正体掴まれます?

 配信者にとって身バレほど怖いものはないだろう。

 特に素の自分と配信しているときの自分が違う場合、その怖さは測り知れないものになってくるというものだ。

 紫桃マホと裏で練習した久道ことザクは現にずっと内心で頭を抱えてしまっていた。


「なあ、お前……顔色昨日も悪かったけど大丈夫なのかよ……」

「いや大丈夫だ、うん多分大丈夫……」

「自分に言い聞かせてるし……」


 次の日の大学にて。

 同じ講義を受ける友達の一輝からまたもや心配の声が上がっていた。

 昨日に続いて体調が悪い久道だったが、その理由は単純。

 紫桃マホ。近々コラボする予定の相手が身近にいる先輩の可能性が高いからである。つまり、身バレの危機が大いに久道に迫っていた。


「彼女が出来れば、きっとお前も元気だせるからな……元気だせ」


 そんな久道の焦りを知ることなく、一輝は呑気に変なことを提案してきた。


「そんなんじゃないんだっての……」

「じゃあ何だってんだよ」

「いや何でもねえ………」


 配信者をしていることを隠している久道が一輝に相談することはできない。

 一瞬、怪訝な顔つきになった一輝であるがふと別の話題を提供し始めた。


「まあ、ならいいんだけどさ。配信者大会が今回も始まるみたいだぞ~。今朝、トレンド乗ってて確認したんだけどよ」

「……っ」


 配信者、という言葉に思わず背筋がビクッと震えた久道だが平静を装って返答する。


「なんか、そういうイベントがあるらしいな。プロゲーマーが多いイベントだろ? たしか」

「そうなんだよ。妹が大のVtuber好きだからすげえテンション上がってた」

「えっ……一輝の妹さんってVtuber好きなの?」

「あれ、言ってなかったけか。まあでも、そうだぞ」


 初耳である。

 一輝に一つ下の妹がいることは知っていたがVtuber好きなのは聞いたことがなかった。久道はVtuberではないものの、近々有名Vtuberとコラボの予定もあるため思わず身構える。


「なんだぁ? 俺の妹狙ってんのか? 久道」

「いやなんでそうなる」

「なんか動揺した感じがしたからな……可愛いけど性格終わってるから止めた方がいい。俺の妹は」

「だからそんな話じゃないって……」

「まあお前が弟になる分には俺嬉しいけどな」

(……いつのまにか、結婚前提で話進んでるし……)


 そんな突っ込みを内心でしながらも、久道は適当に一輝を軽くあしらった。


♦♢♦


 さて、大学の講義を今日も一通り終えた久道は早速大学の空き教棟へと足を運ばせる。その目的は明白。

 そう、ゲーム組織へと向かうためだった。

 睡眠不足なこともあり、講義の内容が頭に入ってこなかったものの、それ以上に先導美也先輩が紫桃マホ、なのではないか……。

 その疑惑が頭の中でずっと支配していたせいで久道は講義の内容が頭に入ってこなかったのだ。


(先輩に聞きださないと……)


 と、扉の前に立ちノックをしてから久道は室内に入る。

 それを待っていたと言わんばかりに美也がちょこんと席に座っていた。

 地雷系の服装はこの空間からは少し浮いている様に映る。

 先に口を開いたのは彼女の方からであった。


「……私に聞きたいことあるでしょ? 斉木君」

「は、はい……もしかして先輩は配信者ですか?」


 ドクドク、と心臓を激しく鼓動させながら、おそるおそる久道は尋ねた。

 すると、美也はムッと少しばかり頬を膨らませてくる。


「ちゃんと名前で尋ねてくれないと教えてあげない……」


 瞳からその言葉の真意は読み取れないが、久道は固唾を飲み込んで意を決めた。


「美也先輩は……もしかして、紫桃マホさんですか?」

 おそるおそる尋ねると、美也は席を立ちあがり久道の方へと足を運ばせた。

 そして、久道の眼前にまで迫ると―――。


「……当たり~!」


 と、言って久道に抱き着いてきた。

 小柄な体躯ながらも女の子らしい柔らかい感触が身体に広がってくる。

 心なしか良い匂いもしてきて久道の頭はおかしくなりそうだった。


(やっぱりコラボ相手だった!? おいおい……まじかよ)


 心のもやもやは解消されたが焦りは募るばかりである。

 久道は何とか美也を引きはがして、美也に気になることを尋ねることにした。


「あ、あのっ、俺の正体は分かったと思うんですけど……そのこと、他の人に伝えました?」

「……伝えてないよ。伝えるつもりもない……ザクと私だけの秘密」


 言って、また抱き着いてくる美也。

 気のせいであろうか。距離感が急に近くなって気がするのは。

 ぎゅっと抱き着いてきながら、美也は「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。


「ちょっと意地悪しちゃった。ザクに嘘つかれちゃったから……」

 嘘、というのは正体を以前疑われた時に誤魔化したときのことを言っているのだろう。美也は続ける。


「でも、オフの練習からずっと私のことだけ考えてくれたでしょ? 私のことだけ」


 恍惚と高揚感に浸っているのか、美也はどこか興奮を覚えている様であった。


「……え、えっとまあ」


 勢いに気圧されて久道は頬を掻きながら返答する。

 すると、美也は普段は無表情なその顔を綻ばせた。


「……こんなにクマができるまで……ごめん。でも疲れたでしょ? 休んでいいよ」

「休むってどこにですか?」

 久道は確かに疲弊していた。休息を取れるなら有難いため提案に乗ろうと久道は思ったまでなのだが……。

 美也は久道の言葉を受けて、再び席につく。

 それから、ポンと自身の太ももを叩いた。


「……ここで寝てもいいよ」

「……っ」

 久道は思わず息を飲んで美也の提案を断ろうとする。

 が、すぐ制止して美也は久道にこのことを告げるのだ。


「この前……ザクじゃないって嘘ついた時、それが嘘だったら言うこと聞いてくれるって言ったよ、ね」

 有無を言わさぬ眼光を美也は飛ばしてきていた。

(た、確かに……それ俺言ったわ!)

 と、久道は思い当たると美也はジトっと瞳を細めて『ほら』と言わんばかりの視線を送ってくる。


「で、ですけど……そんな膝枕なんて恥ずかしいですよ。先輩だって恥ずかしくないいんですか?」

「いいザクだし……それに眠るなら枕は必要。ザクは過去配信でも良い枕じゃないと寝れないって発言してる」


 美也はザクのガチファンである。

 知った経緯はバスってからであるものの、過去配信は全て見ているほどにはザクのファンであるのだ。

 確かに久道は過去の配信で『睡眠の質は枕が保障する』なんて言葉が残していた。


「で、でもっ、佐々宮さんが来るかもですし」

「あ~鈴は大会の準備とか顔出しとかで忙しいだろうから来ないと思うよ……」

「大会の準備? 顔出し?」

 久道が首を傾げると、美也は『そんなことより』とポンと自身の膝を叩いた。


「ほら、遠慮しないで……。提案していることを断られる方が傷つくし……」

「……っ」

 そう言われてしまえば、久道が断る術はない。

 先輩とは言えど女子に恥じをかかせる様なものだからである。

 久道は羞恥を押し殺して美也のもとへと、足を運ばせて、それから膝に頭をちょこんと乗せた。


「……ご、ごめん。お言葉に甘えます」

「うん、それで良いよ……」

 美也は華奢ながらもしっかりと太ももには肉感がある。

 程よい寝心地に久道は案外すぐに眠りにつくことができた。

 そんな久道の寝顔を覗く美也は、一人、言葉に表せぬほどの高揚感に胸が包まれていた。


(……えへへ、寝顔ちょう可愛い。これザクってことは伏せて配信で取り上げちゃおっかな)


 と、誰かに共有したいほどには、胸の中には熱い想いがこみあげていた。


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