またもや羞恥の展開です?

「……俺、マジで何やってんだよ」


 家へと帰宅すると、羞恥で久道は顔を真っ赤にさせていた。

 あれから二時間ほど美也の膝枕で快眠した久道は後悔と自己嫌悪に苛まれ続けた。


『……おはよう、よく寝れた?』

 と、起きれば文句の一つなく甘い声かけをしてくれた美也だったが、久道はうまいこと返事ができず……急いで帰宅してしまい今に至る。


「寝不足で頭が回ってなかったとはいえ……先輩の膝枕で爆睡とか恥ずかしいにもほどがあるだろ……寝顔とか絶対見られてるしなぁ」


 振り返ってももう遅いが、顔から熱を帯びているのを自覚した。

 すぐ快眠できるほどには先輩の膝枕は肉感がちょうど良かったのである。

 柔らかい感触が後頭部に伝わってきて、鼻孔には心なしか良い匂いが刺激され……すぐに眠りにつくことができたのだ。


「~~っ」


 思い返すと、得たいの知れない羞恥が襲ってきて、家の中でぶらぶら、ぶらぶらとアテもなく右往左往して久道は歩きまわる。


「……ああ~もうっ。でも先輩には連絡入れないとだよなぁ……」

 膝枕をしてもらったお礼をまだ久道は彼女に告げずにいる。

 あのあとすぐに逃げ出してしまったため、このまま何も言わないのは冷たい人だと思われるに違いない。

 と、久道は美也に連絡しようとしたところで—――。


「あれ、そういえば先輩の連絡先……俺もってないな」


 プライベートな連絡先を久道は持っていない。あるのは紫桃マホのアカウント。

 つまり、Vtuberとしてのアカウントだけである。

 久道は仕方ない、と割り切りザクのアカウントでマホの連絡先にメッセージを一通送ることにした。


『先ほどは急に逃げ出してすみません……。でもありがとうございました』


 そうメッセージを送れば、すぐさま既読がついて♡マークを押される。

 『既読早っ!』と思った瞬間、紫桃マホのSNSアカウントから配信の枠を立てるメッセージが全体に公開されていることに久道は気づいた。


(……先輩、配信するのか……偉いなぁ。俺は今日はする元気ない)


 もっとも、久道の場合……今日配信できないのは美也からの膝枕のことでゲームに集中できそうにないからなのだが。


 紫桃マホの配信予約枠は二十時から。


 現在の時刻が十九時四十五分のため、あと十五分後には配信予定時刻である。


 久道はこのあと特に予定もなかったため、聞きに徹して配信を覗き見ることにした。

 せっかく目についたのだからこれも何かの縁だろう。


 そうして、久道は紫桃マホの配信までの残り十五分をSNSで時間を潰そうと考えた。

 その瞬間である。


「……あれ? 知らないアカウントからメッセージが届いてるな……一体いつの間に」


 と、メッセージを確認したところで久道は目を丸くさせ固まった。


 知らないアカウントからのメッセージは基本碌でもないメッセージが多いため無視するか、確認することも怠るものなのだが……何気なく確認したそのメッセージの差出人が大物だったのである。


 ザクにメッセージを送ったその相手というのが、有名Vtuberであり、ザクをバズらせた張本人の一人『ゆうだま』だったのだ。


 メッセージの内容は簡素なもの。


 長文が続いているが要約すれば、配信者大会にでないか、といったものであった。


(……これ、送る相手間違えてないか?)


 と、久道は疑惑の目をメッセージに向ける。

 プロゲーマーを中心とした大会に自分が参加する……。

 自分で言ってて恥ずかしくなるが場違い感が凄いのだ。

 が、メッセージの文面にいくら目をこすって確認してみても、『ザク』としっかり表記されている。

 見間違いでも幻でもない様だ。


(……参加できるならぜひ参加はしたいよな)


 ゲームの腕を上げていつか視聴者からそのプレイングで魅せたい夢を持つ久道にとってこの機会を活かさない手はないだろう。


 プロ、あるいはプロに引けを取らない実力者たちと手を組んで対戦ができる。


 ゲームスキルを上達させるためにこれほど適した機会はないと言えた。


 それに滅多にない機会なため参加しないという選択肢は久道からすれば考えられない。

 久道は二つ返事で『ぜひ』と返信をする。

 と、そこで時刻を見やればすでに二十時を回っていた。

 二十時と言えば『紫桃マホ』の配信である。

 久道は急いでマホの配信画面を開いた。


♦♢♦


「……こんマホ。今日は軽く雑談交えながらゲームやってくね」


 午後二十時過ぎ。

 地雷系を彷彿とさせるふわふわっとした可愛らしいその一室でキャンディ―を舐めながら、美也は配信のスイッチをオンにさせた。


 甘くも眠たげなその声音にマホの配信を見る視聴者はコメントを加速させる。


 視聴数は開始から千人を超えマホの配信を待ちわびていた視聴者の数が多いことが確認できた。


【お~待ってた】

【こんマホ!】

【こんマホ~】

【こんマホです】


 視聴者からの挨拶を確認しつつ、マホはFPSの画面へと移行しすぐさまFPSのプレイへと移る。心なしか鼻歌を少し交えながら……。

 基本、マホは静かにプレイすることが多く鼻歌を交えることなどないため視聴者たちはそのことについて言及をし始める。


【鼻歌助かる】

【なんか良いことあった?w】

【鼻歌可愛い】


 と、そこでマホはこの中の【なんか良いことあった?w】のメッセージに反応を見せた。


「……そうそう、最近良いことあってさ。皆聞いてくれる?」


 声のトーンからしてテンションが高いのが視聴者にも伝わったのだろう。

 コメント欄は加速を見せ【聞きたい】の意見で埋め尽くされていく。

 それを確認してからマホは話を進めるのだ。


「……年下の可愛い男の子にね。膝枕してあげたんだけどさ。それが超かわいいくて」

 FPSのプレイングでいつも以上の上手さを披露しながら、マホは何気なくそう溢した。

 すると、コメント欄は—――。

【え、なにそれ】

【めっちゃ羨ましいんだが……】

【く~俺もショタになれれば!】


 と、いった具合に羨ましがる意見が多数寄せられる。

 別にマホは嘘を零しているわけではないのだが、視聴者の多くが勘違いしてしまっているのだ。

『年下の可愛い男の子……』との発言から幼児の男の子であると。

 マホは口角を緩めながら、話を続ける。


「それでさ。起きてから恥ずかしがってその場を逃げ出したんだけど。後から……ありがとって照れくさそうに言ってきて……もう可愛すぎたよね。癒しだった、癒し」


 そこまで言って、マホはウインクを決め込む。

 コメント欄は一連の話を聞いて—――。

【親戚の男の子の話だろうけど……マジうらやま】

【助かる……】

【キッズ逃げて……でも可愛いの分かるわ】

【可愛いけどキッズ、その場所変われ……】

 とのコメントが加速度的に流れていく。


「まあその子の話これからもするかもだけど、皆聞きたい? 気になってくれる?」


 嬉しそうにしているマホの発言から視聴者は聞きたいの意見しかないのだろう。

 ファンはこぞってコメント欄で【聞きたい】と意見を一致させてみせた。


 そんな中、マホの配信を見ている一人の配信者は冷や汗をだらりと垂らし羞恥から顔が真っ赤になるのを堪えるので精いっぱいの様子だった。

 そう、キレ芸のゲーム実況者ザクである。


(その可愛い年下の男の子ってさ……どう考えても俺の事じゃね?)


 いやでも待って欲しい。

 コメント欄ではショタ、親戚の子との意見も目立っているし具体的な日付のことも彼女は言及していない。

 実際、この話はザクのことを指していると言い切れる証拠はどこにもないのだ。


「なあ、えっ……これって俺のことなのか? いやでも違う?」


 どっちなんだ、といった悲鳴がザクの内心で響き渡った。

 そんなザクの反応を見透かしているかの様にマホは邪悪な笑みを一人浮かべる。


(……これ聞いてるかな? ザク……。悶絶としてくれたら嬉しいな)


 そう。

 マホは当然、分かっていてひっそりとザクのことを配信でネタにしていたのであった。

 

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