第4話 ある人形師の死

教会から出た後は真っ直ぐ家路に着いた。

 この町の治安はそこまで悪いわけじゃない。それでも時折、強盗が現れたという話を聞くことがあるし、最近では怪しげな格好をした人が真夜中、町をうろついているという噂話が流れている。

 親方もその噂を心配して、気をつけて早く帰れと忠告してくれたんだろうし、その忠告に従わずに我が儘を通して司祭さまに会いにいってしまったのだから、後はもうどこにも寄り道せずに家に帰ろう。

 

 私が部屋を借りている家の大家を務めるアレシアさんは、ロンダ親方が紹介してくれた人だ。

 親方が信頼する人だけあってアレシアさんはとても良い人だった。

 少し怒りっぽい所はあるけれど、アレシアさんは決して理不尽なことでは怒らないし、困ったことがあると進んで力を貸してくれる。

 私はまだ子供で、しかも女の子だ。腕力は男の子より劣るし、世の中のことも大人の人に比べたら全然詳しくない。アレシアさんのような人が側にいて、力を貸してくれるのは本当に心強く、有り難いことだった。

(家に帰ったら何をしようかな……)

 そんなことを考えていたら、お腹がぐーっと鳴いた。

 今日もたくさん働いたから、すっかりお腹が空いてしまったみたいだ。

(……うん。ご飯をお腹一杯食べたいな)

 アレシアさんが作ってくれるご飯はとても美味しい。

 それにご飯を食べる時は、他に部屋を借りている人たちと食卓を囲むから、とても賑やかで寂しい思いをすることもない。みんなで仲良く、美味しいご飯を食べる時間が楽しくないはずがない。

 私は今日のご飯は何だろうと胸を弾ませ、さらに足を早めた。


* * * * *


 と、そんな時だった。

 家まであと半分といった所で、誰かが私の後をついてきているような気配を感じた。

(誰、なんだろ……)  

 気のせいならそれでいいけれど、その人は私のあとを一定の距離を保つように歩いているような気がして、どうしても不安な気持ちになってしまう。

 背中の方から髪を引っ張られるような感じがして、思わず後ろを振り返りたくなってしまう。けど、そうしたらとても恐ろしいことが起こるような予感がした。

(……次の道を右に曲がって路地に入ろう)

 下町は路地が複雑に入り組んでいる。

 人の目が行き届かない所に入るのは危険だけど、今私が歩いている通りはそこまで人通りが多い所じゃないし、このまま後ろをついて来られる方がもっと危ないように思えた。

(……よし)

 思い切って路地に入る。

 それから、後ろを振り向くことなく、狭い道を一気に通り抜けていった。

 背後に人の気配はない。

 もう大丈夫だろう。

 安心して前に目をやると――そこには黒い不気味な面を付けた人が立っていた。

(……う、嘘……。先回りされてたの……?)

 私が通った路地の道はかなり複雑なものだし、全力で走ったから先回りなんて出来るわけがない。

 そうだ。出来るわけがないんだ。

 そうやって頭の中でいくら否定しするが、現実は変わってくれなかった

(は、早く逃げなきゃ……)

あの人の姿を見ていると、これまでどんなものよりも嫌な感じがしてきて体の震えが止まらなくなった。

 あれに捕まってはいけない。

 そう直感して、私は走りだした。

 けれども少し走っただけで足がもつれて、地面に倒れ込んでしまった。

(な、なんでこんな時に……っ!)

 すぐに立ち上がろうとしたが、足に何かが引っかかっていて、立ち上がれなかった。足に目を向けると、私の左足に蔦のようなものが絡まっているのが見えた。この蔦が偶然、足に絡まって転んでしまったのだ。

 偶然にしては妙だ。

 下町の路地の道は綺麗に舗装されているわけじゃないけど、こんな風に足に絡まるほど長い蔦なんて生えていなかった。

 何かがおかしい。

 でも何がおかしいのかなんてわからないし、そんなことを考えている余裕もない。

恐怖で全身が震える中、私は必死で立ち上がろうとした。


 だが――間に合わなかった。


 黒い面を付けた人が懐から銀色に光る何かを取り出す。

 私はそれを見て、思わず息を呑んだ。

 それは鋭い刃をもった銀の短剣。

 懸命に起き上がろうとする私に向かって短剣が振り下ろされる。

 短剣の刃が体に突き刺さり、そこから鈍い痛みと熱を感じた。


 傷口から血が次々と流れだし、体から力が失われていき、目の前が徐々に暗くなっていく。

 ぼんやりとした視界の中で私が聞いたのはとても愉快そうな笑い声。

 それはまるで私の死を祝うかのような魔女の笑い声のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る