしい?」

「そうね。改めてお話をしましょうか」

「え、ええ。光栄だなー、嬉しいなー……女性の方ですよね?」

「お前なんかに顔を晒すのも不愉快だけど」

「一々刺々しいのなんとかなりません?」

「無理ね。……ちっ、仕方ないか」


 舌打ちをしながら、イファと名乗った女性は改めてフードを取った。

 金髪碧眼狐耳の美少女だ。要素だけは文句のつけようが無い容貌を、

 積もりに積もった不機嫌や苛立ち、隠しきれない敵意が台無しにしている。

 もしかすると少年への第一印象が最悪なのかもしれない。


「ひょっとして僕の事嫌い?」

「ええ、大嫌い」

「何たるクソ女……いや、それよりも!なんで殴った。まず謝れよ!」

「どうしてよ。悪いのはそっちじゃない」

「いい加減にしろよ暴力女!僕だって怒る時は怒るんだぞ!」


 売り言葉に買い言葉。あわや掴み合いとなった所で、

 推移を眺めていた黒服が割って入って衝突を止める。


「イファちゃんや、立場を思い出せ。我儘言っててもラチあかんぜ」

「……我慢、我慢。おい、ウォル某(なにがし)。寛大な心で許せ」

「申し訳ないと思うなら頭ぐらい下げて欲しいんだけど」

「あらそう。ごめんなさいね」

「お前のその目が僕を罵倒している」

「しつこい男。──神子(みこ)様、お探ししておりました」


 一転、親愛の笑みに変わったイファがツクヤへ恭しく一礼する。

 その仕草は異国風ながらも実に洗練され、見事なものであった。

 ツクヤはと言うと、きょとんと小首を傾げている。

 ややあって、思い出そうとするかのようにイファの顔を覗き込んだ。


「おねえちゃん、前にあった事、ある?」

「……はい。細々ながら御身の世話を。イファと申します」

「なんとなくニオイに覚えがあるような、ないような」

「畏れ多き事にございます。巾(きん)で顔を隠しておりました」

「よくわかんないや。それにわたし、ツクヤだよ。みこじゃないよ」

「それでもご無事で本当に、本当に何よりです」


 思い出せないまま、常の調子にツクヤは戻った。

 一方、言い淀みを交えつつも、イファは笑顔を保っている。

 その顔立ちや狐耳、服装からすると、旧知の間柄であるのかもしれない。

 明後日の方向を向いていたロボが不意に口を開く。


「名前で呼んでやりな。もう戻らんよ。小我を確立させた方がいい」

「それは少し考えさせて。さて、そこのウォルとか言うの」

「内輪話始めたと思ったら。何だよ?」

「もしも逃げたり、この子に手を出したら殺す。いいな?」

「性格最悪だこの女。もういい。解らんけど解った事にする。

 けど、結局お前ら何がしたいんだよ。さっぱり目的が解からない」


 こちらを無視した理屈で進退を決められては面白い筈もない。

 反論を聞くなりイファは不愉快そうに眉をひそめる。

 三秒ほど経過。またも癇癪(かんしゃく)を起しかけた所で黒服が割り込んだ。

 口角を吊り上げて作り笑いを浮かべ、ロボは説明を始める。


「一言で。お前をこれから狐耳の国に連れて行く。いいな?」

「……は、何?狐の、みみ?ええと、大丈夫?頭とか」

「坊主よぉ、話が進まないからキチガイを見る目は止めてくれ。

 吹聴されても困るからな。悪いが、これから同行願うぞ」

「ま、待ってよ!僕にも生活があるんだよ!?何言ってんだよ!?」

「それとも運河に浮かぶ方が良いかしら?」

「理不尽だ……って、うわっ、ツクヤ!?」


 事態を察知したか、ツクヤが唸り声を上げてイファを威嚇する。

 黒服が大きくため息を一つ。呆れたような疲れたような口調でぼやき始めた。


「お嬢なぁ。そんな脅しばっかりだと今に嫌われるぞ」

「……だから何よ。ただの人間じゃない。それともアンタ、何か考えでも?」

「俺ぁ良い事思いついたぞ。小僧っこ、冒険者だろ?」

「……」

「下手な返事しないのは正解だ。冒険者仕事の依頼って事で。

 そういう訳だからこれから俺達の為に働け。いいな?」

「何の説明も無いじゃないか。嫌に決まってるだろ」

「そりゃそうだ。少し時間を貰うぞ」


 遮ろうとしたイファを無視し、ロボは依頼とやらの説明を始める。

 曰く、期限は狐の国に行って都にまた帰るまで。

 仕事内容は荷物持ち他雑用全般とツクヤの話し相手。


「えーと。お金は?」

「それじゃあ、理解したな。俺からはそれだけだ」

「いや、だからお金の話……僕に選択の余地とかないんですか?」

「小遣いぐらいはやるさ。妥協もする。譲歩もする。だが、拒否は認めん。

 その子の為にも一丁頑張っちゃくれねぇか?」

「そんな事──」


 言い淀む。依頼とは名ばかりの単なる譲歩案だ。

 物言いを信じたとしても、命だけは助けてやると言っているに過ぎない。

 幾つかの選択を頭の中で作るが、現状を打開する閃きは無い。

 ぐっ、と眉間の皺が深くなる。


「……解った、解ったよ。でも、犬死は嫌だからな?」

「そうかい。じゃあ、遠慮なく徹底的にしごいてやるからな」


 そうして、期せずウォル=ピットベッカーは自分を未来へ投げ出す事となった。



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