ふとした配信でコラボの誘いです?

 ……本当に何が起きているというのだろうか。


 久道は自分宛てに送られているメッセージを確認して、心を落ち着かせたところでようやく事態を飲み込めた。


(……別の配信者さんの話題で偶々取りあげられたって感じか)


 ザクよりも登録者の多い配信者が、ザクのことを話題に上げたことでザクの知名度が加速度的に上がっていったということなのだろう。


 基本、他の配信者さんの話題はご法度とされるケースが多いが、何か事情があったのだろう、と久道は息を飲んだ。


 今回の意図しないバズりのおかげもあってか、SNSのフォロワー数も顕著に数を伸ばしており、メッセージでは久道の痛いところを突いてくるものが多く確認された。


 もう何件目のことであろうか。


【次の配信楽しみにしてます!】

【最近知ったけど早く見たい】

【忙しいのかな】

【今、バズってんのに何で配信しないんだろ……】

【裏でいっぱいゲームの練習してんのかな】


 ザクに届くメッセージのほとんどが次の配信を心待ちにしているというもの。


 正直なところ、配信でイジラレルのが恥ずかしいためにほどぼりが冷めてから、次回の配信をしたいと思っていた久道。


 ……が、今回の一件でまたも予期せぬバズりを見せたためにこのまま、またほとぼりが冷める時間を考えれば、休止期間は自ずと長くなってしまう。


 それはファンに対して申し訳ない気持ちにさせられるのだ。


(変に取り繕わないで配信しないとなぁ……)


 何だかんだでファン思いなザクはこれから予定が入っているわけではないことを確認すると、ゲリラで配信することを決めたのだった。


 とはいえ、すぐに配信モードへと自分の気持ちにスイッチが入るわけでもない。


 ザクは自分の退路を断つためにも、こんなメッセージを視聴者に対して溢すのだ。


『最近はリアルが忙しくて配信できんかった。マジごめん……これから配信するから暇な人いたら来ていいぞ』


 普段はあまりメッセージを打ち込まないザクだが、このメッセージに視聴者の多くは食いついて返信を何件も飛ばした。


【マジ!?】

【絶対、今アカ確認しただろ(笑)】

【うわっ、これから仕事だわ。アーカイブで見るな】

【楽しみにしてる、絶対行く!】


 と、そんな暖かいメッセージにザクは照れながら配信の準備を急いだ。

 いつもは長時間の配信だが、今日はゲリラで急にやると決めたことのため短時間で配信を終わらせよう、と考える。

 配信の枠を立てて、ザクは何度か深呼吸を繰り返して配信を開始した。


(よし、気合い入れてくぞ……俺)


♦♢♦


「……ザク、配信始めたんだ。可愛い」


 女の子らしいというよりは地雷系の一見、不気味ともとれる部屋で一人の少女が飴をチロチロと舐めながら目尻を下げていた。


「今日は大学……空きコマが多いし、配信覗いちゃおっかな」


 自室でポツリと溢すのは他ならぬ個人でやっている有名Vtuber『紫桃マホ』、本人である。

 ……そして今回、ザクをバズらせた張本人であった。


(きっと私がコメントを残したらファンの皆も喜んでくれるだろうしね……)


 それは言わば確信。昨日の配信でザクの話題を上げれば【コラボして欲しい】との意見が圧倒的に多かったからこそ発言できる読みである。


 企業に属している配信者、となると色々と個人間、まして異性との接触は慎重にならなければならないが、ザクもマホも個人で自由な配信スタイルを取れる配信者。


(……それに、ザクもバズって嬉しいと思うだろうし)


 配信者をしてれば誰だって人気が欲しいと考える。それは自然なことだろう。


 そのため、マホはザクがバズって内心では嬉しく思ってるのではないか、と考えたのだ。


 ……まあ本人の考えを知る由はないが、マホの中にはザクと接触したいという浮ついた願望が心の奥底にはあるのだろう。


 一配信者として、そして一ファンとして。


 『紫桃マホ』はザクと何でもいいため繋がりが欲しいことが伺える。


 マホは最初は聞くだけに努めようと考えザクの配信をチラッと覗き始めた。


♦♢♦


「うい~す、今日もやってくぞ~」


 あくまでいつもと変わらぬ様に。

 ザクは平静を装いながら配信のスイッチをオンにしてマイクを通し声を入れた。


 すると、視聴者の数はみるみるうちに増えていき……


【きたあああああ】

【マジ待ってた!】

【ゲーム練習の成果みちぇてくれ♡】

【台パンおかえり♡】


 そんなコメントが急速的に流れていく。

 ザクはあまりのコメントの速さに正直ついていけなかった。


(……え、コメントいつもより早くね? やばい、頭に内容入ってこない)


 ザクが困惑するのも無理はない。配信を始めたばかりであるにも関わらず今の視聴者数は1500を超えていたのだから……。


 バズる前の視聴数と比較すれば六倍ほどの増加率を見せていた。


「……え、えっとだな」


 想像以上の視聴数に唖然としていると、コメントは『w』や『草』といったワードで埋め尽くされた。確認できたコメントには————。


【動揺してて草】

【ぜったいビビってるでしょ(笑)】

【可愛いw】


 そんな弄るコメントばかりであった。

 ザクはどう対応していいのか分からずに思いのままに台パンをしてしまう……。


 いつもの配信の癖。照れたりキレたり、感情が激しくなると台パンをしてしまうのがザクの癖の一つなのだ。


「それはマジちげえからな。可愛いとか俺のどこが可愛いってんだ? マジで」


 キレ芸をいつもするからこそ、ザクは視聴者とバトルを繰り広げ始めた。

 そんなザクを微笑ましく見守るかの様に投げ銭も多く寄せられる……。

 ザクは感謝しつつ、視聴者のふところ具合も考慮して発言すると……。


【感情今、絶対ごちゃごちゃでしょ(笑)】


 そんな1000円の投げ銭がザクの心にぐさっと突き刺さるのだった。

 思わず黙って唸ってしまい……再びいつもの癖で台パンしそうになったところで。


【そういえばマホちゃんの切り抜きどうだった?】


 そんなコメントが数多くみられるようになり、投げ銭でその意が込められたメッセージが届く。


【ザク、マホちゃんの切り抜き見た?】


 ザクは何度も深呼吸を内心で繰り返して、その投げ銭コメントについて応えた。


「見れてないけど、有名な配信者みたいだな……。コラボは向こうが良いなら全然しても良いって感じだな、俺としては」


 ザクの本音はそれだが、その選択だけは絶対向こうが取らないだろう。


 そんな風にザクは考えた。

 何しろこっちはキレてばっかりの配信者。

 怖いイメージを植え付けられているに違いない。

 と、そんな風にたかをくくっていたのだ。


「……でも、お前ら気をつけてな。配信中にあまり他の配信者さんの話題出さない方がいいのと……そもそも、それってマナーだからな」


 そんな注意をすると、視聴者はすぐさま反省の色を示す。

 その瞬間のことだった。

 その当事者が顔を見せたのだ……。


【コラボできたら私の方こそお願いしたいです……】


 紫桃マホ、本人の登場である。

 結果として注意をしたはいいものの、この登場によりコメントは【え、本物?】【マホちゃんじゃん】といった具合に信じられないほどの加速を見せていた。


 ここまでコメントで触れられればザクとしても意見を出さないわけにはいかない。

 触れざるをえない……。


「あ~、じゃあコラボいつかできたらしたいですね」


 そんな風にしか言えなかった。先ほど、コラボOKの旨を示した手前断るなんてことは空気的にもできそうになかったのである。

 配信中ではあるものの、ザクは内心で頭を抱えた。


(いやコラボって……急展開すぎだろ)

 

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