1-12

「そうだよ! アスカお姉ちゃんは凄いんだ!」

 自分のことじゃないのに、自慢気に胸を張るトーマス。おそらくアスカさんが自分を謙遜しているのが気に入らなかったのだろう。憧れのお姉さんは凄いんだぞ、という無邪気な自慢。それを気に入らなさそうに見つめるエリカがついに爆発した。

「痛いよ‼ どうしたのエリカ⁉」

「べっつにー」

 トーマスの頬をつまんで唇を尖らすエリカ。なにかやっちゃったのかと慌てるトーマス。ちびっこカップルの微笑ましい痴話喧嘩。

「ねえ二人ってもしかして…」

 どこか歯切れの悪いホーの疑問の声。それを聞いてエリカは、ぱっと頬をつまんでいた指を離し、赤くなって俯いてしまった。

「……うん」

「そう…」

 頬を赤くし、誤魔化すように頬を掻くトーマス。そんな二人の様子を見て、ホーも察したのだろう。けれどもどこか変だ。なんというかいつも明るく天真爛漫なホーらしくない、なんの感情も見えない表情。二人のなにかがホーの琴線に触れたのだろうか。けれどもそんな俺の疑問は次の瞬間吹き飛んだ。

 森の奥から、豚に似た雄叫び。ただ豚と違うのはより醜く、そして血と暴力の影がちらつく点だった。そしてすぐに何かが倒れるような轟音。おそらく森の木をなぎ倒している音。

「あれもゴブリン…?」

 呆然としたホーの疑問。それに答えたのはエリカだった。

「ゴブリンじゃ、ない…。オ、オーク…」

 恐怖で血の気が失せ、青白い顔のエリカとトーマス。あの雄叫びと轟音。それに二人の反応を見るに相当ヤバい状況なのが分かる。気が付けば叫んでいた。

「走るぞ!」

 もう体力がどうとか言ってられない。急いで町へ行かなければヤバい。アスカさんとルナの魔法を見ているはずの二人がここまで怯えるってことはつまり…。いや、今はそんなこと考える必要ない。狼男のマスターが言ってたじゃないか。MAMはオークキングなんかよりずっと凄いって。キングより強いMAMの守りが効いたアクアマリンの町。キングじゃないただのオークなら、追いつかれるより先に着いちまえば大丈夫、絶対大丈夫!

「ルナ! 速すぎた! 少しスピード落とせ! このままじゃホーたちが置き去りになっちまうぞ!」

 一番後ろにいたのが幸いだった。みんなの走ってる姿が一望出来る。おかげでルナが先に行きすぎていることに気が付くことが出来た。

「ゴ、ゴメン!」

「いい! 後ろは気にするな! スピード調整は俺が声をかける! チビ三人は俺たちのことは気にするな! 自分のペースで走れ! 絶対転ぶなよ!」

「わかったよショーゴ! 二人ともがんばろう! ぜったいだいじょうぶだから!」

 ホーの励ましで少し恐怖が薄れたのか、二人の走りから固さが取れる。よし! 流石ホー、頼りになるぜ。これで二人が転ぶなんてことは起こらないだろう。

 俺は隣を走るアスカさんの方へ向く。視線が交差する。

「スマン。アスカさんは俺と一緒に殿しんがり頼めるか? 俺は二人と違って魔法なんて使えないからさ」

「わたしたちが一番年長ですもんね。わかりました!」

 力強く頷いてくれたことに安堵する。わかっちゃいたがこの人やっぱいい人だ。明らかにヤバいとわかる状況。トーマスやエリカだけじゃない。俺たちすらも置いて先に行くことだって出来るのに、こうして俺と一緒に最後尾を走ってくれている。

「スマン。アスカさんは走りながら、閃光弾の準備を。あれだけ強い光なら、時間稼ぎくらいは出来るだろ! 後ろの様子は任せとけ! 俺が小まめにチェックしとく!」

「お願いします! 魔法は任せて!」

 これで隊列が出来た。先頭がルナ、後方に俺とアスカさん。その間にホーとトーマス、エリカ。これならオークに追いつかれても、すぐに全滅なんてことはないはずだ。あとは俺が声をかけてこの状態が崩れないようにするだけ。

 走りながら後ろを振り返る。おぞましい雄叫びと木々を薙ぎ倒す音。段々俺たちに近づいてくるのがわかる。鳥肌が止まらない。みんなを置いて、全速力で走りたい気持ちを抑える。クソ! 絶対みんなで町に辿り着くんだ!

「みんな! 町が見えたわ! あと少し、頑張るわよ!」

 先頭を行くルナの明るい声。木と木の間から町が見えてきた。あと少し。あと少し。道が直線になる。あとこの百メートルほどの距離を走り切れば町だ!

 おそらくこれが最後になるだろう後方確認、後ろを振り返る。よし! オークはいない。それにさっきから恐怖を煽る雄叫びも、木々を薙ぎ倒す音も聞こえない。……。聞こえな、い?

「みんな! 気をつけろ!」

 直観に身を任せ叫ぶ。その時だった。ルナがいるよりもう少し先、森の出口近くの茂みが揺れ、雄叫びと共に巨大な何かが飛び出してきた。

 それは化け猪に乗った豚面の巨人。ふざけんじゃねえぞ、なんだあれ。軽自動車くらいあるじゃねぇか。

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