身バレです?

 そのあとのこと。

 現在の時刻は19時を過ぎた頃である。

 大学から自宅へと戻った久道はゲーム組織のことを思い返すと、ゾッと身の毛をよだたせながらふぅと軽く息をついていた。


(……大丈夫、大丈夫。バレてない、バレてない)


 久道がここまで焦る理由は明白。

 それは同じゲーム組織の先輩である先導美也から身バレしそうになったからに他ならない。


 ファンであったことは素直に嬉しいが、だからといって名乗りでることはできなかった。


 自分がザクだという証拠もないため、恐らくバレることはないはずだ。


 だが、彼女の一度疑ってからの不敵な笑みとあのジト目がちな美也の双眸が久道の頭から離れていてくれずにいる。


 ———まるで何かを企んでいるんじゃないのか。

 そんな風に思わされたのだ。


(あぁ〜考えるのやめだやめ。考えたところでどうしようもないんだし……)


 と、久道が頭の中から美也のことを消そうとしたそのときである。


 ———ピロロン。

 ポケットの中にしまってあった携帯が不意に振動する。通知を確認すればそれは久道……いやザク宛てに届けられた一通のメールであった。


『今日もしよかったら、一度配信前に練習しませんか?』


 差出人は紫桃マホ。

 近々コラボする予定の有名Vtuberの一人であった。久道は特にこのあと予定が入ってないことを確認すると、了承の旨を彼女に伝えた。

 すると、すぐさま返信が届く。


『では、今夜の20時ほどで。またIDは貼り付けときますね』

『了解です』


 やり取りを済ませ、三十分後。

 久道はマホが待機しているFPSのチームに参加したのだが……VCをオンにすると早速心臓を掴まれる思いをする。


『あっ、どうも』


 何も発言の内容に驚いたわけではない。

 驚かされたのはその声、そのものである。

 退屈じみた声音。それでいて透き通った声……。否応なく確信させられるのだ。


(え、この声って……嘘だろ……)


 久道は例の切り抜き動画を確認していなかった。

 最初のバズったきっかけとなった切り抜きは確認したものの、その動画で羞恥心を覚えてしまったザクはそれ以降切り抜き動画は確認をもうしなくなったのだ。


 そのため、今回で初めてマホの声を聞いたことになるわけだが……絶句する他あるまい。

 まさかこんなにも身近にいた先導美也であるのだから………。


(いや、でも気のせいってこともあるしな……一概には言えない)


 嫌な汗を額に滲ませながら、ザクは言い聞かせる。世の中にはニ〜三人ほどそっくりさんがいるという話だ。

 今回はたまたま……そのケースだっただけだろう。

 努めて冷静に。

 ザクはマホの声に返事を返した。


『あっ、声入ってます……』

『ん、そうですか……今喉の調子がちょっと悪い感じですか?』

『えっ、いやどうしてです?』

『ちょっと声がいつもより低いので』


 無意識ながらも声を変えようと躍起になっていたらしい。もっとも、マホにはバレバレであった様子であるが。


『……ん、まぁデュオやりましょ』

『そ、そうっすね……』


 半ばもう抜け出したいザクである。

 だが、約束したのに途中で投げ出すことは自分でも許せないことのためぐっと堪える。

 口数を減らしてプレイしていく最中——美也はこんなことを聞いてくるのだ。


『そういえば、ザクさんって大学生なんでしたってけ?』

『い、いやぁ……秘密ですかね』

『……ん、そっか。秘密ですか』


 ザクのことを探る様な質問をマホはしてきたのである。

 マホはザクのファンであるとの情報から彼女は聞きだしたいのだろうが、久道は配信者相手には絶対プライベートな内容を話さないと決めている。


『そういうマホさんはどうなんです? Vされてるとのことですから高校は卒業されてるっぽいですけど』

『私は永遠の十七歳』

『……そ、そうですか』


 と、ぎこちない質問をしながらプレイを進めていくとザクは違和感を感じ取る。


 それはマホのプレイング。

 敵の位置を把握する能力。そして、何よりこの敵を遠くから撃ち抜く狙撃の腕前……。

 どことなく一緒にしてみて、感じてしまうこのプレイのやりにくさ……。


 ふと、考えない様にしてても頭にチラつくのだ。先導美也の姿が。


『ん? どうしました? 動きがだんだん鈍くなってますけど……』

『い、いやぁすみません。頑張ります……』

『ん………ところでさ。これは私の知り合いの話なんだけど……』

『えっ? はい』

『私の知り合い……今日デュオした人いてね———』


 マホが知り合いの話として話し出したのは、回復薬をさりげなく自分も欲しいのに渡してくれた相手がいたこと。

 無茶なプレイングについてきてくれて感謝した相手がいたこと。

 などといった、極めて今日——久道と美也がプレイした内容とほぼ同じ内容をマホは口にしたのである。


『……っぷ。ん、ザクさん……前から敵来てるって、ちゃんと前見て』

『…………え? あ、あぁうんすみません』


 ザクは思わず呆然としてしまう。頭の中はぐちゃぐちゃであった。


(し、知り合いの話なんだよな? 知り合いの話………)


 そう思い込んで、プレイをマホと進めていくザクであるがプレイを進めれば進めるほどマホは久道こそがザクだと思えてならなくなった。

 もっとも、最初からと言われればその通りではあるのだが……。


(……ザク、動揺してて可愛い。早く私だって明かしたいけど、っていうか気づいてくれていいと思うけど……でもやっぱり、まだいじっちゃお)


 ザクの反応を楽しんで、小悪魔な笑みを浮かべる美也。対するザクはというと。


(やばい。めっちゃ美也先輩ですか? って聞きたいけど違ったらなぁ)

 と、困惑の表情を内心で浮かべていた。


 二人はそれぞれの想いを抱えながらFPSを繰り広げた。


♦︎♢♦︎


 その頃。

 大きな会場の会議室にて。とある選考が進められていた。その場にいるのは登録者数700000人を超える有名配信者『ゆうだま』とその裏方の者である。


「今回の配信者大会は誰を参加とさせます? ゆうだまちゃん」

「う〜ん、いつもの常連さんと勢いに乗ってるV達は確定として———」

「それはまぁそうですね、ではいつも通りで今回もいきますか」

「待って……私ね、一人だけ推薦させたい人がいるの♪」

「……い、一体どんな人ですか? プロゲーマーの方ですか?」


 食いついてきた裏方の者にゆうだまは一枚の資料を差し出した。


「ゲーム実況者のザク♪ 表では明言できないけど、この人入れたら今回の大会盛り上がるよ、きっと♪」


 ———そんな可愛らしい声が一室に響いていた。

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