とある少女のフラグです?
翌日のこと。
久道は内心で紫桃マホの昨日の配信について頭を悩ませながら、バイトに励んでいた。
頭を悩ませるのは仕方のないこと。
なぜなら、彼女は昨日の配信で自分を弄るかの様な発言をしたのだから……。
(あの年下の可愛い男の子って俺のことかな……いやさすがに自意識過剰すぎか?)
何度も自身に問いかけては頭を振ってバイトに専念するよう言い聞かせる。
久道のバイト先はとある大きな書店。
配信業で一定の収入は見込める久道だが、何も金銭のためにバイトをしているわけではない。
社会経験を積むため、言ってしまえば、人肌恋しくなってしまうためにバイトに励むのである。
もうここに来てそれなりに時間が経っているからか、久道の仕事振りは円滑に正確に行われている。
紫桃マホのことは一旦置いておいて……本の整理をしようとしたその時である。
「………」
ふらふら。
「………」
ちらちらっ。
周囲を見渡してこちらの様子を何度か窺っているお客さんを久道は目撃した。
歳の頃は久道と近しい十七~八といったところであろうか。
可愛らしい身なりで幼さを少し残した顔つきに久道は思わず目を奪われる。
久道は平静を装いながら彼女の元へと歩み寄る。
彼女が何かしらで困っていてSOSを出しているのは間違いなかったからだ。
「……あの、お客さま。何かお探しですか?」
「………っ」
声をかけたことでビクッと背筋を震わせて彼女は俯いた。
(まずい……これは怖がらせたかもなぁ)
久道は直感し、すぐさま彼女に謝罪する。
「すみません。怖がらせてしまって……」
なるべく優しい声音で努めて話かけると、彼女は小さくコクリと頷いた。
どうやらこのお客さんは人見知りで恥ずかしがり屋な様子。
何か発言することはなく、チラっと盗み見る様な上目遣いでこちらを何度も窺ってくる。
何も話してくれないでいることに、困ったな、と思いながらも久道は何とかして彼女の真意を汲み取ろうと考えた。
「……もしかして、近頃発売されたVtuberの雑誌やイラスト集をお探しでしょうか?」
「……(コクコク)」
尋ねると、彼女は目に光を宿らせて何度もその場で頷いて見せる。
(よかった……当たってんだ)
と、久道はその彼女の仕草からホッと安堵の息を零した。
久道がお客さんの探している商品を言い当てられた理由。
それは彼女の身に着けているグッズがVtuberの物で多かったからに他ならない。
「でしたら、こちらにありまして………」
と、久道は無言の彼女を懇切丁寧に案内することにした。
「こちらになります」
到着して教えてあげると、彼女は目を輝かせたが、つかの間でしゅんと表情が固まったことに久道は気づく。
目当ての商品がなかったのだろうか。
そう思いながら彼女の視線の先を追う。久道はピンと思い当たる節があって彼女に尋ねた。
「もしかしてですが、少し前に発売されたものですか?」
「……(コクコク)」
今度は悲し気に首肯する彼女。
恐らく彼女が求めているであろう商品は売り切れてしまっている。
配信者の商品は自分と重なる部分もあってあまり考えない様にしていたが、そういえば店長や仲間が『Vtuberとか配信者の商品めっちゃ売れる』と溢していたことを思い出した。
「……すみません。売り切れとなってまして。お力になれず―――」
「………ありがと」
ふとそう溢して彼女はトトトと軽快な足音を立ててその場を去っていく。
意味は分からなかったが、心なしか、髪で隠れていた耳が少し赤く染まっている様な気が久道はしたが……。
気に留めたところで答えがでる物でもないだろう。
(さあ、切り替えて仕事だ、仕事……)
久道は持ち場へと急いだ。
♦♢♦
(久しぶりだった……。男の人が嫌じゃないって思えたの……)
彼女—――六条早雪は気持ちの昂りを見せながら帰路を辿っていた。
取り立てて変わったことがあったわけではない。
ただ、早雪は自身へ向けられる性への視線が怖くて男性を苦手としていたのだが、今日対応してくれた店員は違っていたのだ。
怖がって黙ってしまう早雪を落ち着かせる様に優しい声音で対応してくれたのである。
一見、当たり前のことに思われるが、彼の場合は側にこられて不快感が全く感じられなかったのだ。
それはきっと彼が優しい人だと確信できているからなのだろう。
早雪は観察眼が優れているところもあり、目に間違いはないと言い切れる。
(たしか……名前、斉木さんだった)
と、先ほどの店員のことを思い返しながら早雪は帰路につく。
家について帰宅すると……兄である六条一輝が確認できた。
「よ~早雪。目当ての商品あったのか?」
「………なかった」
「そか。でもよ、ほら。配信者大会のメンバーが発表されてるぞ? 見てみろって」
「……ほんと?」
「おう、ほんとほんと」
兄の発言に内心で『やった』と叫びながら、配信者大会のメンバーに早雪は目を通す。
すると、早雪は困惑の声を内心で上げた。
(……ザク? え、こんな人が大会に出るの?)
キレ芸で名を上げている人だということは聞いている。
実態は礼儀正しくて話題を呼んでいることも巷では有名であるが、早雪は全く持ってそんなことを信用していなかった。
(あの人の配信……結構前に見たことあったけど、怖かったもん)
今日対応してくれた店員さんとは大違いだ、と早雪はため息をつく。
(……大会に出るんだったら私の推しとは少なくとも関わって欲しくないかも)
と、早雪は頬を少しばかり膨らませた。
♦♢♦
一方、その頃。
「は、はっくしょん!」
「おお、大きなくしゃみがでたな~これまた」
久道のバイト先の書店の休憩場所ではそんな大きな久道のくしゃみが響いていた。
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