バトルです?

 ———マズい、マズすぎる。


 久道は絶体絶命の危機にさらされていた。

 頭の中で支配するのは焦燥、その感情一つだけだ。

 なぜ、大学の有名人である鈴香がゲーム組織にいるのか。そして、なぜその場所で着替えの最中なのか……。

 そんな疑問よりもまず己の心配のみが久道を縛ってしまっている。


 そのため、久道は我が身を案じてすぐさまこの場から逃げようと思ったのだが……。


「……逃げないで」

「は、はいっ‼︎」


 酷く冷えたその声が久道の身体を硬直させた。叫ぶでもひっぱたくでもするわけでもなく、ただ彼女は平然と侮蔑の表情を浮かべるだけだ。


(冷静すぎるのが逆に怖い……)


 スーッ、スーッ。

 着替えを続行させたのか衣服と肌が擦れる音が聞こえてくるが、意識して聞こうとすると、耳から離れず変な気分にさせられるため聞かないように久道は努める。

 必死に目を瞑って、別のことに意識を割いていると……不意にトンと肩を叩かれた。


「おい……」


 その声に恐る恐る久道が振り返れば、当然だろうがそこにいたのは、着替えを終えた鈴香だった。


「…………」

「…………」


 互いの視線がぶつかること数秒。

 久道は夢であって欲しいと何度も願ったが、彼女の冷えた目と顔は曇りようもなく美人のそれで、夢ではないのだと認識させられる。


(しかし、この視線も悪くない……ってなに考えてんだ。俺は……ほんとに殺されるってマジで)


 彼女——佐々宮鈴香が美人であるからには違いないだろうが、久道は彼女の侮蔑の視線を悪くないものに思えてしまっていたのだ。

 自分に可能性を見出したことに久道は内心で感嘆の声をあげる。

 さて、そんななか。

 この気まずくも久道からしてみれば、逃げ出したい状況下で、先に口を開いたのは彼女の方からだった。


「……なにか、言い残すことはある?」

「いやこれはそのっ、誤解なんです‼︎ 」

「下着姿みといてそれは苦しいんじゃない?」


(笑顔が怖い。そしてその顔に曇りがさしているのが何より怖い……)


 そうは思いながらも、必死に弁明するしかない久道である。


「それは悪かったと思います……。すみません。ただそんなつもりはなかったというか、これは偶然だったというか……」

「こんな空き教棟までやってきといて? さしずめ、いつぞやに告白してきた輩なんじゃない?」

「…………」


 知らぬ間に俺は鈴香に告白していたことにされているらしい。勘弁してくれ。

 と、久道は目を細めてしまう。

 その久道の反応から違うことを彼女は察したのか一瞬だけ目を丸くした。


「え、なに……違うの?」

「違いますって……」

「そ。まぁそんなことはどうでもいいの」


 そして、また侮蔑の視線に戻り表情はにこやかなものに戻った。


(いや、戻らなくていいから。マジで……俺の可能性広げようとしないでっ!)

 

 そんな突っ込みを内心でしていると、鈴香は続けた。


「あなたが覗き魔だろうが、偶然だったろうが、私にとっては些細な差。見られたか見られてないか、この事実の有無だけが大事なの? 分かる?」

「それは分かりますけど、俺にとってはそこが重要といいますか……」

「ま、覗きがわざとかわざとじゃないかで、記憶が飛ぶか命が飛ぶかっていう差はあるけどね」

「差大きすぎません? ってか、許してください。わざとでは決してないので!」

「ま、そこまで言うなら言い訳は聞いたげる」


 至って冷静そうに彼女は先を促した。

 久道は命をかけて弁明に努めることにする。

 これは何も物理的な命のことをさしている訳ではい。名誉……つまり、社会的な命もここにはかかっていた。


(SNSとかで拡散されでもしたら、社会的にも死ぬからな……それだけは食い止めないと)


 そういうわけで、必死に言葉を紡ぐ久道。


「俺はそのっ、ここが更衣室とかだとは思わなくてただっ、ここはゲームの組織がある場所だと聞きまして……俺はそこに入りたいなと思ってこの場所に来たんですが、それでそこになぜかピンクの下着を着た佐々宮さんがいたというか何というか……」

「……あなた、非常に素直な人なのね。嘘をついてるって訳じゃないことは分かった」


 ただ、と鈴香は握り拳を作って頬をわずかながらに紅潮させる。


「私の下着姿を見たのは事実なのね……」

「え、それはその……」

 と、そこで久道は自分の失言に気づく。

 先程、ピンクの下着と自分が溢してしまったことに……。


(俺、何言ってんだ! 心の声だだ漏れさせすぎだろ……)


 そう思いつつ、必死に久道は頭を下げた。


「下着姿を見てしまったことは謝ります。すみませんでした……。ただ俺はゲームの組織に入りたいと思いまして、ここに来た次第なんです」


 言うと、彼女は身体をぷるぷると震えさせながら、下唇をきゅっと噛んで、やがてふぅと軽く息を吐く。


「あなたが嘘をついてるわけでもないことも、反省してることも分かった……ただこの行き場のない恥ずかしさには付き合ってもらうから」

「つ、付き合ってもらう?」


 言ってる意味が分からず、久道は首を傾げた。

 とにかく許してもらえるならなんでもするのが久道のスタンスである。


「そ。本題に入る前に……今日ここで見たことはなるべく忘れなさい、いいわね?」

「努力します」


 必死に頷くと彼女は艶のある髪を靡かせて説明をし始めた。


「ここは貴方の言った通り、非公認のサークルみたいなもの……というよりは、もっと小さなものね。個人的にさせてもらってるゲームの組織。人数も少なくて、名称もない。ただ本気でゲームをする集まりみたいなもの」

「………」


 黙って先を促すと、鈴香はビシッと人差し指を久道に突きつけた。


「ま、詳しいことはそのあたりで……。あなたが本当にこのゲーム組織にやってきたというなら、私と勝負なさい。私が見極めるわ、あなたが本当にここに入りにきたのかどうかをね」


 久道に残された選択は一つしかない。

 断れるはずもない。久道は大いに頷く。


「はい。俺は本気でゲームを上手くなろうと思いここに来ました」

「そ。その言葉が本当かどうか私に見せて」


 ほんのりと羞恥からか、顔を赤く染めながら鈴香は久道にゲーム勝負の提案を持ちかけるのだった。


♦︎♢♦︎


 久道が内心で焦りを見せている頃、一方の鈴香はというと、内心で恥ずかしさを覚えることしかできなかった。


(……かんっぜんに、かんっぺきに男の子に下着姿を見られたわ………恥ずかしすぎて死にそう)


(ここにやってきた目的がこのゲームの組織に入るためだって? でまかせなら、すぐにプレイすれば分かるんだから……それまで我慢、我慢)


 鈴香はゲームスキルが並々ならぬプレイヤー。実力者の中の一人だった。

 ……そのため。


(本気でやってるか、遊びでやってるかぐらいの判別はつく。だからそれまでの辛抱。あー、でも我慢できそうにない。これはぜっったいで言う。言うしかない)


 数多くの異性から言い寄られる鈴香だが、下着姿を見られるアクシデントは今回が初めて。

 表情には出さないが、内心では動揺を隠せていなかった。

 そして、鈴香が内心でこぼした様に彼女もまた有名Vtuberの一人、プロゲームチーム所属『桜ヤミ』に他ならない……。


 登録者は実に410000人を超える、久道ことザクよりもベテランの配信者なのだ。


 そんなことは知るよしもなく。

 久道はそんなプロゲーマー相手に勝つ気満々でいる様子なのであった。


(……申し訳ないけど、あんまりゲームに縁なさそうな佐々宮さんに負けるわけにはいかない。ゲーム実況者ならびに配信者たるものとしてはな………)

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