有名配信者と昼食?
大学の講義というのは、自分の好きな様にスケジュールを組んでそれに合わせて受講することができる。つまり、高校までとは違い自由や融通が利くのが大学なのだ。
そのため、人によっては一つの授業を終えたらその日はそれ以降授業を受けなかったり、逆に半日中受けたりする者もいる。
ちょうどお腹が空いてくる頃の十三時過ぎ、本日の講義を一通り終えたザクこと久道は悪友の一輝とは別れ、一人食堂へと足を運ばせていた。
昼食のピーク時なこともあってか、食堂は賑わっており人数も多い。
トレイを持って列に並ぶ生徒に、忙しなく仕事するおばちゃんの姿が確認できた。
(……うげ。人、めちゃめちゃ多いな……)
今、列に並んでトレイを持っても注文する頃には席は埋まってしまうだろう。
それくらいの人ゴミの数だった。現に遠目ながら座る席を探している生徒の何人かが目に入る……。
(……食堂は断念するか)
と、久道は踵を返して今度は大学に併設されているコンビニへと足を運ばせた。
適当におにぎりとおかずを手にレジに向かおうとしたところ。
久道が『それ』を目撃したのはその瞬間だった。
「……お会計、お願いします」
可愛らしくも、透き通った声が久道の耳に届く。
特徴的な声音に思わず反応してしまうが、その声の持ち主は久道が並ぶ列のちょうど一つ前の客であった。
一見、少女と見紛うほどの華奢な体躯。小さな身体ながらも、見目には麗しさが伴っており人形を錯覚させるほどに綺麗な顔立ちである。ジト目の双眸。血色のいい小さな唇。綺麗な鼻梁。
紛れもなくザクこと久道の前にいるこの小さな女の子は美少女に違いないのだが……
「キャンディー、15点と爆弾おにぎりが一つで、お会計が875円となります」
店員のその声と目の前に広がる光景に久道は絶句した。
(……おにぎりは置いといて、キャンディーの量すごっ)
店員は慣れているのもあってか、平然な対応だが、久道には衝撃が大きかった模様である。
すっと、そのキャンディ―少女はお金を出すとそそくさとコンビニを出ていった。
(……それにしても、あんな子うちの大学にいたんだな、見たことないけど。見た感じ変わってそうな子だし配信者とか向いてそう……)
内心でくすりと笑うと、店員から久道は催促を受けた。
「次のお客様。こちらで~す」
「あっ、すみません……」
久道は会計へと急いだ。
♦︎♢♦︎
大学には空き教室を含む空いている場所が複数存在する。
それは大学の敷地が広いからに他ならない。
実際、久道の通う大学にも空き空間は多かった。久道はその空き空間で昼食を摂ろうと思っていたのだが……。
久道が何気なく開けた教室には、ぽつんと一人で大きなおにぎりを頬張る少女が確認されたのだ。
「あっ……」
ガラガラ、といった扉を開く音に久道の声が漏れる。
無理もない。眼前には爆弾おにぎりを頬張っている先ほどのキャンディ―少女が確認できたのだから……。
「………?」
こてん、と首が傾げられる。少女のジト目がじいっと久道の姿を捉えていた。
「お、お邪魔しました……」
反射的に久道は声がでておそるおそる扉に手をかけ、この場を去ろうとしたところで―――
「……ま、待って」
呼び止められた。小さな呟き声なのにすっと耳に入ってくるのは彼女の声が良いからに他ならないのだろう。カラオケがいかにも、上手そう……というよりは声優かと思うほどの声質であった。
「……す、すみません、お邪魔しちゃって」
「ここにお昼ご飯、食べにくる人少ないから一緒に食べよ」
「……っ」
数舜、久道は目を丸くする。初対面だというのに距離の近さに久道は驚いたのだ。
警戒心が薄いのか、元々そういう性格なのか知る由はないがとにかく不思議な子だけなのは伝わる久道。
断る道理もないので、久道は『では、言葉に甘えて』と彼女から席を二つ分開けたところに腰かけた。
机の上にキャンディ―が沢山並べられているのを確認すると、久道は話のネタだと思い彼女に尋ねる。
「キャンディ―が好きなんですか? えっと……」
そこで、彼女の名前が分からないことに久道は気づいた。
すると……少女は無表情ながらも呟く。
「……先導美也、三年」
「先導先輩ですね、自分は二年の斉木久道です」
久道の発言を受けてコクリ、と頷く美也。
……が、直後首をふるふると横に振った。
「先導先輩じゃなくて美也先輩にして欲しい」
「えっ、どうしてですか?」
どうやら彼女は距離感が近い人らしい。そして、久道は痛感する。彼女――先導美也は何を考えているのか分からないミステリアスな先輩なのだ、と。
ジト目の彼女からは言動がはっきりいって読めそうになかった。
久道の言葉を受け取ると、美也は少しそっぽを向きながら呟いた。
「そっちの方が可愛いから……」
「えっ」
思わぬ回答に目を丸くすると、美也は続ける。
「……私、可愛いのが好きだから。そっちがいいと思ったの……だから」
「な、なるほど……」
じいッとそれから無言の圧と美也の視線を感じる久道。逃げ場はないと悟ったのか、咳払いをしてから彼女に口を開いた。
「……で、では美也先輩で」
「そう、それでいい……」
どこか跳ねた様な声音で、だけれど、顔を背けて彼女は言った。
「それでさっきの質問。キャンディ―は好き。可愛いし味も美味しいし……」
何か含みのある言い方のまま『……それだけ』と話を切り上げる美也。
久道が話を広げようとする前に、彼女は話を続けた。
「君……斉木君も一緒。可愛いから声をかけたの。昼一緒にって……」
誰とでも食べるわけじゃないよ、と自然に瞳が訴えかけている様に久道は感じる。
(か、可愛いか……お、俺が。初めて言われたぞ)
久道は嬉しいんだか恥ずかしいんだか、男として見られてないんだかで複雑な感情に襲われた。
なんて反応していいものか、久道が困っていると美也の方から口を開いてくれた。
「……君がね、声も雰囲気もどことなく私の気に入ってる配信者に似てるの」
配信者という単語に久道は背筋をピンと伸ばす。
嫌な予感を走らせながら久道はおそるおそる尋ねることにした。
「ちなみに、その配信者って名前分かります?」
「……教えたくない、今は」
「えっ、ど、どうしてですか?」
「は、恥ずかしいから……」
と、また顔を背けてそっぽを向く美也。
(そこ恥ずかしがるところじゃないだろおおお。気になって夜しか眠れないぞ)
一人で内心、突っ込みを入れながら久道は美也に諦めずに尋ねる。
「……自分も最近、配信者にハマってて……なのでお聞きしたいんですけど、ヒントってありますか?」
「……っ」
目を見開いて美也は固まった。数舜の後、顔をほんのりと朱に染め視線を彼女はあちこちに彷徨わせた。
(……可愛い)
内心でつい小声が漏れる久道だったが、再度顔を背けて美也は答えるのだ。
「は。恥ずかしい……から」
……が、久道は負けずにじいっと美也の方を見やれば根負けしたのか『仕方ない』といった様子で彼女の方から口を開いてくれることとなった。
「面白くて……可愛い」
「そ、そうなんですね」
結局、その配信者が誰なのかは分からないままのものの、久道は自分ではないと確信したのであった。
(この子の好きなタイプそうではないだろうしな……俺は。それに可愛いに関してはマジでない。あの配信スタイルの俺が可愛いわけはないだろ)
だが、久道は気づいていなかった。
まさか、美也の気に入っている配信者というのが自分であるということに。
そして、彼女―――先導美也の正体が有名配信者であることにも久道は気づけないのである。
また、久道は前回の配信から気恥ずかしさで次回以降の配信予約も取っていないし、通知内容も確認していないものの、ひっそりと通知欄では『可愛い』との意見が多く目立ち……ある切り抜き動画から話題となってしまっているのだった。
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