知らぬコラボからのバズりです?

 その日の夜。

 時刻は二十時三十分を回った頃。


【マジ、楽しみすぎる】

【この二人のコラボは安定】

【ヤミマホしか勝たん】

【待機っ‼︎】


 ゲームが上手いと評判な人気Vtuberの二人、

 『桜ヤミ』と『紫桃マホ』のコラボ配信の枠にはすでに何件ものコメントが寄せられていた。

 コラボ枠の内容は至ってシンプルなもの。

 二人でFPSをしながら雑談も交えるといった、特別でもなんでもないことだ。

 それでも多くの視聴者が心待ちにしているのはこの二人の組み合わせが単純に好きだからということなのだろう。


「……みんな、こんマホ」

「はいはいどうも、こんサク〜」


 待機画面から二人のアバターが現れ、凛とした二つの挨拶が視聴者に向けられた。


【きた!】

【おっ、きたきた】

【待ってた】


 暖かいコメントに迎えられ、Vtuberである二人は挨拶を交わして、ゲーム画面へと液晶画面を移した。


「よ〜し、それじゃ……早速やっていこうか。マホちゃん」

 普段よりも明るい声音で鈴香は美也に声をかける。

「ん、やろ……」


 今のちょっとした二人のやり取りから分かる様に鈴香はVtuberとしてのキャラ付けを何よりも重要としているためか、素の自分と配信時の自分とで使い分けている。

 つまり二面性があるのだ。


 それに対して、美也は素の自分と配信時での自分はほぼ一緒。

 使い分けなど考えすらしていなかった。

 プロ意識がマイペースな美也からすればない様である。

 そんな正反対の二人は、FPSのプレイを進行させていった。

 ヤミは近距離を得意とし、逆にマホは遠距離を得意とする。

 アサルトライフルを持ち前線へと進むヤミの前には敵無しだった。


 ――ドンドン‼︎ ドンドン‼︎


 打てば敵のガードを破り、いつの間にか敵を倒してしまう……。彼女の巧みなプレイングに視聴者は自然と目が惹きつけられてきた。


【ヤミち、マジ強えぇ】

【あれかわせるのどうなってんだ笑】

【ヤミの特攻……いつ見ても綺麗すぎる】


 コメント欄は称賛の嵐。無駄のない圧倒的なヤミの攻撃スタイルにコメントは加速を見せる。


「みんな、いつもありがとね。今日も絶対勝つから」


 プレイングで魅せると、鈴香はウインクを決め込んだ。

 偶に見せる鈴香のこのサービスにコメント欄は再び加速を見せ始める。


【おー今のスクショ‼︎】

【切り抜き班任せた】

【可愛すぎワロタ】


 ヤミはそんな肯定のコメント欄に目を通すと、『るんるん♪』と楽しげに足を机の下でばたつかせる。


 コメント欄が『ヤミ』のことで埋め尽くされ、もう一人の有名配信者——マホについてのコメントが見られなくなっている最中。 


 マホは一人、眠たげなジト目で銃の照準をただ一点に固め存在感を消していた。


 そして敵の出方を伺い、頭を覗かせたところを彼女は撃ち抜いていく。

 敵のキルを確認すると、コメント欄はマホの存在を思い出したかの様にざわめきだした。


【いやマホも上手すぎw】

【さすがスナ専笑】

【完全に敵なしじゃん】


 スナ専というのはスナイパーライフル専門の略。つまり遠距離射撃の武器だけを得意とするのがマホのプレイスタイルであった。


「おっ、ナイスヘッドショット、マホちゃん」

「……油断しない。他の味方も困ってるから。私はここでまた敵の出方を伺う」

「わかった、私は私で前線突っ走るね」

「うん……任せる」


 互いに連携を取り、試合運びを円滑に進めていく。

 相手の隙を作るのが、ヤミの仕事。

 その隙を活かすのが、マホの仕事。

 二人の連携プレイは完璧で難なくこの試合では一位を獲得することに成功した。


「はい、おつかれ〜」

「ん、お疲れ様」


 その二人の声に合わせてコメント欄は、おめでとう、といった賞賛の声で盛り上がりを見せた。

 そうして、一試合目から気持ちを昂ることができたヤミとマホはその後何試合かマッチを繰り返す。

 緩くプレイをしていく中で、ふとヤミが視聴者のコメントに反応した。


【なんか最近リアルで面白いことないの?】


 こんな発言があったから、ヤミは触れてしまう。触れずにはいられない。

 今日出会った男子のこと。

 そのことを伝えれば、雑談に花が咲くと思ったからだ。


「みんな、実はね。今日面白いことがあってさ。聞いて聞いて」

 ヤミの弾んだ声音から視聴者は関心を示して先を促す。鈴香は久道との出会いを振り返りながら伝えるのだ。


「ある人の話で今日会った人のことなんだけど。出会ったときはホント最悪の出会い方から始まって———」


 ヤミは一連のできごとについて振り返った。

 お洒落な服装ではなく動きやすいラフな格好に着替えていたら急にノックもなしに部屋に入られ下着姿を見られたこと。

 そして、その相手とゲームを一緒にやってみたら聞いたこともない才能を持っていることが発覚したということ。


 その才能というのは、ゲーム上手いのに肝心なところで必ず負けるという才能である。

 思い返すと思わず、ヤミはくすっと破顔した。

 一通り伝え終われば、コメント欄はすぐさま流れて加速を見せる。


【なにそれ笑】

【実話ならやばい】

【その男センスあっておもろいw】

【友達に一人はそういう奴欲しいわ笑】


 と、コメント欄はその話に様々な反応を見せ加速していく。

 反応は多様であったが、否定的なコメントは見当たらなかった。つまるところ、その相手を肯定的に見るコメントが多々見られたのだ。


「その人とさ、ちょいとコンタクト取れたからまたこの人の話、好評だったらするね」


【また頼むわ笑】

【こーれは面白そうで寝れませんw】

【その人、それ演技じゃないの?笑】

【マジおもろい】


 現時点のコメントの反応ぶりから、鈴香は内心でホッと安堵の息を吐く。

 彼女からすれば久道をこの組織に入れてよかった、と唯一思える瞬間であった。


「その話、コメントに名前がちょいちょい上がってるけど……ザクさんに似てる」


 と、そこでそれまで静観していたマホが流れるコメントを確認しながら口を開いた。

 コメント欄では少なめではあるものの、【それザクじゃね?】【ザクっぽい人で草】と言った様にザクのことについて触れられている文面が数件確認されたのだ、


「ザ、ザクさんね」

「そ。私……個人的に推してる一人なんだ」


 このマホの何気ない発言で一部の視聴者には火がついた。

 『見てみたい!』との好奇心からか、時折投げ銭も挟みながらコメントをしてくるのだ。


【マジ!? 両方好きだからコラボしてほしい。できるなら】

【ザクが他の人と話してるとこは見たい‼︎】

【ザク? ザクってだれ?】

【某有名配信者の野良で———】


 と、ザクに関してのコメントが目立つ様になる。この話題についていけない視聴者もいるため、マホは気怠そうな表情をひとつも変えることなく続けた。


「いずれコラボできたらいいけど……。あ、でもこの話はもうお終い。もう他の話、他の話」

「ありがと。マホちゃん……私は全く話についていけないから」

「ううん、これは配信のマナーでもあるし」

「そだね。ってやばっ! 前から敵来てる」

「………了解。こちらも敵警戒しとく」


 それからは互いに無言になりプレイに熱中しだすのだった。


♦︎♢♦︎


 さて、久道がそんな配信が行われていることなど知る由なく迎えた翌日の朝。

 見ればSNSアカウントの通知がカンストしていることに久道は気づいた。

 思わず嫌な汗を額に滲ませる。


(………え、ど、どういうことだ?)


 嫌な予感がして目が醒めると、ザクの配信界隈での認知度は更に向上を見せていた。


 沈静化を図るために、配信を不定期で休めているのにこれではかえって逆効果である。


 ザク宛てに届いているのは『切り抜き』みた! との文面。そしてその切り抜き面白かったとの感想。


 切り抜き動画というのにもはやアレルギー反応を起こしているのかザクは確認しなかったものの、今回の編集が加えられた切り抜き動画は先日のヤミ、マホのコラボ配信。


 切り抜かれた内容は、ザクとコラボできたらいずれしたい、と正直なマホの感想が綴られたものであった。


(……おいおい、どうなってんだ!?)


 自身のチャンネルにも多くの通知が届いているのを確認し、チャンネルに飛べばそこには———チャンネル登録160000人越えの登録者が………。


(マジでおかしいだろ……これは)


 数日でまた4万人を増やしていることになる。


 配信もしてないのになぜか勝手にバズっている現象に、ザクは嬉しい気持ちになりながらも、焦りと恐怖からか思わず頭を抱えた。


(………え、ホントにどういうこと?)

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