第3話 ステータスオープン

『本当にこれでよろしいのですか?』


 ああ。

 何度も考えたが、これがベストだ。


『まだ覚えられる余地がありますよ?』


 状況によっては欲しい能力が変わるかもしれないからな。

 それに何もかも刷り込んでしまったら、覚える楽しみがなくなるだろう?


『わかりました。では、能力と情報を刷り込みますので、出来るだけ何も考えず楽にして下さい』


 目を閉じて深呼吸をする。

 身体はボンヤリとした影なのに、感覚があるのが不思議だよな。


 があっ!?

 突然の痛みに叫ぶ。


 これ程の痛みなら自我がないのは女神の慈悲なのかもしれない。

 そんな風に考えられたのは少しだけで、後は痛みだけに支配された。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…


 意識が途切れるまで、痛みに泣き叫び身をよじっていた気がする。




 気が付けば白い空間にいた。

 頭がボンヤリして記憶が曖昧だ。


『気が付きましたね。○○✕△さん』


 あ?何だって?

 誰だ?


『記憶が混乱しているようですね。刷り込んだ情報が馴染めば大丈夫でしょう。ではお別れです』


 …あんたは………


『ま……あ………ょ…』


 最後に何か聞こえた気がした。





 ◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇




 暖かく優しい風を感じて意識が浮上する。


 あまりの心地よさに、目覚めたくないと思うと同時に目覚めなければと思う。


 チラチラと瞼に光が落ちている感覚が眩しくて手で遮る。


「あ?」


 いつの間に寝ていたんだ?

 ヤバい!仕事がっ…


 ようやくハッキリした意識に飛び起きる。


「え?」


 見覚えのないどころか、あり得ない光景に唖然とする。


 それはとてつもなく巨大な木だった。


 天を突くとはこの事だと言わんばかりに、雲の上まで伸びていて先端が見えない。


 かなり距離があるように見えるのに、全容がわからない程の巨木だ。


 例えるなら漫画で見た世界樹のような…

 そこまで考えた時に、漸く思い出した。


 あ~そうだよ、異世界転生だったわ。

 いや、転生でなく転移だったのか?

 てっきり赤子スタートだと思っていたんだがな。


 いや、何で転生だと思ったんだ?

 あれ?死んだと思いこんでいたが、何でそんな風に思ったのかわからないな。


 残業してたのは何時もの事だから確定としても、その後の記憶がさっぱりない。


 ストレスや過労で死んだとしても不思議ではないから、死んで転生だと思い込んだのか?


 オレが働いていた会社は、タイムカードだと証拠が残るから手書きの出勤簿で、残業時間も実際の時間ではなく規定の時間で書かされるようなブラック企業だからな。


 それに何でも15分単位で書かされるから残業が14分だと実質0円だ。


 1分の遅刻も15分と書かされるから、その分の給料が引かれると言う理不尽な計算だった。


 それが我慢出来ない人間は出世出来ないし、給料もボーナスも上がらないから辞めていくだけだ。


 オレも辞めたいと何度も考えながら、我慢出来る内は我慢しようとして結局ずるずると10年も働いてしまった。


 ふと手を見ると記憶にあるより小さい。

 浮かんでいた血管や筋がなく、ふっくらツルリとした健康的な肌だ。

 どうやら若返っている様だが、鏡がないから容姿は確認出来ない。


 ここは1つあれをやるしかないな。


「ステータスオープン!」


【名 前】

【年 齢】10歳

【性 別】男

【レベル】1

【能 力】鑑定Lv.1 収納Lv.1 隠蔽Lv.5 回復魔法Lv.1 戦闘術Lv.1 生活魔法MAX



 やはり異世界と言えばステータスオープンだよな。


 あの白い空間では情報が制限されてたから、目が覚めるまで出来るかはわからなかったけど。


 あれ?そう言えば、あの空間の記憶は曖昧になるとか言ってたのに覚えているな。

 オレの自我がハッキリしていたせいか?


 まぁその辺は考えても仕方がないか。


 刷り込まれた情報は、オレが疑問に感じて初めてわかるような、普段は意識しない記憶が出て来るみたいな感じだな。


 しかも何でもかんでも解るわけでもなさそうだ。


 それにしても名前がないのは、魂の容量を増やそうとして前世の情報を削ったせいか。

 パーソナルデータは容量を多く占めていると言われたから選んだんだよな。


 異世界転生なら新しい名前をつけられると思ったから削ったのに、まさかの名無しだとは。


 何か名前を考えないと。

 ジョン・ドゥなんて自虐ネタは駄目だな。

 同じ転生?転移?した人に会った時に変に思われるかもしれない。


 …フィカスで良いか。

 家名があるのは貴族くらいだから、ただのフィカスだ。

 何かフッと浮かんだが、この世界でも不自然でない響きだし。


 ステータスを見ると名前にフィカスと表示された。


 ちなみに声に出さなくても見えるので、初めに叫ぶ必要はなかった。

 良いじゃないか誰も見てないんだから。


 年齢が10歳なのは微妙だな。

 この世界の成人は15~18歳で、国によって差があるのは地球でも同じだったな。


 せめて15歳なら保護者がいなくても何とかなるのに、10歳だと…あぁそうか祝福の儀か。


 祝福の儀とは、この世界の大多数の国で信仰されているペオニア教が行っている儀式だ。


 10歳になるとペオニア教徒でなくても誰でも参加出来る儀式なのだが、無料でステータスカードを作って貰えるのだ。


 無料と言いながらも大抵の人が喜捨していくので、かなりの収入源になっているし、入信する人も多いからこその世界最大宗教だ。


 この儀式を受けるために10歳の設定なのか…

 でもここから見える風景から推測するに、オレが人里に行く頃には10歳を超えてしまっている可能性もある。


 あの巨木が世界樹なら、現在地は世界樹のある聖域だと思われるからだ。


 この周囲は大陸の約4分の1に渡って広がる樹海で、人跡未踏の魔境とも言われている。


 普通に真っ直ぐ歩いても数ヶ月はかかりそうなのに、土地勘もなく視界の利かない森の中で迷わない自信などない。


 これは困った事になったな。

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