大学でのこと

 ガヤガヤザワザワと賑わう大学内の講堂。

 喧騒に包まれる教室のなか、机に身体をひっつけ、だらけている男子大学生二人の姿が確認できた。


「なぁ、マジでどうやったらゲーム上達すると思う……?」


 そのうちの一人、斉木久道さいきくどうは自分の隣に座る同学年の六条一輝ろくじょういっきに、尋ね始める。


「……ははっ、お前のゲーム下手は天下一品だからなぁ。なかなか難しいだろ」

「………っ」


 一輝のケタケタという笑い声に久道は何も言い返せない。それは疑いようのない事実に他ならないからである。

 下唇をきゅっと噛み悔しそうにしている久道の姿を認めると、一輝は申し訳そうにしながらも続けた。


「悪い悪い……。でもそれで良いと思うぜ? だってそれって個性の一つじゃねぇか。逆に俺はできないことあるの羨ましいと思うしな」


 胸を張ってうんうん、と頷く一輝だが全く持って説得力がない。


「なんでもできるやつが言ってもなぁ……。説得力ねぇっつの」

 手をひらひらと払って、ザクははぁと短めのため息をついた。


 六条一輝。

 大学二年、現在は十九歳と久道と同い年だが文武両道で顔もイケメン、おまけに性格も良く、何より名前もカッコいい。ちなみに彼女持ち。


(マジふざけんな……)


 久道が腹立つほどの地位を持つ一輝。

 恨めしそうに瞳をジィッと細めて彼を見やれば、居心地悪そうに後頭部を掻いた。


「悪い悪い。結局はないものねだりなんだよ……」

 そう言ってから罰が悪そうに一輝は『そういえば』と、話題を変える。


「お前、配信始めないのかよ。ゲームのことで思い出したけど」

「……ま、まぁいずれ? 始められたらなぁなんて思ってはいる」


 声が少し上擦るのを自覚しながら、久道は誤魔化した。


「もったいねぇなぁ。お前のあのプレイングはマジある意味で神がかってるからさ。上手いとこはあり得ないくらい上手いのに、綺麗に最後は負けてしまう。上手いはずなのになぜか下手。こんなの配信者向きの逸材なのにな」

「……そんなことはないと思うけどな、はは」


 久道は視線を逸らして乾いた笑みを浮かべる。

 実のところ、久道は内緒で配信を始めていた。こっそり始めて伸び悩めば、一輝に話そうかとも思っていたのだが……。


 思った以上に配信を始めてから伸び始めるのは早かったのだ。


 そのため中々言い出す機会もなく、何より、温厚なスタイルでやっていこうと最初は思っていたのに……不思議とキレばっかりする配信者と成り下がっていたため、言い出すことができなかったのだ。


(普段キレてばっかりの俺とか……知られたくないしな)


 自分の表の姿を知っている者には知られたくない一面なのだ。

 普段見てくれる視聴者は、プライベートな自分を知らない前提で配信をしている。

 そのため気には留めない。

 だが、リア友となると話は別だった。

 ……それに、今の状態で言えるバスも無い。

 今や自分は配信者業界では一躍話題となってしまっているのだから………。


 登録者数125000人、コメント数も1000件以上に及んでおり……バズりにバズりを見せている配信者。

 そう。斉木久道こそキレ芸のゲーム実況者である『ザク』本人に他ならない。


「俺はぜっったい、伸びると思うからさ、そのゲーム下手っつうか、芸人向きの才能。羨ましがるやつ多いと思うぜ?」

「こんな才能いらないって……もっとゲーム上手い才能が欲しいわ」


 視聴者にネットで弄られるより、畏敬の念を抱かれたり尊敬されたりする方が気分は良いだろう。

 久道並びにザクは正直言ってこの配信スタイルを抜け出したい、と思ってしまっている。


「……そこまで、言うなら———」

 と、一輝が何かを伝えようとしたそのときだった。

 ………この教室内の視線が一人の女子大学生に釘付けとなったのは。


「おい、佐々宮さざみやさんだぞ。久しぶりじゃないか? 大学で見たのは」

「えっ、佐々宮さんってあの? 幻とか一部で言われるって」

「俺たち幸運だな、マジで」

「今日の授業、サボんなくて良かった〜」


 などと言った会話が陰ながらヒソヒソと聞こえてくる。

 教室内に入ってきただけで、沢山の注目を集める彼女——佐々宮鈴香さざみやすずかは大学内でもとびきりの有名人だった。


 一際輝かしいオーラを放つ彼女は紛れもない美少女。

 凛とした顔立ちには退屈さも見て取れるがどこか扇情的な気持ちにさせられる魅力を彼女は持っていた。

 久道と同学年だが、なぜか中々大学に姿を見せることは少ない彼女。

 一部ではモデルをやっているだとか、女優をやっているだとかの噂が流れているが真相は定かではない……。

 そのため、大学で姿を見せれば"幻"だとか言われている彼女である。


 ちなみに告白は絶えないらしいが全てを一蹴するため、無惨に散っている男子も少なくないらしい。

 彼女——佐々宮鈴香さざみやすずかはそんな女子大学生だった。


「おっ、佐々宮さんだな……。ふつくしい」

「彼女いるだろ? 一輝。……怒られるぞ」

「それもまた一興。可愛くていいじゃないか」

「一回、お前は本気で怒られろ? マジで」


 そんな他愛のないやり取りをしていると、先程言いかけたことを一輝は久道に溢してくれた。


「……あっ、そうそう。それでさっきの話だけどさ、うちの大学ってさ、ゲームの組織があるらしくて」

「ゲームの組織?」

「うん、何でも他の大学とも交流取ってるみたいだし……ゲームスキルを上げたいならありじゃないか?」

「ゲーム組織か。うちの大学そんなのあったけ?」

「まぁ、なんでも入る条件が厳しい……みたいで非公認のサークル? みたいな感じらしいが」

「へぇ、そうなのか……」

「まぁ、気が向いたら行くのもありじゃないか?」

「そうだな……考えとく」

 言って感謝の言葉を一輝に伝える久道。

 それからは、二人で雑談をしながら、次の授業まで備えるのであった。


♦︎♢♦︎


(……新しい人が来るんだ。まっ、どうせ大したことなくて根性もない、惰性の下心しかない人なんでしょうけど)


 席近くで、久道と一輝の話が耳にふと入ってきた鈴香は内心でぽつりと呟いていた。


(たかがゲーム。そんな風に思って来て欲しくはないのだけれど……まぁ、来るなら来るで色々見てあげる。どうせすぐ忘れてしまうけどね、私のことだから)


 これまで、告白してきた相手も。

 クラスメイトも。

 先生の名前も。

 彼女——佐々宮鈴香はほとんど覚えることはなかった。覚えているのは大切な人達だけ。


(……私にはしかないからね)


 ふと寂しい気持ちになりながらも鈴香は授業の準備を進めるのだった。

 

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