第8話 プロローグエンド


「アタル、あれは一体何だったのだ……?」


 名を呼ぶその白い声。

 それは、彼女から聞いた声の中で一際小さい物だった。


 問題は解決した。

 とは、言い切れない。


「ごめん……

 儂の為に、同じ世界の人間を……」


 銃弾を頭に打ち込まれ。

 血を吹き出して仰向けに倒れながら。


 丹生夜見の死体は消えた。


 その様子をハッキリと見ていたマナは申し訳なさそうに言う。


 けれど、それじゃない。

 問題はそんなどうでもいい事じゃない。


「マナ、逃げる事はできないのか?」


「……?

 魔物たちは長が居なくなったから散り散りに山から出て行った。

 女も死に、もう儂に危険は無いのじゃ」


「違う。あいつは、丹生夜見は……」


 俺は、何度も実体験で知っている。

 あの女の反応からしても間違いない。


「生きてるんだよ」


「なんじゃと?」


「この世界での死は、俺たち異世界人にとっては本当の死じゃない。

 死んでも元の世界に戻るだけ。

 またこの世界にも来れる」


「不死身じゃと……?」


「あぁ、そうだよ」


 こればっかりはゲームみたいだから。

 って訳じゃ無いんだろう。


 この世界でも普通に生物は死ぬ。

 それは、魔物や人魚が証明している。

 死に際のあの表情は、本物の死を感じて出る物だ。


 だから恐らく、丹生夜見は生きてる。

 そして今の俺じゃ、真面な方法であの女に勝つのは不可能。

 それに、絡め手で勝っても意味が無い。


 相手は不死身のサイコパス。

 逃げる以外に手は無い。


「無理じゃ。

 儂の本体は見ての通り大樹。

 それに儂は、この地の神木という側面を持っている。

 移動はできぬ」


「そうか……」


 クソ、考えろ。

 何か、方法は無いのか?

 現実に戻って丹生夜見を殺す?


 いや、それじゃ俺が殺人犯になる。

 俺には家族も友人もいる。

 それはできない……


「クソ!」


 地面を殴りつける。

 アイデアは何も出てこない。


 こうしてる間にも、あの女の気分一つでここに向かってきている可能性もある。


「何か、何か無いのか……」


「アタル……もう良い……」


 そう言いながら、マナは俺の手を引いて白い大地まで引いていく。

 その中央、巨大な白い樹の前で彼女は振り返り。



「儂を殺せ」



 そう言った。


「は……?」


「あの女が求める次元断層片という物。

 心当たりがある」


 そう言いながら、マナは大木に触れる。

 すると、大木の形状が変わっていく。

 その中心から、赤い宝石の様な物が出て来た。


 根というか、枝の絡みついた宝石。

 色付きのガラスみたいにも見える。

 薄く発光している様にも見えた。


 ガラスの様で、鏡のようでもある。

 真っ赤な結晶。

 窓ガラス程度に薄い。


「これは、儂が神木になる前に拾った物だ。

 いや、正確に言えば偶々儂の上に振って来たという方が正しいだろう。

 この結晶を取り込んでから、儂には力が芽生えた」


 確かに、これがあの女の探す物なら。

 回収すれば、丹生夜見がマナを殺す理由は無い。


 でもいいのか?

 それを取って、お前は大丈夫なのか?


 そんな、心配が顔に出ていたのだろう。

 マナは微笑む。


「案ずるな、儂は普通の樹に戻るだけ。

 そう、普通の樹は喋りもせぬし、人にもならぬ。

 それだけの話じゃ」


 儚げ。

 という言葉は、きっと彼女のこの表情を表すために存在するのだろう。


「お前は、俺と話したかったんじゃないのかよ……」


「あぁ、だから楽しかったぞ。

 大変に、満足だ」


 嘘何て吐き慣れてないんだろう。

 だって樹だし。

 だから、マナの笑顔は凄くぎこちない。


「ふざけ……」


 そう、俺が言いかけた瞬間。

 動いたのは、マナでは無くその大樹だ。


 赤いガラスの横に、一本の白い枝を差し出す。


 それを見て、マナが焦った様に叫んだ。


「ま、待つのじゃ!」


 そう、話しかけるのは樹に向けて。

 俺には、何が起こっているのか把握できない。


「儂は、皆と共に死ぬ。

 そう在るべきだ」


 きっと、樹とマナの間に何か対話の様な物が走っている。


「ふざけるでない!

 儂だけが生きる等……」


 そこまで行って、マナは涙を浮かべ。

 透明な泡が割れる様に、雫が零れ、頬を伝う。


 それを一生懸命に拭いて。

 けれど、止めどなくそれは溢れる。


 目を腫らして、マナは言った。


「今までありがとう……」


 コトリ、と赤いガラスが根から零れ、地面に落ちた。

 瞬間、一瞬で大樹が枯れていく。

 白い大地も同様に枯れ、マナだけが残る。


 しかし、まるでその樹の全ての力を使って守っている様に。

 差し出された白い枝だけが、活力を持って、その場に残った。


「マナ……」


「大丈夫じゃ、アタル。

 ほれ、其方はこの宝石を持っていくが良い」


 俺に、赤いそれを手渡し。


「儂はここで、また若木から始めるのじゃ。

 それが、皆の願いなのじゃから」


 そう言って、白い枝を大樹が有った場所の土へ埋めた。

 枝を植えても、普通は育つ事は無い。

 でも、マナの目は諦めた感じじゃない。

 埋葬するような雰囲気で。


「葉や、枝や、根の一本一本に意思があった。

 その中で、唯一こうして人間と意思の疎通ができたのが儂なのだ。

 故に儂が神樹の全てではなく、この枝こそが儂じゃ」


 淡々と、マナはそう説明する。

 涙をこらえる様に。

 俺はその言葉を黙って聞くしか無かった。


「赤い宝石が無くなれば、神樹の力は失われる。

 じゃから、その前に皆の全ての生命力をこの枝一本に集約させ、赤い宝石が無くなっても儂だけは枯れぬ様にしてくれた」


 一緒に悲しむべきでは無いと思った。

 空っぽな言葉でもいい。

 マナが怒ったとしても、勇気や元気を与える様に。


「皆……お前の事が大切だって思ったって事だ」


 何も知らない身の上で。

 俺は、そう言った。


 けれど、怒る処か、マナは微笑んで。


「……其方は儂の友人よのう?」


「当たり前だ」


「あぁ、ありがとうアタル。

 ならば、またこの世界に立ち入る事があればまた……」


「マナ……! 待っ……!」


「またいつか、話し相手になってくれたなら喜ばしいのう。

 ではな、儂の唯一の友よ」


 そう、言い残して、マナは世界から消え去った。

 どれだけ彼女の名前を呼んでも、返事は帰ってこなかった。




 ――登録番号002『神樹の杖』で完了しますか?




 ◆




 帰還と唱えた1分後。

 紅に染まった空の下。

 校舎の屋上に俺は戻って来ていた。


「おかえり」


 そんな4文字で迎えるのは、俺が一番見たく無かった女の面。


「丹生夜見」


「あのさ君、ちょっと調子に乗ってるよね」


「何が……」


 睨みつける様に、俺はそう聞く。

 こいつの行動原理は正直、予測不能だ。


 何をしてくるか分からない。

 ギフトの力はこっちの世界でも使える。

 それは分かってる。


 俺と同じ物なのか、それとも全く違う力か。

 にしても強力なのは確かだ。

 こいつがギフトを発動するなら、俺も……


 そういう思いで、視線を合わせる。


 けれど、丹生夜見は右手で左腕の肘を持ち、自分の身体を抱きしめるようにしながら。


「私を殺したくらいで、私が君の事を好きになるなんて思ってる訳じゃない……よね?」


 何て言いながら、身体をモジモジと。


「それに、いきなり呼び捨てなんて段階が早すぎるよ」


 丹生夜見は、頬を赤く染めてそう言った。


「はぁ?」


 何を、言いやがってんだ……

 このサイコパス女は……


「まずはお友達から、いやいきなり彼女でもいいけど……

 でも、部員になって貰うのは確定でしょ。

 あ、お父様に紹介しないと。

 でもギフトがなぁ、拳銃出せるだけだし」


 なんて、ブツブツと言い出した辺りで、勢いよく屋上の扉が開く。


「夜~見ぃいいい~~~~~!!」


 そう、どう見ても怒ってる顔で彼女は入って来る。


「花蓮ちゃん……!」


 美術の桜井花蓮さくらいかれん先生だ。

 事故ったとかで長期休暇中だったけど、もう良くなったのかな。


 御淑やかで有名な先生だ。

 顔も美人で栗色のふわふわとした髪の毛が印象的。

 小柄で加護欲をそそると、男子生徒からの人気も高い。

 良く生徒から告白されて困っているのを見る。


 性格は温厚な感じ。


 怒ってる所なんて見た事も……


「お前ぇ! 何を勝手に備品移動させてんだよ!

 あれは国宝級の重要物だって、お前も知ってんだ……」


 そこまで言って、桜井先生は俺を見る。


「誰?」


「望月充です。1年3組」


「な、なんで居るのかしら? 土曜日よ?」


「いや、先生のその口調は……」


「忘れて? いや、忘れなさい。

 じゃ無いと、貴方の眼球を刳り抜くわ」


 にこやかに、桜井先生は言った。


「眼球とっても、記憶無くならないですって」


「なら仕方ないわね。

 記憶除去装置を使うしか無い」


「何その物騒な名前の装置……

 ていうか、怒ってるとこ見られたくらいで大げさな」


「いいえ、清楚で御淑やかな美人教師で通ってる私としては、ギリギリ犯罪を犯しても貴方から消さなければならない記憶よ」


「普通に口止めしてくれ、頼むから!」


「ん……確かにそうね」


 なんなんだこの人たち……


「ねぇ聞いて花蓮ちゃん!

 この子、新しい部員だよ!」


「はぃ……?

 まさか、異世界に行ったの!?」


 どうせ、丹生夜見にはバレてるか。

 先生と仲も良さそうだし。


 良さそう……だし……?


「……まぁ、はい」


「おま……貴方、これを狙って態と屋上に移動させたわね!」


 そう、桜井先生は丹生夜見を睨みつける。


「自殺するくらい切羽詰まってる人なら、異世界でも通用する人材になるかなって思って」


「自殺者が出て鏡が見つかったら隠蔽工作がどれだけ面倒になると思ってるのよ。

 Sクラスじゃ無かったら厳罰じゃ済まない事よ?」


「じゃあ、私をクビにできるの?」


「はぁぁぁぁぁ……このガキ……」


 酷い位大きい溜息を、桜井先生は放つ。

 そして、俺を見た。


「貴方には2つの選択肢が存在します」


 真っ直ぐと、真面目な表情で、こちらを見て。


「記憶除去装置で記憶を消されるか。

 もしくは、回収者として美術部に入部するか。

 ……どちらかに、決めて」



 ……あぁ、本当に。


 俺の人生は何処に向かっているのだろうか。


 そう天を仰ぐが、答えは帰ってこなかった。



「あぁ、でもその前に君の力を見ておかないと」


 言いながら、先生はポケットに手を入れて何かを取り出す。

 それは、パールの様な丸く黒い宝石のついた指輪だった。


「花蓮ちゃん、流石にそれは重たいよ」


「え? そういう事ですか?

 ちょっとそれはお断りさせて頂きます」


「結婚指輪じゃねぇっつ……のよ?

 ていうか、人生で初めて男にフラれた……」


 そう言って、愕然とする桜井先生。

 いや、俺と付き合ったって良い事無いぞ。

 金無いし。


「これはギフトランクを測定する装置。

 貴方が入部するにしても、使えないランクだったら意味無いしね。

 触ってみて? 変化した色でギフトの強さが分かるの」


「けど、俺バイトあるんで部活とかは……」


「いいから、測定するだけよ」


 そう言って、指輪が俺の掌に落ちる。

 その瞬間、黒い宝石の色が確かに変わった。


「……黄色っすかね」


 俺がそう呟くと、2人の表情が変わる。


 丹生夜見はうっとりと俺を見て。


「やっぱり、君は特別なんだね」


 先生は俺の顔を見ながら驚いて。


「嘘でしょ……

 黄金色の光……最高位ランクのギフト持ち……!?」


「なんすか一体……」


「貴方、確かお金に困ってる生徒よね。

 少し前も、バイト先のキグルミで登校して来たとか」


「そうですけど……」


「時給3000円。

 バイトしない?」


 馬鹿な……

 こんな意味不明な部活に。

 異世界に行くとか訳分からないし。

 何をさせられるのかも全く分からない。


 業務内容も見ずに、契約金だけでバイトを決めるなんて。

 一流のアルバイトとして有り得な……


「4500円+次元断層片ディメンションジェムの回収、一つにつき報酬10万円……」


「えぇ、よろしくお願いします!」


 俺は、桜井先生に勢いよく頭を下げた。

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