女性配信者達の姿

 格ゲーでの対戦をし、久道の加入を認めてからおよそ三十分後。

 一通りの説明を終えた鈴香は、今日は解散とのことで久道を家へと帰らせていた。


 説明とはいっても、暇な時に顔を出せばゲームを一緒にする。

 それくらいの説明に他ならなかった。

 あとは、好きなゲームやら、得意なゲームやらの雑談で盛り上がっただけである。


「……あれ、鈴じゃん」


 ——と、鈴香が席に座って一人、耽ったところで扉が開かれると、小柄な少女が姿を見せた。

 鈴香は彼女を認めると、興奮と高揚を隠せずに顔色を変える。

 そんな鈴香の姿を確認すれば、思わず眉を寄せる彼女である。


「……どうしたの? なんかいい事あった?」

「うん‼︎ 聞いてくださいよ、美也先輩。実はですね———」


 気怠さが見て取れるジト目がちの双眸。

 整った鼻梁。小さな唇。絹の様に白い肌。


 ——そう。小柄な体躯でトトトとこの部屋に入ってきたのは久道と昼食を共にした先導美也に他ならない。


「落ち着いて、鈴。ちゃんと話は聞くから」

「はいっ、まず私の独断で申し訳ないんですけど一人この組織に加入させました」

「………………え?」


 何気なく言う鈴香に美也は呆然とした声を漏らす。そして目を丸くさせ、次の瞬間には顔色を変えて姿勢を前傾させた。


「鈴、一応……のことは任せてるつもりだけど、さ」


 分かってる? と注意を促す様な目つきで美也は鈴香を見やった。

 鈴香はさも分かってます、と言わんばかりに首を縦に振る。


「大丈夫ですよ、美也先輩。ちゃんとした逸材でしたので」

「……逸材?」


 こてん、と小さな首を傾げる美也。

 思わず興味探そうな目つきとなってしまう。

 それは無理もないこと。鈴香はことあるごとにメンバーの加入は認めないスタンスを取っていたからだ。

 そのため人数は……鈴香と美也以外に増えない現象が続いていた。

 基本、新メンバーと言われても興味は惹かれない美也であるが、鈴香が逸材という人物には自然と惹き寄せられてしまうもの……。


 ………なぜなら。


「……どれだけ上手かったの? その相手。鈴をここまで言わしめるって相当……。いや、あのプロゲーマーをそこまで言わしめる、か」


 くすっと小さく笑って揶揄うと鈴香はきゅっと唇を窄めた。


「か、揶揄わないでください」

「……今の表情、可愛い。もう一回見せて」


 揶揄いに躊躇を見せるどころか、エスカレートさせる美也である。

 鈴香の正体——プロゲームチーム所属、そしてVtuber『桜ヤミ』について美也は認知していた。

 ……が、それは、かくいう鈴香も一緒で。


「そこまで言うなら、私も揶揄っちゃいますよ? 紫桃しとうマホちゃんって」

「……ん、配信外でそれ言うの禁止」

「ふふっ、お互い様です」


 ムッと頬を膨らませ抗議の意を美也が唱えた様に彼女もまた配信者の一人。

 それも、プロに引けを取らないゲームスキルを見せ、声が可愛いと評判の個人勢Vtuber。

 登録者数は300000人を超えるという、『紫桃しとうマホ』。

 その正体こそ先導美也であるのだ。


「……いい? 私たちは配信者だから慎重にならなきゃいけない。別に信用はしてるけど、どんな人を加入させたの?」


 と、ここで話は本題に戻る。怪訝そうな美也の表情を受け止めると鈴香は続けた。


「実はですね———」


 鈴香は久道とのプレイの一件のことを詳細に話した。

 ゲームのスキルはあるはずなのに、なぜか土壇場では弱体化し、負けるそのプレイングについてを。

 勿論、着替え姿を見られた云々の話は置いといて。


「……驚いた」


 話を聞き終えると、美也はポツリと小声を漏らす。その後、口角を緩めて振り返り始めた。


「それめっちゃ最近の私のお気に入りの配信者に似てるね……」

「最近、お気に入りの配信者さんがいらっしゃるんですか?」

「……うん、知らない? 一部では大バズりしてて話題になってる………。あの『ゆうだま』ちゃんの野良さん」

「あ〜、私あんまり興味がなくて……すみません」

「鈴、ホント人の名前とか覚えるの苦手だもんね………」


 苦笑を浮かべる美也を認めつつ、鈴香は続けた。一人、テンションを高めながら。


「……ですが、ですが。これ配信の雑談で触れたらすごく盛り上がりそうだな、と思いまして」

「まぁギャグみたいな展開だもんね……。それ絶対ザクさんじゃないの? って視聴者さんから言われそう……絶対」

「ザ、ザクさん?」

「そ。私の最近のお気に入りの配信者……可愛くて面白いの……」


 ニマニマと表情を明るくさせて、鈴香に『一回話題になってる切り抜き見てみる?』と促す。


「……わ、私は興味ないので問題ないです。ただ今日は私と先輩……コラボの日じゃないですか‼︎ 空き時間での雑談が結構大変なので……」


 だから、久道を加入させた。

 雑談で話せることが広がるから……視聴者も盛り上がる内容だと確信しているから。


「……そう。まぁいつも通り軽くゲームすればいいと思うけど」

「まぁ、そうなんですけど身構えちゃうんですよね、配信となると」


 すっと自嘲する様な目つきになったのを自覚すると、慌てて取り繕う鈴香。

 そんな鈴香に気を遣う様に美也は他の話題を提供するのだ。


「……そういえば、私も昼一緒に食べた人がいてね」

「え〜、そうなんですか?」


♦︎♢♦︎


 さて、そんな風に二人の有名配信者が雑談で盛り上がっているなか。

 久道は一人、自宅でFPSの練習に努めていた。


(ふぅ……この『ツンデレ』とかのほとぼりが冷めるまでは配信はお休みしたいし、今は練習練習)


 そう思いつつ、裏のオフで練習に励む久道であるが彼は知らない。


 『桜ヤミ』と『紫桃マホ』

 二人の有名配信者の話題に知らず知らずのところで自身が話題に上げられてしまうことを。


 久道は知る由もなかった。

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