第7話 黒鬼の美姫


 長い黒髪を靡かせて、彼女は現れた。


 装いは、学校で見る物とまるで違う。


 焦げ茶色の軍服。

 長いコートをマントのように羽織り。

 振り抜いた武器は軍刀サーベル


 刀で、ゴブリンの首を斬り落とし。

 丹生夜見は微笑んだ。


 ……全く見えない速度の斬撃だった。

 しかし、間違いなくそれを行ったのは彼女だ。


「ハハッ……君、そんな所に張り付ついて何やってるの?」


 俺を見て、そんなフザケタ事を言いだす。

 その笑顔は狂気的だ。


「張り付けられてんですよ。

 好きでこんな恰好してる訳ないだろ」


 怖いに決まってる。

 何笑ってんだよ。

 戦いの最中で、殺し合いの途中だぞ。


 だからこそ、恐怖が露見しない様に強く言葉を放った。


「なんだ……」


「なんか、がっかりしてません……?」


「いやぁ……まぁ、なんでもいいや。

 それよりこの魔物、私が貰ってもいいんだよね?」


 帽子を被り直し、軍服のコートを翻し。


 カチリと。

 刀を構える。


 その姿勢は極めて美しく。

 返り血が頬に飛び散っていても。

 お転婆に見えて、可愛く思える程。


 それくらい、学校で見る彼女と美貌に遜色はない。


 それでも、やはり恐怖が際立つ。

 その口元が、ずっと笑っているから。


 けど、俺じゃあいつ等を倒せない。

 俺じゃマナを守り切れない。

 それは、事実だ。


「頼めるなら……頼みたいです……」


「別に、先輩だからって敬語じゃ無くてもいいよ。

 頼みをしてるのは、こっちなんだし。

 ……ありがとう、譲ってくれて」


 丹生夜見が、モンスターに向き直る。


 数歩近づく。


 1匹でも、俺には太刀打ちできない怪物。


 それが、丹生夜見を見て、臆している。

 何となく動きや視線、表情で分かるのだ。

 できれば逃げ出したい。


 そんな、思考が電波してくるような感じ。


 けれど、逃走なんて思いも、その選択肢も、断ち切る様に。


 黒い笑みで、刀の切っ先が敵に向く。



「――来なよ」



 覇気を、殺気を、威圧を含んだ。

 それは、最早脅しの類に含まれる言葉めいれい


「ハァァア~~~~~~~~~!」


 人魚が、水の槍を大量に生み出す。

 数は、俺に投擲された量の比では無い。

 数十、いや百はあるかもしれない。

 天を埋める水の槍。


「んふ……」


 しかし、気分を弾ませる様に彼女は歩く。

 堂々と、人魚に向かって。


「あぁ、やっぱり異世界って……」


「ハァ~~~ンンン!!」


 水の槍が、勢いよく発進する。

 その矛先は、全て1人に向いている。

 けれど、丹生夜見は掌を上に向け、皿にするように前に出す。


 それだけで。


最高さいっこぉ」


 手の上に、赤い光の玉が発生する。



 ――ジュッ。



 そんな短い音と共に、水槍は一瞬で白い煙に変わった。


「ア……!?」


 蒸発した……?

 丹生夜見から。

 いや、その掌からだ。


 強い熱を感じる。


 でも、それだけであの量の水が蒸発するなんて……


太陽龍イグニスの紅玉」


 スキル……なんだろうか……

 でも、強いとか、そういう次元じゃない。

 少なくとも、俺の使ってる力とは別格だ。


 しかし、折角発生させたその圧倒的な熱を彼女は握り潰す。


 軽く、人魚へ向けて刀を振るった。

 片手で、力も入れず、適当に。


 距離は10m以上ある。

 当たりはしない。

 けれど、刀身から伸び出た光は別だ。


 黄金の光が、人魚の腕を通過して。

 その箇所が、斬り落ちる。


「光魔法・絶光」


「BBBUMOOOOOoooooo!」


 豚の王は、大斧を振り上げ飛び掛かる。

 速い……

 俺なら反応すらできないような速度だ。

 見えるのがやっとって感じ。


 でも、丹生夜見の視線は確かにそれを追っている。


「嘘だろ……」


 空いた左手で、斧は受け止められた。

 微動だにせず、後退りの一つもなく。

 まるで、一瞬で運動が0にされたみたいに。


 止まった。


 残ったのは、地面にぶつかり広がっていく風塵だけ。


 風の強さで、籠った威力には予想が着く。

 だからこそ、それを受け止めたその怪力。

 皮膚の硬さ、骨格の強さ。

 全てが驚愕で意味不明。


「もっと、力を込めないと、だめでしょ?」


 暗い笑みは、常に彼女の顔に張り付いている。


「雷魔法・悲雷鳴」


「BUHIIIIIIIIIIiiiiiii!!」


 それは、先ほどの威勢の良い咆哮とは真逆。


 悲鳴であり、悲痛の叫び。

 青い電流は、可視化できる程高圧。

 それが、豚面の身体に流れていた。


 黒く焦げた死体が一つ、地面に倒れる。


「SYAAAaaaaaaaaaaaaaa!!」


「UUUUUOOOOOooooooooo!!」


「弱い。飽きた。もういい。

 ――来て」


 純白の2頭。

 何処から現れたのかも分からない。

 いつの間にか、それは彼女の隣に居て。


「白龍頭鎧。

 大蛇噛殺」


 リザードマンとコボルト。

 その最上位、マナが長と呼んでいた個体。

 多分、群れの中で一番強いんだろう。


 その同時攻撃。


 しかし、その武器の切っ先すら丹生夜見へ届く事は無い。


 白い龍の顎。

 巨大な白い蛇。

 怪物は怪物に、食い殺された。


 大蛇の頭と、龍の頭が戻って来る。


「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇえ!

 許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬぞぉおおおお!!」


 龍が怒鳴る。


「へっへっへっ、ハァハァハァハァハァハァハァ……

 髪の毛、髪の毛一本だけ、くれ……夜見ぃ……」


 蛇が強請る。


「うるさい、きもい」


 一閃。

 光の筋が、大蛇と龍の身体を真っ二つに切り裂いた。

 その瞬間、白い巨体は消え去る。


「さてと、後は貴女だけだね」


 体を震わせ、表情は恐怖に染まる。

 そんな人魚の髪を乱暴に、掴む。

 そのまま、吊る様に持ち上げる。


「アァ……ヤメテ……」


「っ! 話せるの!?」


 笑顔が少し強くなった。


「ココ、コナイ、ニドト。

 ダカラ……ユルシ……」



 ――ブスリ。



「ぁぁああああああああああ!!」


 人魚の悲鳴が響く。

 腹に剣が侵入したのだから当然だ。


「良い声だね」


 それをやった本人は笑っている。


 人魚は涙を浮かべ、必死に頭を振る。

 髪が振り回されて、隠れていた上体が露わになる。


「裸なんだ。水に入るんだから当たり前か。

 ていうか、魔物だし服なんて着ないのかな。

 ……? これなに」


 そう言って、丹生夜見は人魚の乳房に手を添える。

 そこにある金色の輪っか。

 装飾品に思えるそれを、強く引っ張って。


「ギヤァァアアアアアアアアア!」


 余りの絶叫に、目を背ける。


「ピアスか、えっちだね」


 なんて言って、どんどん声は上擦る。

 まるで、楽しむ様に。


「丹生さん!」


 俺は、口を挟む。


「何かな、後輩君」


 振り返った彼女の顔は、酷く猟奇的だ。


 それでも、これ以上は見過ごせない。


「殺すのは、しょうがないかもしれない。

 魔物は襲ってくるから。

 俺だって、魔物を殺したし、人に言える事じゃない。

 けど、それを楽しむのは……止めて下さい」


 俺がそう言うと、彼女は溜息を一つ吐いて。

 つまらなさそうに返事をした。


「あぁ……はいはい」


 そう言うと同時に、人魚の首が落ちる。

 俺には見えない速度の斬撃。

 敵対すれば、勝ち目はない。


 人魚が消えた事で、俺の身体を固定していた槍が消える。


「アタル!」


 ドサリと地面に落下した俺の傍に、マナが駆け寄って来る。


「良かった……無事だったのか……」


「うん、アタルとあの人のお陰」


「うんうん、良かった良かった」


 ニコニコと笑顔を浮かべ、丹生さんも近づいてい来る。


「アタル、早ぉ食べるのじゃ」


 そう言って差し出してくるのは、数時間前に視た果実。

 かぶりつくと、穴が開いていた四股の欠損が修復されていく。


「この世界では最上位の回復能力だ。

 そこまで慕わせるなんて、良く手懐けたね」


「なんですその言い方? 犬猫じゃ無いんすけど」


 若干ふら付きながら、俺は立ち上がる。

 丹生夜見の前に。


「そうだね。この子は世界の敵、魔王だ。

 あれ、でもなんで君がその事を知ってるの?」


「いや……は……?」


 マジで、会話が成り立ってない。

 なんていうか、相手に伝える気が5%くらいしかない。


「私達の仕事の事だよ。

 次元断層片。

 放ってると惑星を破壊して、宇宙を壊し、私達の世界にまで浸食を始める。

 だから、それを持ってる存在を探し出して、回収する。

 それが私の仕事で、鏡の役割」


「それが、さっきの5匹って事っすか?」


「いや違うよ。

 だから、よく手懐けたよね。

 そんな、世界を破壊する力を秘めた、魔王をさ」


 あぁ、そうだ。

 なんでか、この女は剣を鞘に仕舞わない。

 敵は全員殺したのに。


 サーベルを持った右手が動く。

 その切っ先が、俺の隣へ。


「え……儂……?」


 マナの首へ向く。


「魔王樹・マナリアスツリーフォルス。

 今から貴方を殺すね」


 まただ。

 また、女は笑みを浮かべて、冷酷に言う。



「――ふざけんなよ」



 勝てないのは分かってる。

 けど、やる前から負けを悟って、動かないなんて。

 んな事、できっかよ。


 複製。トカレフTT=33。


 銃口を、丹生夜見の顔へ向ける。


「あは、あはははははははははは!

 やってみなよ。

 何で君がその子を庇うのか知らないけど、確かに私が死ねばその子は死なないよ!

 スキルもギフトも使わないであげる。

 ステータスだけじゃ銃弾は防げないし、頭なら即死だから。

 引き金を引けば、私は殺せるよ」


 喜々として、声を上擦らせて。

 銃口に近づいて、眉間を密着させてくる。

 サーベルは手から零れていて。

 乗っていた帽子は、地面に落ち。


 子供のような純粋な目で彼女は語る。


 彼女の狂気的な顔が良く見える。

 銃口を前に、喜ぶようなその顔が。


「でも、できるのかな?

 私はこのゲームみたいな世界の住人じゃない。

 君と同じ高校に通う学生。

 君と同じ世界の人間。

 その頭に穴を開けて、君は普通に暮らしていける?

 罪悪感とか、殺人の感触とか、トラウマになっちゃうかもね。


 ――ねぇ、でも簡単だから。ほら、やってみて」


 そう、誘う様に彼女は笑う。

 そんな姿も、面が良いと絵になる。


 けど、何言ってんだこの人。


 そんなモン……


「俺は、ゲームなんつう趣向品はやった事がねぇ」


 守りたい奴を守れるなら、汚泥だって啜ってやるよ。


 俺の人生はそういう……


「俺の人生は、ここでお前をぶっ殺せる人生なんだよ」


「あは。

 私、君のこと好きになっちゃったかも……」


 俺は迷い無く、引き金を引いた。

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