1-13
知らず俺たちの足は止まっていた。木を薙ぎ倒す音が聞こえなくなったのは、途中であのでかい猪と合流したからだろう。森の中を進むための足を手に入れ、俺たちより先に進んだのは逃さないため。クソ、完全にしてやられた。
迫りくる二体の化け物に、俺の身体は動かなかった。完全に恐怖に支配され、思考が白に染まる。クソ、ここでゲームオーバーか…。
「『氷の槍』」
ルナの頭上に三十本ほどの氷の
「あきらめてんじゃ、ないわよ!」
怒声と共に放たれたそれらはオークと化け物猪に襲い掛かる。オークはその手の棍棒を振るい、迫りくる氷柱を砕き落とす。が下の猪はそうはいかなかった。避け切れず眉間に突き刺さった氷柱は、自身の走力と合わさり深々と、そして絶命に至らしめる。化け物猪は倒れこみ、煙となって消えた。
「逃げられないんだったら倒すまで! そうでしょみんな!」
ルナのその言葉で、身体を縛っている鎖が吹き飛んだ。そうだ、まだ終わってないじゃないか。最後まであがいてやる!
「ホー! 二人を連れて下がれ!」
「わかった! トーマス、エリカこっち!」
ホーが二人の手を引き、後ろに下がる。代わりに前に出るのは俺とアスカさん。まあ俺は完全おまけだが。
乗っていた猪が消え、吹き飛ばされたオークは鈍重な動きで起き上がり、天に向かって吠えた。ビリビリとした衝撃が耳朶を叩く。二メートルを超える豚面の巨人。薄い腰布はゴブリンと同じ。けれどもその身体は茶色く、分厚い皮下脂肪とその内に潜む暴力的な筋肉。右手には棍棒。木を抉り取り、雑に作られたのが一目でわかる武器。
身体が震える。さっきルナの言葉で絞り出した勇気が、萎みかける。ぎゅっと手を握り込んだ。負けないように、気合いを叩きこむように。
「ルナさん。あれを倒せるだけの魔法は放てますか?」
「出来るけど時間かかるわ!」
「わかりました。時間稼ぎは任せて!」
距離にしてざっと五十メートル程、地面を揺らしながら迫るオークを前に二人は冷静だった。俺は震えて使い物にならないってのに、どうしてルナとアスカさんはこうまで違うのか。悔しくて、情けなくて思わず唇を噛む。俺も魔法が使えたら、少しは違ったのだろうか…。
「『
その言葉と共にアスカさんから放たれたのは四つの黒球。ソフトボール大のそれらは、オークの所まで飛んでいき縦横無尽に襲い掛かる。距離二十メートル、足を止め五月蠅い蠅を叩き落とすように棍棒を振るうオーク。アスカさんは指揮者のように両手を動かす。それに合わせて黒球が動き、棍棒を躱しオークの身体にぶつかる。けれども致命的に威力が足りない。腕や足、腹に薄い痣をつくるのが限界のようだ。
「『氷の槍』」
何度もみたルナの魔法。氷の氷柱が十本現れた。それを視界に入れつつ視点をオークへと向ける。そして撃墜、避け切れず一つの黒球が棍棒に当たり、弾け飛んだ。
「『収束』」
たかが十本の氷柱で何が出来るのかと俺が疑問に思うより先に、氷柱たちは集まり溶け合い一つの形へと纏まりつつある。
もう一球撃墜されるアスカさんの魔法。残り二球、苦い表情。そして最悪の展開が起こった。再びオークが咆哮を上げる。耳と肌を突き刺すそれと共に、黒球を無視してこちらに向かって駆け出した。
「まずい!」
焦るアスカさんはより激しく両手を動かし黒球を操る。確実にオークの肉体に当たるそれらは、けれども致命的に威力が足りない。薄い痣をつくるだけで、オークの突進を止めきれない。だがそれでもアスカさんは仕事を果たした。十の氷柱は巨大な一本へ。ルナの魔法が完成していた。
これ以上は意味がないと、黒球はオークから離れ、俺たちの所へ。戻ってきた黒球は俺たちの目の前でぶつかり合い、薄く盾のように円形に広がった。視界が黒に染まる。さながらサングラスをかけた時の視界。アスカさんの狙いを察した。
「隙を作ります! あとは頼みました! 『
言うが早いかアスカさんのもう一つの魔法。瞳を焼く強烈な光にオークは悲鳴を上げる。けれどもさっきの黒球が光を遮ってくれたお陰で俺たちにダメージはない。役割を果たした闇が消える。そして視界が戻らずその場に立ち尽くすオーク。そのチャンスを逃すルナじゃない。
「ナイスアシスト! 『氷の破城槍』」
号令とともに放たれた巨大な氷柱。俺の身長くらいあるそれは、オークの土手腹に突き刺さり、そのまま貫いた。ボブンッという音と共に煙となって消えたオーク。
「やった、の…?」
半信半疑のルナの声。答えたのはエリカだった。
「凄い! 凄いよ二人とも! オークを倒しちゃうなんて!」
興奮しはしゃぐエリカを見て、本当にあの化け物を倒したんだという実感が沸いた。ほっと安堵の息を漏らす俺。隣を見れば緊張から解放されたからか、表情が緩み柔らかな笑みを浮かべるアスカさん。ルナも同様でいつもピンと立っている耳が、ペタンと寝ている。変わらないのはホーだけだった。
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