第2話 町の通りにて

夕日が街を赤く照らす時間。街の大通りは夕方に買い物に出かける人たちの姿で賑わっていた。

 そんな街の通りを私は一人で歩いていった。

 そこで服屋の前を通りかかった。

 その店は高級な洋服ばかりを売っている所で平民の私にはこれっぽっちの縁のない所だった。そのまま店を通り過ぎようとしたその時――ガラスの向こうには綺麗なドレスが飾ってあるのが見えた。

 そのドレスがあまりにも綺麗だったからだろうか。私の足はドレスの前でぴたりと止まってしまった。

 白いドレスは貧乏で、みすぼらしい平民の私のことなんて目に入らないかのようにガラスの向こうで自分勝手にきらきらと輝いている。

「……人形には着せてあげられそうだけど、私があれを着るのは無理かな……」

 ガラス越しにドレスを見ながら、一人呟く。

 私が毎月貰っているお給金は決して多くはない。毎日を生きていくので精一杯。贅沢なんてとてもじゃないけど出来やしない。

 それはロンダ親方がケチだからじゃない。あの人形工房がそんなに儲からないからだ。

 ロンダ人形工房は庶民のためのお店であって、お金持ちのお客さんが来るような所じゃない。ロンダ親方の腕がどれだけ凄いといっても貴族の人の目には下町の人形工房なんて映ってない。平民の人形師がどんなに頑張っても貴族の人たちはお金持ち向けの商売をしている店に行ってしまう。お金を持っているお客さんが店に来ないのだから、お店にお金が入らないのは当然の話だった。

 お店にお金が入らなければ、私の懐にだってお金は入らない。余計な贅沢をしている余裕なんてない。 

(…………)

 私は服屋の前から離れた。

 そしてそのまま何事もなかったかのように歩き出す。

(……すごく綺麗な服だけど、どう頑張っても私には似合わないよ)

 仮に私にあのドレスを買うお金があったとしても。もし私があのドレスを身に纏ったとしても……誰も見てくれないし、褒めてもくれない。そんなことは鏡に映る自分の姿を見れば嫌でもわかる。

 私の容姿はどこから見ても平民のそれでしかない。

 髪の色だけは貴族の人のように金色だけど、あまり手入れをしていないせいか色はくすんでいるし、艶もほとんどない。暗い所で人形ばかりを相手にしているせいか手も荒れ放題だ。化粧をすれば少しは良くなるかも……いや、そんなことはないか。私なんかが化粧をしても焼け石に水だ。変わるはずがない。

(……いいんだ、別に。お金なんてなくたって。ドレスなんてなくたって。貴族の人みたいに綺麗なんかじゃなくたって……)

 負け惜しみなんかじゃない。

 人形を直したり、作ったりするのはとても根気がいるし、地味で全然目立たないし、お金だってあんまり儲からない。

 だけどさっきの女の子みたいにお客さんが喜んで「ありがとう」と言ってくれたり、親方から「良くやったな」と褒めてもらえる。

 もし私が貴族の家に生まれていたら、そんな風に生きることはできない。

 綺麗な服を着て、立派なお屋敷の中でたくさんの人に囲まれて暮らしていくよりも人形師として私は生きていたい。

 そう私は心の底から思っていた。

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