正体バレのフラグです?

「……おい、久道大丈夫か? 顔色あんま良くないみたいだけど」

「実は昨日あんま寝れなくてな……それでだ」

「バイトそんなに忙しいのか? シフト減らした方がいいって絶対」

「いやそれとはまた別件」


 翌日のこと。時刻は10時過ぎ。

 大学のキャンパス内に入れば、偶々久道は数少ない友達の一人である一輝と顔を見合わせた。

 出会って早々、一輝に顔色を心配された通り今の久道の顔色は蒼白気味であり目の下にもうっすらとクマができている。寝不足をかましていた。


「なんか困ったことなら話聞くぞ?」

「いや、大丈夫だ。ありがとな」


 欠伸あくびをしながら一輝と共に授業へと向かう。

 その際、久道は昨日の配信のことを思い返していた。

 久道の頭を悩ませている元凶。登録者数300000人を超えるVtuber、紫桃マホについてである。


(……俺の大大大ファンみたいだけど、正直距離感、悩むんだよなぁ)


 昨日の配信のあと、それは発覚したことだった。


 コラボする流れが決定してから、あのあとザクはすぐに配信は辞めにし……お互いに裏でメッセージを取り合うことになったのだが。


『……私、ザクさんのこと実は最近すっごく推してて』

『え、ありがとうございます』


 と、コラボ日を検討してからすぐさまそんなメッセージが送られたのだ。

 コラボ日はまだ具体的には決まっていないものの、一ヶ月ほど先を目安にしたい様子だった。

 というのも、ザクに不甲斐ない姿を見せたくないらしくゲームの腕を仕上げたいらしい。

 ザクこと久道はそれで気が重くなってしまっている……。

 コラボのプレッシャーゆえに昨日、寝付けなかったのだ。


「あっ……」


 と、そこで隣を歩く一輝の声が漏れる。

 目を丸くさせ何か珍しいものでも見ているかの様だった。

 一輝の視線の先を見やれば、そこにいたのは、ゴスロリっぽい衣装で小さな体躯を身に包んだ——先導美也に他ならない。


「どうした?」


 久道は気づいていないフリで装って尋ねると、一輝は眉を寄せて怪訝な顔つきになった。

 まるで『お前知らねぇの?』と言わんばかりの呆れぶりである。

 一輝はガリガリと後頭部をかくと仕方ないといった様子で話を始めた。


「ありゃ、三年の先輩だけどな……。大学で見ることはあんまりないんだよ」

「へ、へぇ……そうなのか」


 久道はポリポリと頬をかいて苦笑いを浮かべる。久道は彼女をコンビニで見かけているし何なら空き教室でも見かけ、昼を共にしている。

 そのため一輝の溢す物珍しさ、というのがイマイチ伝わらなかったのだ。


「キャンディーをいつも舐めてて何考えてるのか分からない。でも小動物っぽくて可愛いと巷で話題の有名人」


 言って、一輝は肩をすくめた。


「見かけるのが久々で思わずびっくりしたってだけ」

「なるほどな」

「おう。でもああいうミステリアスで小動物な女子って見てて癒されるよな」


 口角を緩めながら、目尻を下げる一輝に久道はため息をついた。

 もっとも、気持ちは分からないでもないが。


「お前、彼女いるだろ? 怒られるぞ?」

「怒るあいつも可愛いからな」

「はぁ、惚気は結構結構」

 ニマニマと笑う一輝に久道は寝ぼけ眼をこすりながら手をヒラヒラと払った。


♦︎♢♦︎


 大学の空き教棟のある一室。

 久道はコンコンと一度ノックしてからその部屋に訪れていた。

 時刻は14時過ぎ。

 昼ご飯を適当に済ませた久道は、加入が許可されたゲーム組織の部屋へと訪れる。

 もっともノックしたのは、また着替え姿を目撃してしまうというハプニングを無くすためだ。


 部屋の中に入り人影を確認すると、久道は驚きの声を思わず漏らす。


「……えっ?」


 無理もない。そこにいたのは鈴香ではなく先導美也であったのだから。

 ファンデッドなヘッドホンを身につけ、マウスを小刻みに動かしPC画面を凝視している。

経験者だからこそ分かることだが、マウスの動きからしてFPSをしていると言って良かった。


(……な、なんで彼女がここに?)


 と、久道が疑問に思っていると彼女の眠たげなジト目とふと目が合った。

 ぱち、ぱち。

 お互いに目を合わせて固まっていると先に美也の方から口を開いてくれた。


「………ちょっと待ってて」


 言われ、久道はコクリと頷いて適当な椅子に腰をかけた。

 きっと対戦中であるからそれが終わるまではそっとしといてということだろう。

 久道は適当にPCを弄りながら時間を潰した。


 十分もすれば、彼女はプレイを終えた様子だった。PCやら荷物を持って久道の隣の席まで移動してくる美也。


「……別に隣に来てくれても良かったのに」


 ジト目がちな双眸からはその言葉の真意を推し量ることはできないものの、心なしか頬が膨らんでいる気がした。

 可愛らしいとは思わされたが一体なぜ頬をそこで膨らませるのか、久道にはよくわからなかった。やはりこの先輩はミステリアスな先輩な様である。


「えっと、すみません……」

「ううん、謝らなくても平気……それよりどうしてここに?」

 正直、その質問は久道こそしたかったがぐっと堪えて彼女の質問に応える。


「この組織に加入させてもらったからなんですけど……もしかして先導、いや美也先輩も?」


 おそるおそる尋ねると、コクリと小さく頷いてきた。


「そっか。君が鈴に加入を認められた人だったんだね……」


 どことなく口を半弧に描いてうんうんと一人で頷く美也。


「あっ、先輩もここに入られてたんですね。それで佐々宮さんは?」

「うーんと、今日は多分忙しくてこれないんじゃないかな……鈴は」

「あーそうなんですね」

「うん、だから二人っきり……」


 無意識だろうが、男子が喜びそうなワードを何気なく溢す美也に久道の心臓は思わず跳ねた。

 そんな久道を置いていくかの様に、彼女は続けるのだ。


「……鈴の加入を認められたその実力。私も見てみたいから一緒にデュオしない? これから」

「りょ、了解です」


 と、そこで久道も浮かれた気持ちにスイッチが入る。

 このゲーム組織の人数は公にされておらず具体的には教えられていないものの、先輩に認められれば自分の立ち位置は大きなものになるはずだ。

 久道は認められようと、本気でFPSに取り掛かろうと思うのだった。


 だが、久道は知らない。

 このあとのプレイングで自分がザクなのではないかと疑われてしまうことを……。

 そして、他ならぬこの先導美也こそがコラボ相手の紫桃マホ、本人であることを久道は知らずにいるのである。

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