バズってからの配信

 登録者の爆増、SNSアカウントに来る大量の通知。

 ザクはその現象には目を丸くさせ、内心で絶望の声を上げていた。


(……なんでこんなに大バズりしてんだよ、マジで……)


 実にここ数日で登録者は八万強増えていることになる。

 バズってから配信はまだしていないため、実際にどうなるかは分からないものの同接も1000人以上が期待できるかもしれなかった。

 嬉しい気持ちの反面、焦りの気持ちもザクの中にはある。


(いや、嬉しいけどさ……嬉しいんだけどな)


 ザクが焦る理由。それはザクがバズる原因ともなった切り抜きの動画である。

 有名配信者であり同時に個人系Vtuberである『ゆうだま』の切り抜き動画にてのこと。

 そこには、ザクの裏の姿と練習に励みゲームスキルを上達させるために……ゆうだまに丁寧に教えをこうザクの姿が確認されたのだ。

 ———おかげさまで。


(こんなにゲームの練習してるのに、下手ってバレたじゃねえかあああああああ)


 ザクにはひっそりとした夢があった。それはゲームスキルを褒められ、視聴者から尊敬され崇められる、そんな配信の姿を見せること。


 そのため、ゲームを長時間している事実、なのにゲームが下手という事実。


 それが、バレるのはまずかったのだ。なぜなら、ゲームを長時間練習しているのに下手だとバレればそれで弄られてしまうから……。


 クールでエレガント、ゲームスキルで視聴者を魅せるなんてもっての他となってしまうのだ。


 もっとも、ザク自身キレ芸でこれまでやってきているためクールでもエレガントなわけでも最初からないわけであるが……。


 だとしても、多くの人間にこのキレ芸が広まってしまえば、クールでエレガント……ゲームスキルで視聴者を魅了する夢は叶わなくなってしまう。

 たとえ、ゲームスキルが上達しようが尊敬されるどころか弄られる未来しか見えないからだ。

 現にザクのSNSアカウントには———。


『裏でも練習やってるか?(笑)』

『今、練習中ですか? ザクさん』

『ゆうだまの切り抜き見た! 笑いのセンスある(笑)』

『普段キレてるのに裏だと礼儀正しいの爆笑したw』


 などと、いったコメントが多数寄せられていたのだ。全てのコメントをチェックできるわけではないものの、こういったメッセージがほとんどだろう。


(……勘弁してくれ、マジで。……ってか、あの人配信者だったのかよ)

 ザクがあの人、と溢すのは『ゆうだま』のこと。


 正直配信をしてそうな可愛らしい声だと思わされたが、まさか登録者数700000人を超える大物Vtuberだとは知らなかった。配信している身でなにいってんだと思われるかもしれないが、同業者についてザクの知見は深いわけでもないのだ。


『次の配信どうすんだろ? ザク』

『いつも通りでいられんのかな?(笑)』

『素知らぬ顔してキレ芸してくれたら最高』


 SNSでエゴサをすれば、そんなコメントばかりが目についた。

 ザクはコメントで指摘されている通り、次の配信はどうしようか、と頭を悩ませる。


(……いつも通りのスタイルでとりあえずはやってくしかないよな)


 例の切り抜き動画はあくまでファンが勝手に作り上げたもの。

 声が似てただけ、と言えば苦しいかもしれないがあれがザク本人であるとの証拠はないわけだ。

 つまり、要は認めさえしなければ、ザクが本人であるとバレることはないということである。


(……落ち着け俺。まだ理想の配信者に俺はなれるはずだ)


 キレ芸のザクではなく、いずれゲーム界最強のザクへ。そんな姿を妄想しながら、次の配信の予告をザクはした。


♦︎♢♦︎


 さて、配信予告をしてから配信予定時刻まで近づいてきた頃。

 ザクは内心、焦りながらも待機枠に何人も視聴者が待機しているのを確認する。

 配信の準備を進めながら、無意識にも『やばい』と喉がつまる思いをザクはしてしまっていた。

 そうして、配信の準備を整え終わるとザクは表情を強張らせて配信を開始する。

 いつもの配信スタイルと何ら変わらない様に努めながら……。

「うぃ~す、今日もやってくぞ」

 何ら変わることなく配信を始めたザクに対して視聴者の一部は、

【こんザク~】

【こんざくっ!】

【待ってた!】

 などいつもと変わらない挨拶でザクを招き入れたのだが、多くの視聴者はというと……

【これまで練習してきたか?(笑)】

【うぃ~す、ザクくんw】

【ザクが可愛く見えてきた(笑)】

【しっかりやってきた練習の成果見せてくれって笑】


 などといった具合にザクを弄るコメントを数多く残していた。

 ザクはその類のコメントには全く触れずに配信を進めていく。


「今日やってくのはタイトル通り……FPSをやってくぞ」


 ザクがあまりにも変わらない様子なことに視聴者は不審がったのか、コメント欄は加速を見せていた。


【こいつ触れない気だぞw】

【それは無理あるって(笑)】

【この流れでFPSは草なんよ】

【練習してきた成果見せないとだもんね♡】


 一瞬、コメントに思わずザクは眉を潜め言葉に詰まったがうまいこと咳払いをして誤魔化す。

 あまりにコメントに触れないザクを退屈に思ったのか、視聴者は投げ銭をすることでザクに無理やり触れさせようと躍起になった。


【ザクくん、無視しないで】300円。

【切り抜き動画の感想求む】400円。

【今のお気持ちを一言でw】350円。


 さすがにお金を頂いてるのに触れないわけにはいかずにザクは、切り抜き動画についての自分の意見を公表した。


「スパチャ、センキュ。……あーまずあの動画についてだが、あれは俺じゃないから、うん。あんなゲームの仕方俺しないだろ。もっとうまく立ち回れっから、マジで」


 自分で言ってて恥ずかしくなる。自分で自分を否定しているのだから当然だろう。

 だが、これもキャラを徹底するためには仕方のないことなのだ。


【いや、無理あるだろw】

【さすがに別人扱いしてくるのは草】

【言い訳にすらなってない(笑)】


 加速するコメント欄。どのコメントでも『嘘』だと指摘されてしまう始末……。


「たしかに、声とかは? まあ似てたけどそれだけのことだろ。……とにかく今日の配信は雑談じゃなくてFPS枠だから、これでこの話はおしまいな。以降、スパチャ送られても触れないからよろしく頼む」


 無理やりそういってこの話は終わらせるザク。視聴者は仕方ない、といった様子でそれ以降は切り抜き動画に関して触れることはなくザクのゲーム配信を見ることにした様だが………。


 ザクがFPSをプレイし始めてから数試合たったところで、ザクにとっての悲劇が訪れる。


「……お~い、まじかよ。何で今ので負けるんだよ……」


 敵の位置の読みは完璧。そして相手が移動してくるであろう場所の読みも完璧。

 まさに相手の動きを完全に読み切ったうえで勝利を予感させた、その瞬間――――ザクは敵との撃ち合いで敗北を決めてしまうのだった。


 誰もが勝ちを確信する場面。絶対に勝ってくれると期待しての逆転で負けてしまうその展開。

 視聴者は思わず突っ込んでしまう、これは突っ込まざるを得ないのだ。


【こwれwは、確定だろw】

【自分からそうだとバラしてるもんで草】

【確信犯すぎるw】


 視聴者がコメントで突っ込んでしまうその理由。それは有名Vtuber『ゆうだま』との例の切り抜き動画でのこと。ザクが敵の位置を読んだにも関わらず、すぐさま敵にキルされてしまう……その流れに今の展開は酷似しすぎていたからだ。

 ザクは加速するコメントに思わずドンっと台パンを一つかました。


「いや、ちげえから。動画のやつより俺のがうめえだろ! ……ってか、今のはまぐれだから、マジまぐれ」


 ザクはザクで焦っていた。視聴者の指摘通り今のプレイングは切り抜きのそれと同じだと自分でも思ってしまったからだ。


(おかしい……あれから練習はしたはずなのになぁ)


 焦りもあったからだろうが、そのため『まぐれ』との発言をザクは繰り返してしまう。


【ザクくん、裏でいっぱいれんちゅうしましたもんね♡】

【その成果が出なくて悔しいんだね、分かる分かる】

【ザク可愛い】


 そんなコメントでコメント欄は埋め尽くされていく。

「いや、マジちげえから! 適当なこと抜かすなってマジで。見とけよ、お前ら」

 そう言ってプレイに移るも、ザクのプレイングは動揺からか、たどたどしくなってしまっていた……。


【動揺してんのマジ草】

【めちゃ画面ぶれるやんw】

【今、絶対顔真っ赤だろ(笑)】


 視聴者の指摘通り、ザクは焦りを隠せず顔も真っ赤にさせてしまっていた。

(落ち着け、マジで……これ以上笑い者にされるのは滑稽すぎるぞ……俺)

 ザクはそう自身に言い聞かせるが、試合に集中できずいつもより酷い試合を連発。

 ―――その結果。

【マジで動揺してんじゃんw】

【可愛いとこあるな、ザク】

 そう言われてしまう始末だったため、ザクは恥ずかしさのあまりドンっと机を震わせた。

 つまり、もう一発台パンをかましたのだ。


「お前ら、それ以上アホなこと言ってると怒るぞ、マジで……」


 だが、コメント欄では――――

【台パン助かる】250円。

 いくらか投げ銭がザクに投げられた。感謝しながらもザクはゴホン、と一つ咳払いをした。


「今日は本調子じゃないからこの辺りで配信は止めとくわ。しばらくFPSはいいかな。こりごりしたし」

 ザクはそう溢して、配信を終えようとする。


【絶対、嘘で草】

【この後、裏で頑張ってw】

【マジでこのあと練習してそう(笑)】

【キレずにやってるだけでおもろいわw】


 好き放題いってくるコメント欄にザクは思わず苦笑を浮かべたが、『あっ』と何か思い出した様に小さく呟いた。


「……そういえば、チャンネル登録者100000人突破してたわ。……それはマジでありがとな」


 いつもキレ芸ばっかりしているものだから、普通に感謝するといったことがなかったため、思わず感謝の言葉にも不慣れ感がでてしまう。

 ザクは視聴者の反応を確認する前にさっと配信を切った。

 ……が、残されたコメント欄ではこんなコメントが寄せられていたのだ。


【ツンデレザクちゃん可愛い(笑)】

【ザクのキレ……もう可愛くしか見れんわw】

【ガチ神回で草】

【これも切り抜き班……よろ】


 配信を終えたザクはそんなコメントは確認せずにパソコンに顔をうずめて一人、悶絶としてしまっていた。

(……これ、次、配信できないぞ……俺)

 恥ずかしさのあまりそう内心で思うことしかできなかった。

 この動画もうまいこと切り抜かれてしまい、ザクはまたバズりを見せてしまうのだが……ザクにはもうすでに心の余裕はなかった。

(もう、休止したい……)


♦︎♢♦︎


「……このザクって人面白いし何より可愛い……気に入った」


 同時刻、ザクの同接1100人の視聴者の中の一人であった、ある女性配信者は飴を舐め、ぬいぐるみを抱きかかえながら部屋の中で溢した。


「可愛いのは私、好き……。もし会う機会あればFPS……手取り足取り教えてあげたいな……」


 そんな可愛らしい声がとある一室からは聞こえていた……。

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